少年


「お待たせ」

 そう言って正面玄関を開けた八神は少しだけ汚れた格好になっていた。どうやら侵入してから中にいたカラーギャングと戦闘になったようで、怪我こそしていないものの派手に暴れたのか乱れた髪の毛を手櫛で直していた。後ろから杉浦も顔を出し、同じく怪我はないがパタパタと衣服についた汚れを手で払い除けている。

「二階には、防犯カメラに写ってた男達はいなかったよ」

 残すのは、この一階にある部屋のみらしい。しらみつぶしに部屋を確認しようかと思ったその時、奥にある扉がゆっくりと開いた。「なんの騒ぎだ」怪訝そうに眉を寄せた男が顔を出す。部屋の奥からはけたたましい音楽が漏れ出して、乱闘騒ぎにも気づかなかったぐらいには、一応カラオケ店らしく防音だったことが分かった。

「あ、この人…」

 顔を出したのは、間違いなくカメラに映っていた男だった。八神達と目が合うと、状況を把握した男が険しい顔つきへと変えた。

「なんだ、お前ら。サツか?」
「ただの探偵だよ。アンタに聞きたい事がある」
「探偵だぁ?」
「この子について聞きたい事がある。一週間前、アンタらと一緒にいた子だ」

 そう言って八神が咲良の写真を見せると、男の顔は分かりやすく青ざめた。──ビンゴだ。慌てて扉を閉めようとする男に、海藤が素早く足を滑り込ませてそれを阻止する。力で海藤に勝てるわけもなく、無理矢理閉じられようとしていた扉は軽々しく開かれた。

 異常に怯える男をそのまま部屋の中へと押し戻すと、中には同じくカメラに映っていた複数の男達が、何が起こったのかわからず目を丸くさせている。とりあえず彼らが逃げられないように入り口を塞ぎ、男たちを囲むように陣取った。

「さて」

 リーダーらしい男の怯えっぷりに、他のメンバーもどう出るべきなのか分からず困惑している。それをいいことに八神はがっしりと震える肩を抱いた。

「とりあえず、自己紹介でもしとく?」

 緩やかに弧を描く唇とは反対に、鋭い目つきが男を射抜く。有無を言わせないその眼力に、ポタッ、と男の額から汗が滑り落ちた。

 なぜ、山下咲良は男たちについて行ったのか。男の口から語られるのを、花織は静かに待っていた。
 


 

 ⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎
 
 
 
 
「西田、です…」

 薄暗い照明の部屋で、怯える声で男が名乗った。明るい金髪にヒョロリと長い背丈は無理やり大人の仲間入りをしようとしているようにも見える。実際には、恐らく花織とさほど年が変わらないのだろう。それでも男の周りを取り囲む少年たちはそれよりも幾らか幼く見え、彼が一番最年長でリーダーらしい事が窺える。

 その彼が抵抗しない姿に、周りの少年達も手を出せずにずっと戸惑っている様子だった。
 逃げられない様に出入り口を海藤が塞ぎ、万が一襲ってきても対応できる様にと花織の隣には杉浦が立っている。そして部屋の隅に追いやられる様に、少年たちはソファの上で大人しく座らされていた。

 八神は彼らの真ん前に立ち、腕組みをしながら冷静に少年たちを見下ろした。

「君らは?」
「……前田です」
「南です」
「山本です……」

 素直に名乗る少年たちが未成年者であることは一目瞭然だった。どうやって手に入れたのか身につけているものは分かりやすいブランドものだというのに、根本が黒くなった手入れのされていない金髪やシワだらけの服を見ると彼らが普段どのように生活しているのかがよく分かる。

 どれだけ悪ぶっていても所詮は人生経験の少ない少年たちは、これから何が起こるのか分からずに不安そうに八神たちを見上げていた。ポン、と手前にいた前田と名乗った少年の肩を叩き、八神は西田と同じ様に咲良の写真を見せた。

「この子について聞きたいんだけど」
「え、あっ……、!」

 咲良の写真を見せた途端、西田と同じ様に前田の顔は青褪めた。他のメンバーも写真を見て、次々に震えて俯いていく。その態度から何かあったというのは明白で、我慢できず花織は思いっきり机を叩きつけた。

「アンタらまるに何したの?」

 必死に冷静さを保とうとした、低く押し殺した声だった。びくりと四人は肩を震わせ、誰も何も発しない。焦ったいその様子に痺れを切らした花織はスマホを弄るとリゼで撮った防犯カメラの映像を男達に見せた。

「アンタらがまると…咲良と会った最後の人間だってのはもう分かってるんだよ。この映像を最後に、咲良は消えたの。もう一回聞くね。まるに、何したの」

 花織の真っ黒い瞳が、西田の顔を覗き込む。感情を押し殺そうとした白い顔が余計に少年達を追い詰める。
 不用意に近づけば危険かもしれないと、八神は花織の肩を優しく引いて距離を取らせた。そこで初めて、西田のあちこち彷徨わせていた視線が花織に合わさると、「あ、」と小さく声を上げた。

