look at me only …after


side:莉子


休日の午後。
特に予定もなく、誰とも会う予定は無かったので一人で近くのカフェに来た。

最近見つけたこの店は、ゆったりとしたBGMが流れ読書をしながらコーヒーを飲むのに最適である。
日当たりのいい席に案内されて、期間限定らしい苺のシフォンケーキとホットコーヒーを注文する。

さて、棚の中に眠っていた小説を今日こそ読み切ってしまおうか。いそいそと鞄から本を取り出してページを捲った瞬間、ある単語が耳に届いて手が止まった。


「ていうかさ、八神さんマジでイケメンじゃない?」
「分かる〜!」


すぐ後ろの席で交わされる、女子高生達の会話。その中に恋人の名前が現れて、気になってしまい視線が泳ぐ。

聞き耳を立てるのもどうかと思い、一応本を読もうとはするのだけど、ページの中では文字が踊るだけで全く頭に入ってこない。ペラペラと無意味にページを捲りながら、意識は後ろの席へと集中してしまう。

今や箸が転がっても笑えるお年頃。女子高生達は楽しそうに肩を寄せ合って笑い合っていた。

「あー、ウチの部活にも指導来てくんないかなあー」
「一応ミス研の指導員だったけ?本職探偵だよね。てか探偵って本当にいるんだ、て感じ。真実はいつも一つ!みたいな?」
「ウケる。でもなんか、実際他の部活のトラブルとかも八神さんが解決したらしーよ」
「ていうか、マジで何でもできるらしい」
「やば。イケメンかよ」
「イケメンでしょ」

ポンポンと繰り広げられるリズムの良い会話に、思わず関心してしまった。ギャルはトーク力が高い。
その会話の中でイケメンだと称される自分の彼氏に、そうでしょうそうでしょう、とニヤケそうになるのを必死に抑えた。そうなんです、私の彼氏めちゃくちゃイケメンなんです。

「八神さんって、彼女いるのかな?」
「そりゃー、あんなイケメンだしいるでしょ」
「えー、でもさあ。ダンス部の子に八神さんにガチ恋してる子いなかった?」
「あー…。いたいた。八神さんからしたら私らなんて子供じゃんねぇ?」


──あの子だ。
咄嗟に、数日前の事を思い出す。
八神さんとご飯に行こうと待ち合わせしていた時、女子高生達に囲まれていた八神さんを見つけた。その中の1人が、どう見ても八神さんに恋をしている顔をして、腕に抱きついていたのだ。
その後色々あって一応、八神さんとも仲直り(?)したわけなんだけど…。


(根本的な解決は、してないよなあ)


例え八神さんにその気が無くても。
八神さんに恋心を抱いている女の子が、八神さんのすぐ近くにいる。でも相手は未成年で、対応にも慎重にならなくてはならない。
そんな曖昧な状況を思い出して、忘れかけていたモヤモヤが再び胸を締め付けてくる。


「……やだな」

ポツリと呟いた言葉は、女子高生達の笑い声にかき消されていった。






▶︎▶︎▶︎


「え、明日も高校に行くの?」

夜、ベッドに入りながら寝る前に軽く談笑していた時のこと。八神さんはさらりと爆弾を落としてきた。

「んー、何か次のイベントに出るダンスのアドバイスが欲しいから来てくれって。まあもう軌道に乗ってるみたいだし、軽く話してすぐ帰るつもりだけど」
「ふーーーん」
「……もしかして、まだ疑ってる?」
「べっつにー?」

ツーンとついそっぽ向いてしまうのは、昼間の会話がまだ頭に残ってるから。八神さんは悪くないし、これ以上拗ねたって意味がないことは分かってるのにどうしても嫌な気持ちが勝ってしまう。
ツンケンした私の態度に、八神さんが苦笑しながら私の髪の毛を弄る。

