行方
「ありゃー、大人を舐めてんな」
事務所に帰って早々、海藤が煙草を吹かせながら言った。同じく煙草に火をつけながら、八神もそれに同意する。
「だろうな。っていうか、信頼してないって感じかな」
「まあ、年頃のオンナノコなら普通っちゃ普通だけどな」
八神は自身の特等席に座りふーっと白い煙を吐き出しながら、今日の出来事を思い返した。依頼が来て、対象者と接触して、その相手に手を組もうと誘われた。
佐倉花織は自分たちが協力する事でメリットがあると言った。自分は山下咲良に関する情報を持っていると。悩んだ末、八神はその誘いに乗ることにした。
利害の一致は勿論だが、どんな理由があるにしろ目の前の少女が『キャラメル』というドラッグ、つまり犯罪に手を染めようとしているのなら止めなければと思ったからだ。
「僕さ、あの子の目…。何か見たことあるんだよね」
「目だぁ? 顔じゃなくてか?」
「うん。何か……上手く言えないけど。ほっとけない気がする」
モヤモヤとした感情を上手く表現できず眉間に皺を寄せる杉浦に、八神もこくりと頷いた。実は八神も、杉浦と似たような感情を抱いていた。
コロコロと変わるあどけない表情と、急に見せる大人びた冷たい顔。それがとても危なっかしく、放っておけない気がした。
「とりあえず、今は山下咲良の保護が優先だよな。一週間も家に帰ってないのはやっぱ家出より事件性もあるんじゃねぇか?」
「そうだね。とにかく明日、リゼに行ってみよう」
数時間前、手を組む事を承諾した後に花織が八神たちに提供した情報。神室町に新しくできた『Clubリゼ』そこは若い子を中心に人気のスポットになっていて、山下咲良は行方をくらます前にそこで花織と待ち合わせをしていたらしい。
────『十八時に、まるとリゼで待ち合わせしてたの。でも私がちょっと遅れちゃって。三十分くらい、かな。何回電話しても出ないし店中探しても、周辺探してもまるは見つからなかった。それから、今に至るまでずっと。まるはこの街から姿を消したの。』
花織は痛みに耐えるようにぎゅっと自身の手を握りながらその時の状況を語った。八神が察するに、花織は咲良が居なくなった原因の一つとして自身に責任を感じているように思えた。
そしてそれは事実として、花織の心に重くのしかかっている。自分がクラブに誘わなければ。自分が遅刻しなければ。咲良は今も花織の横で笑っていたのではないか。そんな後悔が、花織の心を支配していた。
その時の花織の表情を思い出し、三人は言葉を吐く事なくぼんやりと思考を巡らせていた。よっぽど、血の繋がったあの両親より友達である花織の方が咲良の身を案じている。
「ねぇ、八神さん。咲良ちゃんは、もしかしたら最悪の場合も──」
「杉浦」
思わずついて出た言葉を、海藤の低い声が遮る。その先の言葉は、多分花織を含め全員が思ってる事だ。けれどそれは、確定するまで言葉にするのは躊躇われる。
八神は無言で席を立ち窓の外を眺めた。今日も騒がしいこの街の風景は、良い事も悪い事も全て一色に塗り潰してしまう。だからせめて、目の前の子供の心が真っ黒になりそうな時は近くにいる大人が助けてあげるべきだ。かつて子供だった八神が、二人の尊敬する大人に救ってもらったみたいに。
⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎
翌日、街が薄暗くなり始めた頃Clubリゼの近くで八神たちは待ち合わせた。少し離れた場所から観察しているだけでも、多くの若い男女が店内へと入っていくのが分かる。
それはいかにも、なチンピラ風の男たちから、一見すると大人しそうに見える静かなタイプの子などジャンルは様々だ。ただ共通して言えるのは、全員十代から二十代と思われる若者達という事だ。
「ごめーん。遅れちゃった」
その中の一人が、八神たちの姿を見て小走りで駆け寄ってくる。声からして花織なのは分かるが、見た目が昨日とは変わっていて八神たちは一瞬それが誰だか分からなかった。
金に近かった髪色は落ち着いたダークブラウンに。つけまつ毛のたっぷり乗っていた瞳も今は自まつ毛のみで、より瞳の大きさが目立って少し幼くも見える。
「ど?似合うでしょ」
「おー。髪色だけでも結構イメージ変わるもんだな」
「ほんと。別人かと思った」
「似合ってるよ。でも何で急に髪の毛染めたりなんか?」
「うーん。私なんでか出禁食らってるんだよねー。だからずっとこのクラブ入れなかったの。でも見た目も変えて八神さん達がいるならワンチャン行けるかな、て」
確かに今の姿なら直ぐには佐倉花織だとは気づかれないかもしれない。何故花織が出禁になっているのかは分からないが、彼女が八神達に協力を依頼してきたのはこのためだったのだろうと納得した。
花織は鞄から伊達メガネを取り出し装着して、満足そうに笑った。こうして見ると、神室町に遊びにきたただの女子高生にしか見えない。杉浦と並ぶと尚更若いカップルに見えた。
