理由


 その後駆けつけた警察によって、事態はゆっくりと終息へと向かっていった。その中で八神たちは事情聴取を受けながら、花織が鑑別所へ送られたことを知る。
 死体の隠蔽と傷害罪と罪も重なったが彼女が未成年であることと、家庭環境や被害者である山下咲良との関係性、元弁護士による八神の口添えなどもあって大人しくしていればそんなに長くはならないだろう、と担当してくれた少年課の刑事は言った。

 当然尾崎や西田たちもそれぞれの裁きを受け、Clubリゼは家宅捜索に入られ営業再開の目処は立っていない。恐らく、黙認していたオーナーにもそれ相応の罰は与えられるのだろうと八神は考える。そしてそれに伴って、カラーギャングも事実上の解散となった。

 それから、山下咲良の死体は腐敗の進んだ状態で廃ビルの中から発見された。
 取り調べで花織が証言した通り、西田たちが咲良を捨てたゴミ捨て場のすぐ近くにあるボロボロのビルの部屋で、丁寧に白いシーツに巻かれて静かに横たわっているのを捜査員が発見した。

 当時、咲良の死体からキャラメルの匂いを感じた花織は咲良の死因にドラッグが関係していると考え、犯人が未成年者の可能性もあると考えた。そうなれば罪が軽くなり捕まっても大した罰は与えられないのではと思い彼女は自らの手で復讐をすることを誓う。
 その為には咲良が死んだことが大人にバレると復讐が実行できないと思い、遺体を隠すことに決めたのだった。

 自分と同じくらいの背丈の、意識の失った人間を小柄な少女一人で担いで移動させたのは、随分と大変だったろう。その時の花織の心情を思えば、何とも言えない虚しさが心を占める。


「なんっか、スッキリしないね」

 相変わらず暇を持て余している八神探偵事務所でそれらの報告を八神から受け、杉浦はぼんやりと天井を見上げた。何となく、山下咲良が無事ではないと想像していたとはいえ、まさかそんな想像を超える体験をすぐ隣にいた花織がしていたんて。

 大丈夫、という自分の言葉を花織は一体どんな気持ちで聞いていたのだろう。そう思うと、杉浦の心はやはり晴れることはない。

「花織ちゃん、来週移動だろ?」
「うん。最後に面会させてくれるって。…杉浦も来るか?」
「…いいの?」
「ああ。もちろん」

 会えば、少しはこのモヤモヤも小さくなるだろうか。そんな期待を込めて、杉浦は遠慮がちに頷いた。




 ⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎



「久しぶり」

 数週間ぶりに見た花織は、少し痩せているように見えた。ぺこりと頭を下げた花織は八神と杉浦の顔を交互に見て静かに微笑む。あんなにも取り乱していたのが嘘のように、穏やかな顔つきだった。

「海藤さんは?」
「二人までって言われたから今回はお留守番。出所祝いなら盛大にやってやるから真面目に頑張れよ、だってさ」
「出所って…。海藤さんらしいね」
「でも真面目な話、鑑別所では態度もよく見られるから。まあ花織ちゃんなら大丈夫だとは思うけど」
「…うん」
「それより花織ちゃん、よく眠れてる?クマがひどいよ」
「えー、杉浦さん乙女に向かってデリカシーないなあ」

 杉浦が花織の目の下にうっすらと浮かび上がったクマを指摘すれば、以前のようにカラリとした砕けた笑みが返ってくる。それに少し安心して、杉浦も八神もホッと笑い返した。彼女がどうやって自分の気持ちに折り合いを付けたのかは分からないが、思っていたよりも、元気そうで良かった。

「あのね、杉浦さん」
「何?」
「杉浦さんも、殺したい人がいたの?」

 静かに問われ、杉浦の心臓が小さく跳ねた。隣から気遣うような視線が向けられたことに気がついて、大丈夫と目だけで応える。
 まさに今、隣にかつて殺したかった相手が座ってると伝えれば花織はどんな顔をするだろうか。

「いたよ。どうしても、許せない相手」
「殺さなかったの?」
「うん。まあ僕の場合、ちょっと複雑だったんだけど。でもそうだね、結果論だけで言えば殺さなかった、かな」
「…後悔してる?」
「全然」

 それは、すぐに否定することができた。
 あんなにも殺したかった相手。憎くて仕方なかった相手。
 多分、手をかけるチャンスはいくらでもあった。それでも殺さなかったのは、八神の持つ人柄とか、思い出に残る姉の声だとか。そういうものが杉浦を引き留め、結果的に真実へと導いてくれたのだと思う。

「…私もなれるかな。杉浦さんみたいに」
「どうかな。僕たちは似てるけど、やっぱり違う人間だから」
「大丈夫だよ。二人とも、大事な人がいるんだろ。その人のことを忘れなきゃ、道は踏み外さないよ」

 ぽん、と八神の大きな手が花織と杉浦の頭を撫でた。二人は照れくさそうに文句を言いながら、その手を払い除けることなく受け入れる。
 優しく撫でる手の感覚に気持ちよさそうに目を細めていた花織が、「私ね、」と小さく言葉を切り出した。

「…死にたいって、思ってたの。尾崎を殺し損ねてから、ずっと」

 震えるのを我慢するような硬い声に、八神と杉浦は思わず顔を見合わせる。花織はどう言葉を繋げればいいのか迷うように何度か口を開閉しながら、でも、と真っ黒い瞳が、緊張したように八神を見上げた。

「……少しだけ、頑張ってみようかな。まるが見るはずだった世界、私も見てみたいから」
「…うん。いいんじゃない? みんな生きてる理由なんて曖昧なもんだよ。それでも、明日も目が覚めていくもんなんだよ。そしたらさ、いつの間にか毎日が続いてそれが生きるって事なんだと思うよ」

 優しい八神の声に、花織の目に薄らと涙が溜まる。うん、うん、と何度も頷きながら、必死にその涙が流れないように無理やり笑顔を浮かべている。
 今まで見てきたどの作り笑いよりも下手くそなその笑顔に、八神たちは釣られて笑い合った。

 やがて部屋にノック音が響き、面会時間の終わりを告げられた。部屋を出る前に、八神が花織に振り返る。

「待ってるよ。無事出てきたら今度は俺たちが神室町を案内してやるよ。もっと健全で、楽しいところ」
「うん。ありがとう」

 最後に見た花織は、泣いてるようにも笑ってるようにも見えた。






 とても模範的な態度で、花織は思っていたよりも早く鑑別所を出る事ができた。
 その知らせを聞いたのは、夏の終わり、日暮が鳴く季節だった。

 八神はその知らせを受け、早速約束を守らないと、と海藤や杉浦と作戦を立てる。盛大に祝って、神室町を案内して。悲しい記憶を少しでも上書きできるように。
 さあ、まずはどこに行こうか。そんな話をしながら過ごした数週間後。







 ──佐倉花織は自らの意思でこの世を去った。



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