「そんな心配する事ないって。そもそもあっちからしたら俺なんてただのオッサンだし」
「…八神さん、自分の顔の良さ自覚してる?」
「まあ、それなりに?」

冗談のつもりなのか、へらりと笑う八神さんにため息が溢れる。絶対、自覚してない。
もういいよ、とため息のついでに肩の力を抜いて八神さんの腕に頭を乗せた。実際、八神さんが未成年に手を出すことはあり得ないし、杞憂である事は間違いない。あとはただ、私の気持ちの問題だけ。

「ところで八神さんってダンス踊れたんだ?」
「いや、全然」




──

────

────────


夜中の2時。
アラームも掛けずに起きれた私は偉い。と言うか、我ながら執念が凄い。
息を潜め、隣で眠る八神さんを起こさないように慎重に上体を起こした。

無防備な寝顔が可愛くて、つい笑みが溢れる。ごめんね、と心の中で謝ってから剥き出しになった首元へと顔を埋めた。





──♢




side:八神



翌朝。

先に仕事に出かける莉子を見届けてから、俺も一旦神室町の事務所に戻った。行ってきます、と言った莉子と心なしか目が合わなかったのは、気のせいだろうか。

何となくモヤモヤしたまま出勤し、午前中のタスクを終わらせていく。今日は午後から再び異人町に向かい、誠稜高校へ行く予定だ。
それまでにと溜まった書類を整理していると、事務所内でドローンを弄っていた海藤さんからチラチラと視線が送られている事に気がついた。何か言いたい事があるのかと動いていた手を止めて視線を上げる。

「なに?海藤さん」
「…ター坊、ちょっと横向けるか?」
「うん?」

ジッとこちらを見る海藤さんに疑問を抱きつつも、素直に首を動かす。特に違和感もなかったけど、何か出来物でもあるのか?
首を元に戻して再び海藤さんに視線を戻すと、何故だか海藤さんの口元はニヤついてる。

「…なあ、ター坊。昨日莉子ちゃんと会ったか?」
「え?ああ、もちろん。一緒に住んでるし」
「学校行くって言ったか?」
「言った、かな?なんで?」
「いや…。ははーん。莉子ちゃんも意外と大胆な事するよなあ」
「??なんのはなし?」
「いんにゃ。こっちの話」

結局、海藤さんは何の説明もしてくれなかった。「今日は首元に注意しろよ」と謎の忠告だけ貰って、疑問を抱えたまま俺は誠稜高校へと足を運ぶ。

何なんだ、一体。





▶︎▶︎▶︎



「あ、八神さん!」

ダンス部の部室に入ると、今日も生徒達が元気いっぱいに駆け寄ってくる。眩しい笑顔に若いって素晴らしいなとオッサンくさい感想を抱くのだから、やっぱり莉子の不安は意味がないのにと思う。……まあぶっちゃけ、嫉妬されるのは悪い気はしないんだけど。

「西園。どう?練習は順調?」
「うーん、まあまあって感じですかね。後もうちょっとなイメージなんですけど…。もし良ければもう一度八神さんのカンフーダンス見していただけませんか?」

相変わらずダンスに対して熱心な姿勢の西園に、二つ返事で了承する。と言ってもやっぱり俺は素人だし、ノウハウもあるわけじゃないから彼女達の動きが出来ているとも思えないが。それでも力になれるなら、喜んで協力しようと思う。

西園が音楽をかけて、初めてここでダンスを踊った時の感覚と、あれから幾度となく踊らされて経験した事を思い出す。相変わらずアドリブではあるが、初回に比べたら俺も中々成長したんじゃないだろうか。

やがて音楽が止まり、それに合わせてピシッと動きを止める。軽くかいた汗を拭いつつ、壁際に置いといた水を飲んだ。


「ふーっ、あっつ…」
「わー!八神さん、本当に未経験者ですか!?やっぱ凄いですね!」
「そう?西園たちには負けるよ」

パチパチと手を叩きながら駆け寄ってくる彼女たちに、悪い気はしない。暑くなり上着を脱ぎながら今の動きについて西園と細かい話をすると、彼女の目が俺の首元に注がれている事に気づいた。

「ん?なに?」
「えっ…!あ、いえ…!」

何故かパッと目線を逸らされて、その頬は僅かに赤くなっているように見える。よく見れば周りを取り囲む生徒たちも、ニヤニヤとしながらこちらを遠巻きに見ている事に気づいた。

