待ち望んでない最終日
「夏休みの間だけ、私を彼女にしてください」
そんな言葉から始まった、期限つきの恋人。恋人というには、あまりにも何もなさすぎたけれど。それでも、俺にとって大切な時間であったし、きっと彼女にとっても。
始まりは、中学に入って二度目の夏休みを迎えようとしていた前日。
手紙で呼び出された俺は、指定された通り屋上に来ていた。典型的な告白のシチュエーションだな、なんて勝手に決めつけて相手を待っていると、控えめに扉を開ける音がした。俺を呼び出した本人か、はたまた悪いタイミングで屋上に来てしまった無関係の生徒か、後者だった場合にどうしようか、と考えていると扉の向こうから可愛らしい女の子が現れた。
この子だ、と思った。手紙の文字の雰囲気と、彼女の纏う雰囲気が同じだったから。
「幸村くん、本当に来てくれたんですね」
髪が長くて、大人しそうな印象を受ける彼女。「米沢ゆりです」と、彼女は名乗った。
「あの、急に呼び出してごめんなさい。幸村くん忙しいだろうから、用件だけ、言いますね」
そして、冒頭の台詞に繋がる、というわけだ。本当に用件だけで、なんだか告白らしくない告白だ、というのが率直な感想で、だからといって不快だったかといえば、もちろんそんなことはない。むしろ、好感が持てた。
「夏休みの間だけでいいの?」
我ながら、とんでもない台詞だった。別に深い意味はなくて、ただ純粋に疑問に思っただけだったが、言葉にしてみると、なんとも感じが悪い。
「はい。もちろん、幸村くんが部活で忙しいのは知ってますから、デートしてほしいとか、そういうわけではなくて。彼女にしてください、なんて言ったけど、幸村くんと話してみたいだけなんです。迷惑かもしれないけど……」
話してみたいだけでこんな行動をするなんて、見かけによらずアクティブらしい。それなのに夏休みだけ、なんていう短い期限つき。恋人らしい行為もいらないと言う。
「それじゃあ、ただの友だちみたいだね」
「あっ、本当ですね。でも、やっぱり彼女にしてほしいです。友だちじゃなくて、少し特別な存在だって、言葉の上だけでも感じたいので……って、私、気持ち悪いね」
「いいよ」
「えっ」
「なんだか、楽しそうだ。何もしてあげられないけど、それでもいいなら」
「……ありがとう、すごく嬉しい」
夏の青空のように、明るい笑顔だった。
『よろしくね、俺の彼女さん』
そんなおどけた内容を送ってしまったのは、彼女の遠慮がちな態度を崩したかったからか、ただ反応が面白そうだと思ったからか。
十数分後に返信が来て、『からかわないでください!』という内容がなんだか彼女らしいと思ってしまって、頬が緩んでしまった。可愛いかも、なんて思ったのは、秘密の話だ。
真面目で遠慮がちで、同学年の俺に敬語を使っている彼女。
もっとくだけた話し方をしてもいいのに。彼女につられて、俺まで丁寧な話し方になることもあった。
試合にレギュラーとして出るんだと話せば、応援に行きます、と答えてくれる彼女。その場だけの対応かと思いきや、本当に来てくれて、なんだか嬉しかった。
素直で、嘘をつけない彼女。
いつも微笑んでいるので感情が読みづらい、と最初は思っていたけれど、しばらく経つと彼女の微笑みに違いがあることに気づき始めた。それを見つけたときは、まるで海底に眠るお宝を見つけた海賊のように、わくわくしていた。
そして、隠し事がうまい彼女。
「もう夏休みが終わっちゃいますね」
海を眺めながら呟く彼女は、どこか寂しげだった。夏休みの終わりには誰もが寂しさを覚えるものだと思ったから、深く追求はしなかった。
「こんなに終わらないでほしいって思った夏休み、初めてです。幸村くんといっぱい話せて、私だけかもしれないけど、距離が縮まったって思ってます」
「俺も思ってるよ。きみがああ言ってくれなかったら、きっと話すこともなかった。……ねえ、」
海に行きたい、と彼女が昨日に連絡してきた。明日は部活が休みなんだ、という俺の言葉に対して。彼女が俺とどこかへ行きたいというのは初めてで。彼女は「話してみたいだけ」と言ったように、恋人らしい行為は求めなかった。
その誘いは、俺が少し期待していたことで、いつの間にか俺の方が、彼女を求めている、とそう気づいたのはつい最近のことだけれど。
言ってしまおう。
夏休みが終わったら、正式に彼女になってください、と。
これで断られでもしたら、落ち込んでしまいそうだけど、夏休みが終わって、彼女と話せない日々を思うと……それはひどく味気なかった。
「あの、幸村くん」
俺の言葉を遮るように、彼女が口を開いた。
「今日は私のわがままにつき合わせて、ごめんなさい」
「そんなの、全然気にしてないよ」
「本当ですか?せっかくの休みだから、家でゆっくりしたいとか、どこか他に行きたいところとか、なかった?」
「最近は、きみと話すのがすごく楽しくて。だから、誘ってくれて嬉しかった」
全部本心だった。言ったあとに彼女が少し顔を赤らめているのに気づいて、こっちも恥ずかしくはなったけれど。
「……ずるいです、幸村くんは」
「え?」
「こんな無茶なお願い聞いてくれて、ずっと優しくしてくれて。幸村くんのこと諦めて、思い出にするためだったのに」
「どうして、諦めようとするの?俺は、諦めてほしくないよ。米沢さん、俺」
どうしてか、泣きそうな顔をする彼女。瞳に涙を溜めて、今にもそれが零れ落ちそうで、いつもみたいに微笑んでほしくて。
「夏休みが終わったら、引っ越すんです」
きみのことが好きだ、という言葉は紡げなくて、代わりに「えっ」という間抜けな声が出てしまう。どういうこと、と震える声で訊ねる。
「お父さんが転勤になって。私、ここにいたいって言ったけど、一人暮らしなんてできないし、近くに親戚もいなくて」
この地での、最後の思い出にしたかったんです、と彼女もまた、震える声で言った。
期限つきだったのは、そういうことだったんだ、と気づく。それなら、俺が伝えようとしていたことは、あまりにも自分勝手な気がして、何も言えなくなる。
それでも好きだ、なんて。
俺たちはまだ中学生で、一人暮らしなんてできないし、気軽に遠くへ行くこともできない。遠距離でもいいなんて、俺は言えない。だって、会いたくなるに決まってる。会いたい、そう言って彼女を困らせたくはなかった。
「本当に、ありがとう。勇気を出してよかった」
どうして、もう夏休みが終わってしまうのだろう。夏休みが永遠に続けば、彼女との時間も終わらないのに。
「いつまでも、今日が続けばいいのに」
子どもじみた願いだとわかっていたけれど、口に出すのを止められなかった。彼女は少し寂しそうに微笑んだ。
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