動物図鑑に見入る降谷くんを隣で眺めていたはずだ。
そんなに夢中になるなら、私もシロクマになりたい。
いやでも街中にシロクマなんていたら捕まってしまう。
降谷くんは動物が好きだから
白い子犬とか、白猫でも良いかもしれない。
なんてくだらない事を考えていたら
いつの間にか寝てしまっていたらしい。
目が覚めると、降谷くんはいなくなっていて
置いてけぼりにされたことに愕然としていたけれど
ふと、周りの景色が少し変わった事に気付いてしまった。
確かに椅子に座っているはずなのに
背もたれが見上げる位置にあるなんて、絶対におかしい。
「あれ?望月さん、いない……」
そこへ片手にブランケットを持った降谷くんが戻ってきた。
ああ、私が寝ちゃったからそれを取りに行ってくれたんだ。
置いてけぼりにした訳じゃなかったんだ。やっぱり優しい。
「どこに行ったんだろう、急いで戻ってきたのに……」
「に゛ゃー、に゛ゃ」
降谷くん、そう発したはずの声は
何とも可愛くない鳴き声となって空気を震わせた。
「あれ、ねこ。どこから入ってきたの?」
ねこ。ネコ。……猫。
目の前の降谷くんは間違いなく私を覗き込んでいる。
一体どういう事だろう。
私の視界はいつもより随分と低い位置にあり、
聞きなれた自分の声が出ないどころか、言葉を話せない。
手や体を見れば、白と黒と茶色の毛で覆われている。
白猫じゃないのか。
夢の中でくらい望みが叶ったって良いと思うんだけど。
って、あれ?私の経験上、夢というのは
あ、これ夢だ、と気付いた途端に覚めるものなのに。
「ねこさん。望月さん、知らない?」
「に゛ゃ、に゛ゃ」
「そっか……」
そっか、なんて言ってるけど、
降谷くん何言ってるのか分かってないでしょ絶対。
でも猫にさん付けしてる降谷くん可愛い。
「まだ時間あるし、一緒に待ってようか」
降谷くんはそう言って顎の下へ優しく手を伸ばしてきた。
いつもより大きく見える手に、一瞬ビクリと体が跳ねた。
中身が私だったから良いようなものの
驚いた猫に引っ掻かれたり、噛みつかれたりして
手を怪我したらどうするんだ。
後できちんと言っておかないと。
そう怒っていたはずなのに
首回りを撫でる降谷くんの手があまりに気持ち良くて
ふにゃふにゃと懐柔され、睡魔を呼び寄せる。
「望月さん、まだかな……」
こっくり、こっくりと舟をこぐ降谷くんの頭を横目に
私の意識は睡魔に溶かされていった。
目が覚めると、私の右側には嬉しそうな降谷くんが居た。
背後に花が舞っているようにすら見える。
そして、顔が、近い。
「……降谷くん」
私の声だ。人間の言葉だ。
咄嗟に自分の体を見下ろすと、見慣れた制服姿があった。
「三毛猫がいて、撫でてた筈なんだけど。
眠くなって、気がついたら望月さんが戻ってきてた」
「あれ、夢じゃない……?てか、近い」
「擦り寄ってきたの、望月さんから」
「うそだぁ……」
「猫みたいだった」
自分の頭を降谷くんの首筋に埋めるようにして
私の体は降谷くんにべったりと凭れかかっている。
付き合って数ヶ月、どうしても照れが勝って
私からこんなに密着した事なんてなかったけど
こんなに喜んでくれるなら、悪くないかもしれない。なんて、
端に追いやられた分厚い図鑑を見つつ心の中で呟いた。
夢か現か分からない奇妙な出来事は
少しだけ2人の距離を縮めてくれた。
(さっきの猫、変な声で面白かったから、見せたかった)
(……降谷くん、きらい)
(え、なんで、)
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