「……え、マジでなに?」

思い当たる事がなく、そういえば朝の海藤さんと同じ反応だと思い出した。首を傾げていると、生徒の中から一人、最近よく懐いていてくれてる女の子が何故だか少しだけ泣きそうな顔で近づいてくる。

「八神さん、あの…」
「ん?」
「八神さんって、彼女いるんですか」
「へ?」

突然なんだとつい間抜けな声が出た。
しかし、目の前の女の子は至って真剣な表情だ。周りにいる生徒達も興味津々と言わんばかりの顔で俺の返事を待っている。まあでも、ちょうどいい。ここで宣言すれば一瞬で噂は広がるだろうし、そうなれば莉子の不安も払拭されるかもしれない。

「いるよ。大切な彼女が」
「「「きゃ〜!!」」」

素直に答えると、複数人から黄色い声が上がった。まあ、華の女子高生。恋に恋する年頃でもあるんだろう。
きゃあきゃあ騒いでる彼女達を微笑ましい気持ちで眺めていたら、妙に鋭い視線を感じた。視線の主はさっき質問してきた女の子。その子が涙で潤んだ瞳で睨んできていた。

「八神さん、大人のお付き合いしてるのは分かりましたが、学校にそういうのは不適切だと思います!!」
「え、なにが?」

つい最近までの懐っこい笑みはどこへやら、心なしか怒りのこもった目力に少したじろぐ。周りの反応は何故か「あ〜、ね」と生優しいもので、余計に意味が分からない。
疑問符を頭に浮かべる俺を哀れに思ったのか、西園が「八神さん、鏡」と助け舟を差し出してくれた。

何なんだ一体、と本日二回目の疑問は、鏡に映る自分の首元を見て漸く理解した。





──♢



side:莉子



仕事が終わり家に着くと、窓から灯りが漏れていた。あ、八神さんが来てる。朝の出来事を思い出して、勝手に居た堪れなくなった私は恐る恐る玄関を開けた。

「ただいま……」
「おかえり」

ひょっこりリビングから顔を出して、八神さんが笑う。「風呂沸いてるから、先に入りな」と既にタオルや着替えを準備していたのか、靴を脱いだ私から鞄を受け取り代わりにそれらを渡して流れるようにお風呂場へと押し込まれた。
「え、」とか「わ、」とか意味のない言葉を発しながら、口を挟む隙もなくパタリとドアが閉められ、ポカン、暫く呆然と立ち尽くす。

「……なに?」

疑問は多々あるものの、実際に疲れた体に温かい湯船は実に魅力的である。まあ、折角用意してくれたのだから有り難く頂こう。
ポイポイと服を脱いで、風呂場へと足を踏み入れる。軽く体を流してからゆっくりと湯船へと浸かった。ご丁寧に入浴剤まで入れてくれたらしく、お湯はオレンジ色に変色して仄かな柑橘系の匂いが漂う。

「はあ〜きもちぃ〜」
「そりゃ良かった」
「……へっ!?」

聞こえるはずのない声に、閉じかけた瞼が勢いよく起き上がる。バシャリと音を響かせて振り返ると、何故かそこには八神さんがいた。………素っ裸で。

「わっ、えっ…!?なに!?」

慌てて視線を外して壁に向き直ると、後ろでお湯を被る音が聞こえる。それから、八神さんが後ろから抱き込むように湯船へと入ってきた。狭い湯船に2人も入れば、お湯が勢いよく溢れ出ていってしまった。

「な、なんで入ってくるの?!」
「いや、2人で入ったほうが節約になるかなって」
「こんなけお湯出てたら意味がな、ひゃぁ?!」

お腹の辺りにさわさわと八神さんの手が回されて、思わず上擦った声が飛び出た。
ぴったりとくっついているせいでお湯とは別の人の温かさが肌から直接伝わって、羞恥心でどんどん顔が熱くなるのを感じた。