「お前…っ、佐倉花織…!!」

 思わず、と言った風に西田が花織の名前を叫ぶ。髪色や服装が普段の花織とは違ったから、目の前の人間が誰なのか気がつかなかったらしい。漸くブレたピントが合わさった様に、西田の中で花織という存在が浮かび上がる。
 名前を呼ばれた花織は、「はあ?」と首を傾げた。生憎と、目の前の男とは面識が無いはずだった。フラフラとクラブで遊んでいた時期もあったから何処かで顔を合わせている事があったかもしれないが、少なくとも相手を認識するほどの接点などないはずだと、記憶を辿りながら花織は不愉快そうに眉を寄せた。

「私、アンタらの事知らないけど」
「何でお前らが花織ちゃんの事知ってんだ?」
「いや、だって俺らは…、」

 そこで少年達は再び口を継ぐんだ。
 よっぽど後ろめたい事があるらしい。これでは埒があかないと、今まで傍観していた海藤はやれやれと壁にもたれかけていた背中を持ち上げた。

「しゃーねぇなあ。あれやるか」
「あ、もしかしてセンター長にやったやつ?」
「なに?それ」

 首を傾げる花織に、ニッと歯を見せて海藤が笑う。

「素っ裸にして正座させて拷問する」
「ひぃ……⁉︎」

 おおよそ堅気とは見えない海藤の口からそんな事を言われれば、まだ人生経験の浅い少年達は青かった顔を更に青くさせてブルブルと震え上がった。杉浦の相槌が、それが冗談では無いことを伝えているようで、少年達の脳裏には拷問されている自分たちの姿が易々と思い浮かぶ。

「言う……!言うから殺さないでくれ!!」
「別に殺しはしねぇよ」
「んじゃ、質問にはすぐに答えること。遅れたら一人ずつ服脱がせて一発殴るってのはどう?」
「ひっ…、!」
「八神さん、本当に元弁護士?ヤクザの間違いじゃないの?」
「褒め言葉として受け取っとくよ」

 呆れた様な杉浦の言葉に八神はヒラヒラと手を振って答える。で、どうする?と西田たちに振ると、こくこくと壊れたおもちゃの様に頷いた。カラーギャングと言っても中身はまだ子供だ。圧倒的な力の差に気づけるだけ、まだ更生の余地があるのかもしれない。

 男たちを代表して口を開いたのはやはり西田だった。八神たちの様子を窺うようにちらちらと視線を彷徨わせながら、あの日のことを語りだす。

「その、女が最後にあったのは確かに俺達です」
「咲良ちゃんとは知り合いだったのか?」
「いえ…。俺たちの会話に首を突っ込んできたのはその女からなんで。その時が、初対面です」

 西田は深く深呼吸してから、覚悟を決めたようにぎゅっと瞼を閉じた。逃げられないと悟ったのだろうか。次に瞼が開いたとき、挙動不審だった西田の視線がまっすぐに花織へと向けられる。

「俺たちの最初の目的は佐倉花織を攫うことです」
「……は?」
「なんで、花織ちゃんを?」
「知ってるとは思いますが、俺たちはカラーギャングです。そのリーダーである尾崎さんに、佐倉を痛めつけろと言われました」

 尾崎、とその名前が出た瞬間、花織がひゅっと息を飲み込んだ。今度は確かな知り合いだったらしく、動揺しているのが見て取れる。「大丈夫?」杉浦が花織の顔を覗き込むと、瞳孔の開いた目とかち合った。花織自身、湧き上がる感情にどう対処していいのか戸惑っているようにも見える。

「…私に、リゼを紹介してくれたのが尾崎だった。キャラメルも一回だけ誘われたことある。…あ、もちろん使ってないよ。最初はいろんなこと教えてくれるお兄さん、て感じだったけど。尾崎の周りには常に人がいたからどんどん近寄らなくなったの。…悪い噂も、多かったし」

 学校をさぼって神室町をうろうろしていた時、声をかけてきたのが尾崎だった。その頃の花織はまだ咲良と出会う前で、母親との関係も一向に良くならず憂鬱な日々を送っていた。そんな時仲良くなった尾崎は花織の知らないことを沢山教えてくれて、頼りになるお兄さんのような存在だった。

 Clubリゼを紹介され、花織に新しい居場所を作ってくれた。知らない者同士がその場のノリだけで楽しむリゼが花織は気に入ったし、尾崎にも感謝はしていた。しかし人気者の尾崎の周りには常に誰かがいて、大人数でつるむのが好きではない花織は徐々に尾崎と距離を取っていった。

 ましてや尾崎はどこから収入を得ていたのかお金や暴力で支配しようとすることがあったし、一度花織に流行ってるからと言う理由でドラッグ、つまりキャラメルを勧めてきたこともあって花織の中で尾崎はとっくに『頼りになるお兄さん』的存在から消えてなくなっていた。

「なんで、尾崎が私を? ううん。それより、なんで私を狙ってたのにまるが被害に合わなきゃいけなかったの」
「…尾崎さんに、佐倉を攫って薬漬けにしろって言われました。俺たちはまだチームに入ったばっかだったし、言うこと聞いたら尾崎さんに気に入られると思ってリゼでお前を待ってた」



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