甘さ控えめ黒砂糖で
「俺、きみのこと好きだなあ」
きっと、幸村くんはその言葉に大した意味を含ませていたわけではない。だから、こんなことで動揺するのもおかしな話で、傍から見れば私はただの勘違い女に違いない。だって、あの幸村くんが、私なんか。
「……あり、がとう」
こういうとき、どう答えていいのかなんて、私は知らない。だって、こんなに美形な人に好きって言われた経験、初めてなんだから。仕方ないよね。
「どういたしまして」
やっぱり幸村くんは、なんでもないように笑ったから、私も好きです、とかどういうところが?なんて訊かなくてよかった。と安心したのも束の間、彼は呼吸を落ち着ける暇もなく、次の爆弾を投下してしまった。幸村くんは容赦のない人だ、なんてテニス部の誰かが言っていたけれど、こんなところでそれを思い知ることになるなんて。
「たとえば、この綺麗な髪とか」
私の、唯一と言ってもいい自慢できるところ。髪がさらさらで黒くて、髪だけなら、少女漫画に出てきそうな美少女っぽさがある。髪だけなら、ね。これで目がぱっちりで睫毛が長くて、肌も透き通るように白かったりしたら、完璧だったのに。
「綺麗な黒だよね。ずっと見ていたら、吸い込まれそうだ」
まるで少女漫画のヒーローのような彼が、そう言う。髪を褒められることはあった、けれどそれは女友だちばかりで、少なくともこんなに人気のある人に言われたのは初めてだった。
「ねえ、触ってもいい」
髪を褒められただけでも、私の頭はフリーズ寸前だというのに、幸村くんは攻撃の手を緩めてはくれない。それどころか、どんどん激しくなっているようにさえ思える。
「触る、って。幸村くんが?」
「それ以外に、この場に誰がいるの?」
そうだった。この場には、私と彼の二人っきり。日直だった私たちが先生に雑用を頼まれたんだけど、いつの間にか作業の手は止まっている。全部、幸村くんのせい。
「でも、ほら。あれだよ、その。か、髪がぎとぎとしてるかもしれないし……」
いや、それは女子として大変なことではないのか。頭が真っ白になって、いい言葉が出てこない。これでは頭を洗っていない不潔な女子になってしまう。
「あの、お風呂には毎日入ってるし、シャンプーもリンスもしてるんだけど……」
くふっ、となんだか不思議な音がして、何かと思ったら目の前で幸村くんが笑っていた。いつも見せるような、くすくす、という笑みではなくて、本当におかしそうに楽しそうに、笑っていた。
「米沢さん、ほんっとに面白いね」
馬鹿にした風ではなく、ただただ面白そうに言う。貴重な幸村くんの笑顔に、吸い寄せられる。じっと、見てしまっていた。
「ああ、面白かった。まさかそんな断られ方するなんて」
「えっ、あ……違うよ、嫌だったわけじゃなくて、その……」
ふふ、と今度はいつもの……違う、いつもの笑みじゃない。悪戯を思いついた子どものような、そんな笑み。
「嫌だったわけじゃないなら、何?」
早く仕事を終わらせようよ。そろそろ暗くなってきちゃう。そうやって話を逸らすこともできた。なのに私はそうできなくて。
「嫌じゃなくて、……その、恥ずかしかったの」
「恥ずかしかった?」
「うん……」
「……そっか。それなら、いいよね」
そう言うや否や、彼は私の髪に手を伸ばした。運動音痴な私が幸村くんのスピードに敵うはずもなく、彼の指が私の髪に触れる。
「光の加減かな、なんだか輝いて見えるのは」
「気のせいじゃない、かな」
「そうかな。冬の星空みたいに暗くて、でも輝いてる」
こんな口説き文句を言われて、くらりと来ない人がいるなら会ってみたい。星空、なんてロマンチックなたとえなんだろう。彼の口から紡がれる言葉はなんだって綺麗だけど、自分に向けられるものはまた違う。綺麗で、優しく鼓膜に響いて。
「俺さ、」今度は少し間が空いて、数秒後に聞こえたのはあまりにもロマンチックで、美しくて、そして甘い言葉。
「きみのこと、好きなんだ」
今度の好き、は確実に私に向けられていて、まるで、私が砂糖漬けにされてしまったような、なんだかよくわからないけど、とにかく甘くて、幸せだけど、とろけてしまいそうだった。私も好きです、って今度はそう返していいよね。
彼は優しく星空を掬って、そっと口づけた。
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