「どうかした?風呂なんてよく一緒に入るだろ」
「心の準備が必要なの!」
「ふーん?」

そう言いながらも、八神さんの手は怪しくお腹を撫でている。そういう、雰囲気になりそうでならない微妙なこの空気がもどかしい。
八神さんが何を考えてるか分からず、ただただされるがままになっていると不意にペロリと首筋を舐められた。

「ひゃ、あっ!え、なにっ、?まっ….!」

そのまま舐めたり吸い付いたりを繰り返して、さり気なくキスマークがつけられてる事に気がついた。首元は服から見えるからやめてねと以前伝えて、それをきちんと守ってくれていた。それなのに行われるその行為に、思い当たる節が痛い程ある。

ぢゅう、とうなじにキツく吸い付いて、やっと八神さんの唇が離れる。お湯のせいだけじゃない熱さが全身を包んで、八神さんの顔もまともに見れないまま小さく問いかけた。

「……怒ってる?」
「いや?まさか莉子がこういう事すると思ってなかったけど。…意外と嫉妬深いって知れて嬉しいよ」

"こういう事"とは

朝、眠ってる八神さんにこっそり付けた首元のキスマーク。一応襟元に隠れるぐらいの、さりげない場所に付けたのだけど。

ダンスの話も出ていたから上着を脱ぐだろうと憶測で付けたのは、多分成功したらしい。朝は気付く様子は無かったから、やっぱり学校で指摘されたのか。

思惑どうりと言えばそうなのだけど、やっぱり少し罪悪感が積もる。付き合いたての若いカップルじゃあるまいし、いい歳した大人がするべき事ではないだろうから。

言葉の通り怒った様子のない八神さんにホッとしたのも束の間「でも、」と八神さんが言葉を続けた。

「どうせなら変態呼ばわりしたことも回収しとこうと思って」
「へ」
「俺って意外と根に持つタイプなんでね」
「…意外じゃないですけど??」

嫌な予感がしてお風呂から上がろうとしたけど一足遅かった。八神さんの手がお腹から上に登って、やんわりとした手つきで胸に触れる。一度離れた唇は、首元から上がって耳にぬるりした舌が潜り込んできた。

「〜〜っん、ぁあっ、!!」

突然の刺激にゾワっと全身が粟立ち身を捩らすけど、ガッチリとホールドされて大した防御にはならなかった。

「やっ、まっ、て、!んゃあっ…」

大きな手が胸を包み込んでもどかしいくらい優しく揉みしだく。耳からダイレクトに響く水音が、脳を痺れさせて与えられる刺激以外に何も考えられなくした。

「ね、ぇ…!んンっ、ここじゃやだ…!声、響いちゃう、っか、らァ!」
「あー、確かに。お隣さん一人暮らしの学生だっけ?変な気起こされても困るもんな。…まあでも、莉子が我慢すれば大丈夫だよ」
「なんっ…、ぅあぁっ…、!」

楽しげな声が、わざと息を含ませて耳を震わす。ぞわぞわと体の中心から震えるような刺激に、必死に口元を手で押さえた。そのくせ、八神さんの手は恥ずかしいくらいピンッと立ってしまった一番触ってほしい所には触れてくれない。
中心を避けるようにくるくると指が優しくなぞって、物足りなくてゆらゆらと腰が動く。

なんで、触ってくれないの。

「ん、や、がみさっ…あっ、、」

八神さんの右手が、太ももを柔く撫でて下に降りる。長い指が敏感なそこに入り込んで、くちゅ、と聞こるはずがない音が聞こえた気がした。

「はっ…、すげぇ濡れてる」

くすりと笑う声が、その台詞に余計な羞恥心を植え付けた。水とは比べ物にならないぬるりとした感触が、八神さんの指に纏う。
私は言い返す余裕もなくて、ぎゅっと目を瞑って快楽に耐えることしかできなかった。

ちゅ、ちゅ、とわざと音を立てて首や背中にキスをしながら、相変わらず大事なところは触ってくれない左手が胸を触り。右手は焦らすような手つきで膣の中を抜き差しされる。緩やかな、だけど確実な快感に絶えず情けない喘ぎ声が我慢のできない口端から漏れた。