その時ふと、ふわっとした甘い匂いが花織の元から漂ってくる。その匂いが何かを理解した瞬間、八神は思わず花織の腕を掴んだ。
「わっ!?な、なに!?」
「…花織ちゃん、その匂いは」
「あー…」
八神に届いた甘い匂い。それは、恐らくキャラメルの匂いだ。脳裏に、昨日の杉浦の言葉が過る。
『この薬、甘い匂いがするんだって。見た目も匂いも、キャラメルそっくりだとか』
まさかとは思ったものの、元々花織はキャラメルを探していた。そして結局その理由ははぐらかされたままだ。考えるより先に手が出てしまい、しまったと後悔するが後の祭りである。
しかし花織は八神の疑いの目にも特に不快感を示す事なく、けろりと笑って見せた。そしてポケットから取り出して見せたのは、市販でよく販売されているキャラメルの包み紙。
「安心してよ。私こんな見た目だけど、ドラッグには手出してないよ。元々キャラメル好きだから、よく食べてるの。それに本当のドラッグの方のキャラメルはもう少し強く甘い匂いがするんだって」
「………悪い」
「いーよ。私も変なタイミングで食べちゃってごめんね」
自分の早とちりに、八神は素直に頭を下げた。流石に早合点が過ぎた。掴んでいた手を離し、自分の行動に嫌悪感すら覚える。少し落ち込んだ風の八神の肩を、ぽんっと海藤が慰めるように叩いた。
ドラッグと言うものは本当に恐ろしい。そしてそれは今や簡単に手を出すことができる。その危険性を知っているからこそ、少し敏感になり過ぎていたのかもしれない。
「でも、」と花織が声を顰める。その小さな声を聞き取ろうと、三人は花織に意識を向けた。
「此処のクラブ、そのキャラメルの販売元って噂なんだ」
「まあ、こんだけ若い奴が集まってれば良いカモが選びたい放題だわな」
「そーゆこと。ねぇ、カラーギャングって知ってる?赤い服がトレードマークなの。昔神室町で流行ってたんだって。その頃は青とか黄色とかいたみたいだけど。今は赤色のカラーギャングが派手に行動してるみたい」
それなら八神も聞いたことがあった。神室町ではヤクザの方が多いからあまり目立つことはないが、若者達の間でも不良のグループというものができる。昔いたカラーギャングは一人の男によって壊滅させられたとかそうでないとか…とにかく此処数年では聞かなかった派閥だ。
花織曰く、最近できた赤色のカラーギャングがドラッグであるキャラメルを売り捌いていて、此処は彼らの溜まり場なのだそう。
「あぁ、だから海藤さんに話しかけたのか」
「うん。年齢層上だったし色も曖昧だったんだけどね。まあ、念には念を的な? 結果違ったけど」
「俺はヤクなんてやんねーよ」
「まあまあ」
「んで、まるが消えたのもこのクラブだったし何か関係あるのかなって調べてたらいつの間にか出禁になっちゃったの。益々怪しくない?」
なるほど。
漸く花織の行動の意図を把握できた。
山下咲良がいなくなった場所で噂される怪しいドラッグ。そのドラッグの鍵を握る赤色の服のカラーギャング。赤色の服を着た海藤にキャラメルを聞いたこと。調べたいのに出禁になってしまったから協力者がいる事。
花織はしたたかに、山下咲良を探して八神たちを利用しているらしい。
「じゃ、早いとこ乗り込むか!」
「あ、待って待って」
パンッと拳を合わせて海藤が気合を入れるが、花織はすぐにその背中にストップをかける。「あ?」と拍子抜けしたように振り返る海藤の服を引っ張って、八神の隣へと移動させ花織はにっこりと笑って杉浦の腕へと絡みついた。
「見て分かるじゃん?あそこ若い人らしかいないの。だから二人が入ってったら怪しまれるから、私と杉浦さんで潜入しまーす」
「はあ!?」
「ね、杉浦さん。今だけ恋人のフリしてね」
「えぇ…」
「いやいやちょっと、聞いてないんだけど?」
「今言ったもん」
戸惑う男三人に、花織はあっけらかんと言い放つ。確かにどう見ても八神も海藤も二十代には見えない。その二人が若者の溜まり場に行っても浮くのは、見なくても想像ができる。
しかし依頼を受けたのは八神で、従業員は海藤だ。そのメイン二人が留守番で、臨時助っ人の杉浦と協力者である花織二人で潜入させるのは、流石に駄目だろうと八神が難しい顔をして腕を組んだ。
「あのね、協力するとは言ったけどあくまでコレは俺の仕事で、俺らを差し置いて二人だけで行かせられるわけないだろ。杉浦はともかく、花織ちゃんに危険な事はさせられないよ」
「じゃあ八神さんたちはスタッフとか業者に変装して入ればいいじゃん。最初から怪しまれるよりマシでしょ?」
「ぐっ…」
「じゃ、そーゆことで! 杉浦さん早く!」
「わっ、!」
大人として説教モードに入った八神の言葉は花織に響く気配もなく。冷静に解決案の提案と正論を言われ、言葉を詰まらせる八神。その隙に花織は杉浦の腕を引き強引に店の入り口へと向かってしまった。
変に騒いで注目を浴びる訳にもいかず、中途半端に止めようと伸ばした手が虚しく風に吹かれる。
「…ありゃー、大人を舐めてるな」
海藤の言葉が、同じく風に吹かれた。