もしも、


もしも、と叶いもしないifを考えることがある。そして考えることは、いつだって同じこと。何気なくつけたテレビのチャンネルには、見慣れた顔が映っていた。
幸村精市。中学時代も、高校時代も、私は彼を見ていた。花を愛でる彼と、厳格な彼、その表情の違いが好きだった。優しくて、儚げで、だけどどこか怖さを感じさせる、そんな人だった。
今画面に映る、あのころとほとんど変わらない姿を見て、なぜか安心する。穏やかにインタビューに答える幸村くんに、笑みが溢れる。昔から、幸村くんが微笑めば私の顔もゆるんでしまう。画面越しでも、それは変わらない。

『テニスからは少し離れてしまいますが、幸村選手は休みの日に何をしますか?』
『練習以外で、ってことですよね。庭をいじったりしますよ。花を育てたり』
『ガーデニングですか。なんだか意外ですね』
『そうですか?』

意外なんかじゃない。幸村くんは、昼休みに屋上の花をよく眺めていた。優しい瞳で、ずっと。屋上庭園に咲く花よりも、幸村くんの方が綺麗だ、って思った。色とりどりの美しい花でさえも、幸村くんの引き立て役にしかならない。私には、そう見えていた。

『あとは、中学時代の仲間たちと飲みに行ったり』

幸村くんがそう答えたとき、真田くんとか柳くんたちだ、と思った。テニス部のレギュラーたちは、みんな仲がよかった。蹴落とし合いも何もなかった。あの代のみんなは、圧倒的だったから。
テニス部のみんなと一緒にいる幸村くんは、中学生らしい顔を見せていた。あんな顔するんだ、ってテニス部の人たちを羨ましく思ったことが何度もある。私がそんな身勝手な思いを1番抱いていた人といえば、1つ年下の切原くんだ。年下ということもあり、幸村くんたちには可愛がられていた。生意気だ、赤也のくせに。と言いながらも、みんなが可愛がっていた。
あのメンバーの交流は、今も続いているんだ。幸村くんと真田くん、そして切原くんはあのままプロのテニスプレイヤーになって、その他の人たちは今はどこかで普通の社会人として働いているのだろう。別々の道を歩んでいても、絆は切れていなかったんだ。そのことが、なんだかとても素敵に思えた。

もしも私が、男子に生まれていたら。幸村くんと仲よくなって、友だちとして楽しい時間を過ごせたかもしれない。それでいいから、友だちでいいから、幸村くんと笑い合いたかった。
もしも私が、テニスが上手い女の子だったら。テニスという共通点で、幸村くんに近づけたかもしれない。幸村くんの隣に並ぶのは、きっとそういう、ずば抜けた何かを持っている人なんだ。

『もう明日には日本を出発しますから、今日は和食を思う存分食べておきたいと思います』

幸村くんは、アメリカで開催される大会に出場するために、明日日本を出発するらしい。アメリカ、私は1度も行ったことのないところで、幸村くんは世界中の人に応援されながら、その力を見せつけるんだろう。

「近くで見たい、なあ……」

あのころと同じ距離で、近いようで遠くて、だけど届く距離で。
もしも、私が鳥になれたら、私はすぐに彼のところへ飛んでいけるのに。だけど、所詮は叶わない想いだから、私はただの人間として、これから先も生きていくしかないんだろう。

もしも彼に出会っていなければ、私は今ごろどんな毎日を過ごしていたのだろうか。

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