「やっ、あっあっ…、!もぅ、イッちゃ……、ンぁ……っ?」

もうイク、というところでピタリと八神さんの動きが止まった。イキかけたナカが次の刺激を求めてきゅうっと八神さんの指を締め付けているのが自分でも分かる。
ぼんやりとする頭で訳が分からず思わず振り返ると、にっこりと笑う八神さんと目が合った。

「暑いな。のぼせると危ないし、一回上がるか」
「……え?」

パッと私の体から手を引いた八神さんは、あっさりお湯から抜けて私の手を取って立ち上がらせる。いや、確かに体は暑いけど、それはどう考えても別の理由の熱いものなのに。

ずくずくと子宮が疼いて泣きそうになって八神さんを見上げても、どこ吹く風の如く交わされて風呂場の椅子に座らされる。

「目、瞑って」

そんな言葉にでさえドキドキと期待してしまったというのに、それから行われたのは、頭を洗われて体を洗ってという至って普通の行為で。

気がつくときちんとパジャマに着替えてほかほかのご飯の前に座らされていた。うん。控えめに言って意味が分からない。

「あ、勝手に冷蔵庫の肉使ったけど大丈夫?賞味期限もうすぐだったし」
「あ、うん。それは助かる…」

なんて事の無い顔する八神さんにそれ以上何も言えなくて、心ここに在らずな頭でもそもそと食事をする。チラッと様子を見ても、怒ってるようには…見えない。多分。
一体どういうつもりなのかとジーッと顔を凝視していると、パチリと目が合った。

「ん?なに?」
「……別に」

ふわりと、普段見ないような顔で笑う姿に益々頭に疑問符がついた。
何で、そんな、顔を、できるの。

「ほら、ちゃんと食べないと」
「…うん」
「今のうちに体力付けとかないと後でしんどい思いするだろ」
「うん。……うん?」

何が?とまじまじと顔を見つめると、にこりと笑い返された。心なしか、今日の八神さんはテンションがおかしい気がする。

それからきちんとご飯を食べて、片付けて、歯を磨いて。もしかして夢でも見てた?と思うくらい何事もなかったのようにベッドへと入っていた。

「……八神さん」

堪らず、八神さんの服の裾を引っ張る。
あれから暫く間を開いたというのに、体の火照りは治ることを知らないし、寧ろその事で頭がいっぱいで煩悩だらけのこの頭で大人しく眠れるとは思えない。
「ん?」と首を傾げる八神さんの首元には、今朝私が付けたキスマークが見える。

「……もうしてくれないの?」

そのキスマークに指を這わせながら尋ねると、意地悪く八神さんの口元が歪んだ。
……楽しんでる。絶対。

「なにを?」

わざとそんな事を聞いてくる口に、ムッとして噛み付くようにキスをした。首に手を回して、下唇を薄く噛むと僅かに開かれた咥内へ舌を入れ込む。舌を吸ったり舐めたりしていつも八神さんがしてくれるようなうっとりするようなキスを真似てみる。
いつの間にか腰に八神さんの手が回されて、どさりと仰向けに倒された。ちゅっ、と軽いリップ音を響かせて名残惜しく唇が離れていく。



「莉子のえっち」



ニヤリと笑われた言葉に、きゅんっとお腹の奥が疼く。八神さんの手が焦らすようにゆっくりと服の中に入り込んで、お風呂場でしたみたいに中心を避けて軽い力で胸を触ってくる。

「んっ…、」

イく寸前まで高められていた熱は、いとも容易く昂っていく。短く声を上げて恨めしく八神さんを睨むと、くすりと笑われてしまった。

「なん、っか…八神さん、あっ……ンんっ、今日テンション、高くない…?」
「そう思う?まあ、我ながら浮かれてるとは思うよ」

鎖骨にもたくさんのキスマークを付けながら、八神さんが苦笑する。一旦手と唇が離れて、上半身を起こしたかと思えば勢いよくシャツを脱いだ。
程よく引き締まった体に、無数の古傷たち。ぼんやりその姿を見ていると素早く短パンを脱がされて、左右に開かされた足の間に八神さんの頭が埋まるのが見えた。

