上機嫌の酔いどれ様


「わあっ」

帰宅して早々、八神さんに抱きつかれた。仄かに香るお酒の匂いが、彼が酔っているのだと教えてくれる。珍しい。一人で飲んで、一人で酔ってるらしい。

「八神さん?珍しいね。外で飲んで来なかったの?」
「んー…」

ふわふわとあちこちに跳ねる頭を撫でながら尋ねると、こちらもまたふわふわとした返事が返ってくる。眠いのかな?と顔を覗き込むと、ぱちりと目が合う。
あ、と思った時には猫みたいに唇が触れて、首筋に顔が埋まった。お酒のせいか、熱い息がかかって少しこしょばい。

「莉子を待ってた」
「え、ごめん。何かあったの?」
「いや、何かって程じゃないんだけど…」

何か約束していたかと記憶を探るけど、思い当たるものもなく。ぼんやりとした八神さんの言葉に首を傾げると、スンスン、と匂いを嗅がれる気配がして慌てて離れようと試みる。結果、余計に強く抱きしめ返されて離れることは叶わなかったけれど。

「寂しいじゃん。」
「え」

いつになく素直な態度に、どきりと胸が高鳴る。大人の余裕というやつなのか、八神さんはわりと丁寧に好きだよと言葉にくれたり、態度に出してはくれるけど、こういうふうに甘えたりしてくれる事はとても珍しい。(本人が無自覚でしてるんだろうな、という事は実は多かったりもするのだけど)

ぷっくりとした涙袋の上にある、真っ黒い目が少しだけとろりと微睡みながら細まる。妙な色気を含んだその微笑みに、私は言葉を詰まらせた。酔ってる八神さんの、こういう所はずるい。

「莉子の匂い、好きなんだよなあ」
「え、ちょ、きゃあ!」

八神さんがぐいぐいともたれ掛かって、支えきれず床に転がってしまう。その時でさえ頭をぶつけない様に支えてくるのだから、きっと確信犯だ。じろっと下から睨み上げてみるも、酔っ払いには通用しないのかニヤニヤと楽しげに口元は緩んだままだ。

「うん、好き。すげぇー好き」

いつだったか、海藤さんや九十九さんや杉浦くんとの飲み会で私が酔い潰れた事があった。私は全く覚えてないのだけど、八神さんがいない時に散々惚気まくったらしく、後日八神さんに「俺がいない場所でお酒を飲み過ぎない様に」と厳重に注意されたんだけど…。

これは、八神さんも人の事言えないのでは…??

「ねぇ八神さん、一旦水飲もう?」
「なんで?」
「なんで、って…。八神さん酔ってるでしょ。」
「別に?酔ってなくても好きだよ」
「うっ」

何でそういう事サラッと言っちゃうかなあ。
柔らかく微笑む八神さんに、ぼぼぼっと頬に熱が集中して上手く言い返せない。恐らく赤くなっているだろうその頬を、八神さんの大きな手が撫ぜる。

「莉子は?」

知ってるくせに、答えを促すように耳に頬に唇にキスの雨が落ちてくる。上機嫌な酔っ払いさんの指が唇に触れて、ゆっくりと親指がなぞる様に滑る。
微笑みながら緩く首を傾げる姿にきゅぅっと胸が締め付けられた。シンプルに、顔が良い。

「なあ、言ってくんないの?」

八神さんの吐息混じりの声に、ゾクッと体が震える。全く引く様子のない熱が八神さんが触れた所から全身に広がって、何故かお酒を飲んでない私まで頭がクラクラしてきた。

あぁ、もう。

八神さんは、ずるい。


「……私だって好きだよ」


不貞腐れた様に呟いた言葉に、八神さんは満足気に笑ってキスをした。


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