「志保先輩は俺のどこが好きっすか!」

唐突に投げられた言葉に、望月志保は困惑していた。

「……急にどうしたの?栄純くん」
「や、それは、その、あ!
 好奇心です!純粋な好奇心!知的探求心!」

本人は、ふはははは、と大きく笑って誤魔化したつもりだが
彼女の方はまだ不思議そうな顔で沢村を見つめていた。





事の発端は数日前の昼休み。
職員室へ続く2階の廊下を歩いていた沢村は
開いた窓から耳慣れた声が聞こえ、その下を覗き込んだ。

そこに居たのは付き合って数ヶ月の年上の彼女と
その友人と思われる女子生徒たち。
声を掛けようと息を吸い込んだが、耳に届いた話題に
喉元まで上がっていた言葉は、腹の底へと沈んでいった。

「え、じゃあ沢村くんとデートとかしてないの?!」
「まあ向こうは野球部だしね。忙しいから」
「って言うかさあ、志保、沢村くんのどこが好きなの?」
「なに急に」
「志保の今までの彼氏って全員年上じゃん。
 沢村くんみたいなザ・年下!と付き合うとは思わなかった」
「あー、うん、そうだね……」

結局、彼女は曖昧な言葉ではぐらかして
゛どこが好きなのか”という質問に答えることはなく。
日頃であれば大きな声で彼女の名前を呼び
元気な挨拶を欠かさない沢村だったが、
この時ばかりは浮かない表情でその場を離れて行った。






「1つ!1つでいいんで!お願いしやす!!!」

がばっと下げた頭と、つい大きくなってしまう声。
こうして困らせる様子から「ザ・年下!」などと
言われるのかもしれない、という考えが脳内を巡るが
余裕の持ち方など沢村は知らなかった。

この数日間、授業中や、風呂の中、それから就寝前。
ふとした瞬間に、あの日の会話を思い出しては
もやもやを抱えてしまう自分に嫌気がさし
正面突破を決意したのは、ほんの5分前。

沢村の頭の中には、彼女の困った顔が浮かんでいたが
実際の彼女の顔には少しの照れを含んだ、微笑み。

「んー、いっぱいあるけど、
 強いて1つ挙げるなら、野球がんばってるところ、かな?」
「野球……?」
「うん。毎日きつい練習して、それから自主練もして、
 いつも一生懸命で、すっごい格好良いよ。尊敬してる」

想像と異なる、いつも通りの優しい声に顔を上げた沢村は
その言葉に胸の奥がじわりと熱くなるのを感じていた。

「志保先輩……俺……我儘言ってもいいですか」
「しょうがないなあ、今日は特別ね」
「やっぱり1つじゃ足りねえっす。もっといっぱい聞きたい」

まるで小さな子供に言い聞かせるような話し方だが、
既に沢村の頭の中に“子供っぽい”や
“ザ・年下”などの言葉はなく。

「前向きなところも、元気いっぱいなところも、
 素直なところも、ちょっとお馬鹿なところも、
 美味しそうにご飯を食べるところも、
 時々、変な雑学を教えてくれる楽しいところも、」

指折り数える彼女に、
沢村の胸の中に滞っていたもやもやが晴れていく。
そして表情からその事を感じ取った彼女もまた、
嬉しそうに頬を緩めた。

「それからね、栄純くんの表情。
 目も口もよく動くから見てて楽しいし。

 野球してる時の顔も、私に話しかけてくれる時の顔も、
 焦った顔も、どや顔も、喜ぶ顔も、御幸に怒ってる顔も、
 いっぱい好き。見てて元気になれるの」

「俺も、志保先輩の笑った顔、好きです!照れた顔も!」





好きだと言われたその表情を浮かべた彼女は

その後、お返しと言わんばかりに

「俺の志保先輩の好きなところはですね!」と

意気揚々と語りはじめる大きな口を

必死で塞ぐことになるんなんて、知る由もなかった。





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