「えっ…、ちょっ、とまっ、ぁああっ!!」

一番敏感な部分に、火傷するんじゃないかと錯覚するくらいの熱い舌が這った。既にぷっくりと主張していたそこをコロコロと舌先で転がしたり、吸ったりされてお風呂の時から焦らされていたせいかやっと与えられる直接的な刺激に、チカチカと目の前が光る。

「やっ、あっあっ、!んぅ…ぁっ…!」

痺れるような甘い淫楽に何も考える事ができず、絶頂がすぐそこまで来ていることを自覚する。八神さんの指が入口の浅い所をなぞり、柔らかい唇で花芽を軽く噛まれ。ビリビリと電流が流れたみたいに、私は背中を仰け反らせながら呆気なくイってしまった。

「はっあ、…はあっ、あっ…」
「イッちゃった?」
「うぅ……ねぇ、もう挿れてよぉ…」
「んー、でもほら。まだこっちは楽しめてないし」

そう言って顔を上げた八神さんの舌が、今度はずっと待ち焦がれていた胸の中心へ向かう。触られてないはずのそこも既にピンッの上向きに主張して、それを押し潰すように舌を当てられればあられもない声が口から飛び出た。

既に一度イってしまった体は、笑っちゃうくらい早く限界に近づいていく。片方の手で先端部分を摘んだり撫でたりしながら、もう片方の胸に吸い付く舌は全く別の動きをしていて、逃れられない快楽に腰が浮いてまたビクビクと体が震えた。

「あっ、まっ…!や、だぁ…こんなっ、うそ、……イッちゃ、、、あぁっ!!」

お預けを食らった分、余計にいつもより気持ちよく感じたのかもしれない。きゅっと八神さんの指が強く先端を掴んだ瞬間、初めて胸だけでイッてしまった。
まさかこんな短時間に連続して2回もイッてしまうなんて。頭はぼやっと上手く動かずに、浅い呼吸を繰り返しながら八神さんを睨んだ。

「……いじわる」
「だってほら、俺って変態だし?」

してやったり。

そんな顔で笑う八神さんに、数日前の出来事が今更後悔となって押し寄せてくる。いやでも、あれだって元はと言えば八神さんが悪い……事もないけど原因の発端ではあるんだから。

ちゅ、と額にキスを落とした八神さんが、サイドテーブルからゴムを取り出し素早く自身のモノに装着した。焦らすようにゆっくりとあてがわれたソレに期待して、入り口がヒクヒクと震えてその刺激を今か今かと待ち侘びている。

そのまま、浅く入口付近に入り込んだままピタッと動きを止めて、八神さんの大きな手が優しく頭を撫でた。

「んあっ……、や、がみさ…?」
「前に言ってたの、もう一回言って?」
「へ……?」
「ほら、海藤さんに言ってたやつ。俺は、誰のって?」
「〜〜っは、ぁ!?」

今、それ言う??

酔っ払っていた時の発言はうろ覚えの記憶だったのに、後日それはそれは丁寧に海藤さんによって解説されてしまったし、盛大に揶揄われたので覚えてない、は通用しない。
何より、八神さんはあの時シラフであそこにいてその発言を聞いていたし、揶揄われていたその時も隣にいた。分かっている筈なのにわざと言わせようとしているのは、そのニヤついた顔を見なくても分かる。

生理的に浮かぶ涙で八神さんを見上げてると、「ほら、早く」と数センチだけグッと押し込まれてドロドロと思考が溶かされて行く。この熱く固い熱の塊を、早く欲しい。もうそれしか考えられなくなって、羞恥心に耐えながら口を開いた。

