ほどけた糸
シロツメクサが咲き乱れる野原。隣にいる、あどけない少女。雲1つない青空。時折吹く、柔らかな風。そして、今よりも随分と幼い自分の姿。
俺は、窓の外を見ながら思い出す。今日の空は、あの日の空と似ている。雲1つない青空、だけど彼女がいないだけで、どこかどんよりとした気分になる。彼女と笑い合っていたあのころ。すべてがきらきらと輝いていた。
***
「みて、精市くん、お花いっぱいだね!」
「これ、シロツメクサっていうんだよ」
「シロツメクサ?あ、しってる!えほんでよんだよ!お花のかんむりがつくれるんでしょ?」
青い空に、よく似合う笑顔だった。冠を作りたい、と彼女は言って、俺たちはシロツメクサを摘んで、一緒に冠を作り出した。2人とも作り方なんて知らなかったから、手探りで作業を進めていった。
しかし当然、それで完成するはずもなく、冠は未完成のまま終わった。がっくりと肩を落とす彼女に、俺は指輪を渡した。1本のシロツメクサで作った、質素なものだったけれど、彼女はぱあっ、と顔を輝かせて、受け取ってくれた。
「すごい!ありがとう、精市くん!」
「こんどは、ちゃんとかんむりつくろうね」
そう約束して、その日は終わった。帰った後、俺は母さんに花冠の作り方を教えてもらったけれど、そのころの俺には少し難しくて、途中で諦めてしまった。彼女の喜ぶ顔が見たかったけれど、どうしても作れる気がしなくて、もっと大きくなったら作ってあげたいな、と思っていた。
きっと、俺たちはずっと一緒にいるのだから、時間はたくさんある。今じゃなくても、数年後でもいいんだ。俺と、彼女は、これからもずっと一緒の幼なじみなんだから。
そんなことを考えていた俺の耳に、思いもよらない知らせが届いた。小学6年生のときのことだった。そのころには、彼女への恋心を自覚していた。母さんはそんなことなど知らないで、「そうそう」と話を始めた。
「ゆりちゃん、引っ越すんだって」
一瞬、母さんが何を言っているのかわからなくて、ぽかんとしてしまった。そしてその意味を理解したとき、俺は「なんで?」と訊いていた。冗談であってほしかった。嘘であってほしかった。
「ゆりちゃんのご両親が離婚するみたいで、ゆりちゃんはお母さんの実家についていくらしいわよ」
「実家って、どこ?」
「確か、大阪の方だったはずよ」
大阪……、と呟いてはみたものの、どれくらい離れているのかもよくわからなかった。ただ、簡単に行けるところではないとわかっただけ。
「……ゆりのところ、行ってくる」
行って何を話すかも決めていなかった。ただ会いたかった、話したかった。家は走って1分もかからない。インターフォンも鳴らさずに、扉を開けようとしたところに、ゆりが家から出てきた。
俺を見て、驚いたような顔をするゆり。俺はそんなゆりの手を引いて、近くの公園に入る。俺たちの間に、言葉はなかった。
「……精市」
「引越すんだって?母さんから聞いた」
「うん。……精市ともお別れだよ」
「寂しい?」
「寂しい。今まで精市がいたから、こんなに楽しかったんだろうなあって」
ゆりのそんな言葉だけで、俺は嬉しくなって、でも寂しくなって。隣からゆりがいなくなるんだ。寂しい、苦しい、……伝えたい。つき合うなんてこと、よくわからないけれど、伝えたいと思った。でも、口に出すことはできなかった。ゆりが、寂しそうに笑っていたから。
「遊びに来るよ。そのときは、相手してね」
「……うん。今度会うときまでに、花冠の作り方覚えとくから、だから……遊びに来てよ」
それが、ゆりと俺の思い出。まだ、ゆりはここに帰ってきていない。俺は、ゆりのために花冠が作れるようになった。彼女の頭に、俺が作った冠を乗せるのが、俺の望みだ。BACK