「……っ、わたし、の……」
「うん」
「………八神さん……だもん」
「うん」

まるで愛しいものを見るみたいに、八神さんの目が優しく細まる。

「こんならしくない事しなくても、俺は最初から莉子のだよ」

ズンッ、と八神さんが言葉を言い終わらないうちに一気に腰を打ちつけた。十分過ぎるほど濡れてたそこは何の障害もなく奥底まで八神さんのモノを受け入れて、突然の出来事に息が詰まって言葉にならない声が上がる。
続く激しい律動に、必死に八神さんの肩にしがみついた。何が何だか分からなくなって、全身に広がる快感に考える余裕もなく自分の情けない声ばかりが耳に響いた。

「あっ、あっあっ、!だ、めぇ…!もっイッ、あっ……ンん!!」
「………っ、」

散々焦らされてイかされた体は求めていた刺激に抗う術などなく。きゅうきゅうと八神さんのモノを離さないようにナカが締まるのを自分でも自覚して、痙攣するように呆気なくイってしまった。
はぁはぁと肩で息をしながら、全身に広がる余韻に耐えていると止まっていたはずの八神さんの動きが緩やかに再開される。

「へっ……?」
「まだ、へばるには早いんじゃない?」
「えっ、うそ、ちょっとまっ……あっ!!」

再び浅い所をぐりぐりと刺激され、かと思えば最奥まで一気に突かれて。止まらない快楽の応酬に危険信号が頭を過ぎる。

──これ以上は、本当におかしくなる。

「これ以上不安にさせないように、しっかり教え込まないとね」
「もっ…、わかった、からァっ…、!」
「大丈夫。俺体力には自信あるから」

なんの、大丈夫???

抗議しようと開いた口は八神さんの舌に飲み込まれ、言葉も呼吸も全て奪われる。
まさか嫉妬心から付けたたった小さなキスマークが、こんな事になるなんて想像できる訳がない。

楽しげに欲に溺れた目で笑う八神さんの顔を見ながら、それでもあの女子高生が絶対見ることのない顔を今私だけが見ているのだと。そう思うとやっぱり、どうしようもない幸福と優越感が心を満たしていった。──でも


「も、むりぃ……!!」

結局、八神さんが満足したのはとっくに日を跨いだ深夜過ぎだった。








──


──────


────────────


「八神さん、やっぱ彼女いるんだって」

後日。
件のカフェであの日読めなかった本を開いた私の耳に聞き覚えのある声と話題が届いた。
ページを捲る手が止まり、やはり後ろの席にいる女子高生へと意識が集中してしまう。

「あー、まあそりゃそうだよねー」
「何か、キスマーク付けてたらしいよ」
「マジ?やば」
「でさ、ダンス部のあの子、失恋して超ショック受けてたのに、それを慰めた男子と付き合う事になったらしいよ」
「すご。少女漫画じゃん」

マジか。
雨降って地固まるまさかの展開に心の中で拍手を送った。女子高生相手にとても大人気ない事をしたと思っていたけど、終わりよければすべてよし。私が言って良いのか分からないけど。

若いって良いなあ。
すっかり余裕を取り戻した心で聞くこの話題は、最早微笑ましささえ感じる。今日は安心して読書ができるかも、と落ち着いた気持ちで再開しようとしたのに再び気になる話題が後ろから届く。

「でもさー、八神さんってしょーみ性欲薄そうじゃない?」
「分かる。イケメンだし性格も良いけど、なんか逆にそういうイメージない」
「爽やかお兄さん、て感じ?」
「優しいけど物足りないとか?」
「分かる〜!」

はああああ???
女子高生たちの八神さんに対する評価に、思わず持っていた本をぐしゃっと握りつぶしそうになった。

あの人超絶体力オバケですけど???あんな優しい顔してめちゃくちゃしつこいし意地悪ですけど??

つい先日の出来事を思い出して一人でぼぼぼっと頬が赤くなるのを感じた。
いっそその彼女は私ですって言ってやろうか。そんな事を考えて、いやいや何を馬鹿な事を、とコーヒーを一口流し込んで冷静になる。

やっぱいいや。

彼女達のイメージする八神さんの、全然違う本当の八神さんのこと。


それを知ってるのは、この世で私だけでいい。


きゃあきゃあと楽しそうに笑う女子高生達の声を聞きながら、私は止まっていた読書を再開した。



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