証言
八神とのやり取りがあった数分後、花織たちの前に赤い服を着た集団がチラホラと店内を歩くようになった。大抵は二、三人で行動し、時々若者に話しかけられてはコソコソと店の死角になる場所へと移動していく。
大胆なのか慎重なのか分からないその行動に、杉浦は呆れたようにため息をついた。
「まさかアレで隠れてるつもりなの?」
「店内の人間ほぼ共犯者みたいなものだし、怖いものなしなんじゃない?」
相変わらず騒がしい店内で、ドラッグのせいなのか元々の場の雰囲気なのか若者達はテンション高く踊ったり飲んだりを繰り返している。その中で数人が端っこで怪しい動きをしていても、誰も気にも止める様子はない。
「これだけ人数がいればカラーギャングの聞き取りは何時でも出来そうだし、まずは普通の客たちから聞き込みをしてみようか」
「一週間も前の事、此処の人間が覚えてるかな。」
「どうかな。でも、聞いてみないと分かんないよ。捜査は足からって言うでしょ」
「…それ、刑事の基本じゃない?」
花織の小さなツッコミを聞かなかった事にして、杉浦は手始めに近くにいた比較的落ち着いてる様子の青年に声をかけた。
見た目は二十歳ぐらいの、青い髪色をした男は突然声をかけた杉浦にも明るく対応してくれた。それが元々の性格なのか、キャラメルのせいなのかは分からない。
「こんにちは。突然ごめんね。人を探してるんだけど、この子知らない?」
「んー。どうかな。女って化粧で顔変わるし」
「この子はこのまんまだよ。この写真は少し幼いけど。派手な化粧とかはしてない」
「あ、そーなの?」
咲良の写真を見せると、男は特に疑問を抱くことなく慣れた様に答えた。
それはこのクラブでは人探しをしてやって来る人が多いからだ。探されている殆どは、家出や犯罪を犯して逃亡している未成年である。
しかし大抵の場合その人探しが成功する事はない。元よりノリと勢いで楽しむこの場所で、相手の事を深く知ろうとはしない人が多いからか、そもそも相手の顔を覚えている人は少ないからだ。訳ありの人間にとって、この様な無法地帯のクラブは非常に都合が良い。
その結果、クラブにいる人間は、一度は「人を探してるんだけど」という場面に遭遇する事がある。今回もそう言う類の人探しかと思っていた男は、意外そうに写真を見つめた。黒い髪の、大人しそうな印象の少女。とてもクラブとは不釣り合いの、真面目そうな優等生。
ここに来る人探しの殆どの場合が過去から逃れるために髪色や化粧で外見が変わっている事が多いから、写真のまんま、というのは極めて珍しかった。そして男はその珍しい黒髪に、見覚えがあった。
「あ、待って俺覚えてるかも」
「ほんとに!?」
まさかの収穫に、花織は大きな声をあげ喜んだ。男は記憶を探るように視線をあちこちに彷徨わせながら、うーんと顎に手を当てて考え込む。入れ替わりの激しいこのクラブで、この少女に見覚えがある。その理由を思い出して、男は少しだけ辺りを警戒して声を顰めた。
「こういう真面目そうな女の子、久しぶりに見たなー、と思って。ましてやこんな場所だし。一人だし」
「それで?彼女は何かトラブルに巻き込まれたりしてなかった?」
「いや……。確か、俺も声かけようとしたんだけど、その前に違う奴らに取られてさ。諦めたんだよね」
「それ、誰!?」
詰め寄る花織に、男は驚いて数歩後ずさった。落ち着いて、と杉浦が花織の肩を引いて距離を取らせたが、一瞬早く花織の正面にいた男はその鬼の形相に怯んだ。逃すまいと下から睨み上げて来る鋭い視線に、目を泳がせながら早く解放されたくて必死に当時の事を振り返る。
「顔は、覚えてないけど…。アイツらだよ。赤い服着たカラーギャング。でも確かあの時、その子から話しかけてたよ」
「……うそ」
「嘘じゃないって。何か少し揉めてた雰囲気だけど。その後アイツらと一緒に店出て行ってんだよ。意外だなと思って店出るまで見てたから覚えてる」
「彼女はそいつらに無理矢理連れ出されたってこと?」
「いや?普通に大人しく着いてったと思うけど」
男の証言に、杉浦は首を傾げる。
咲良は花織とこの店で待ち合わせしていて、いくら相手が遅刻していたとはいえその場を離れるだろうか。
チラリと花織の顔を盗み見すると、信じられない、というように顔を真っ青にして考え込んでいる。その表情から、咲良のその行動が普段とは結び付かないものだと考えられた。
「俺、もう行っていい? カラーギャングが絡んでるならもう関わりたくないんだけど」
「あ、うん。協力ありがとう」
チラッと花織を見てから、男はそそくさとその場を離れる。よっぽど関わり合いたくないらしく、杉浦の感謝の言葉を最後まで聞かずすぐに人の波に消えていった。
しかし初っ端にしては中々有益な情報が手に入った。少し話を整理しようと、杉浦は動揺している花織の手を引いて騒音から逃れる様に廊下へと出た。途端に音が途絶えた空間で、騒音の余韻が耳鳴りとなって頭に響く。
僅かに痛む頭を抑えながら、杉浦は耳元の通信機へと手を伸ばして八神へと音声を繋げた。
「八神さん。そっちなんか進展あった?」
『ああ。今オーナーと話しつけて防犯カメラ見てる。こっち来るか?』
「うん。今どこ?」
『2階の奥の部屋』
「了解」
八神と短く会話を終えて視線を下に落とすと、花織はずっと青白い顔で下唇を噛んで立っている。その表情を見て杉浦は何も言わなくても、花織の考えている事が手に取るように分かった。
「花織ちゃん」
安心させる様に緊張からか冷え切った花織の手を握った。びくりと花織の肩が揺れ、ゆるゆると視線が杉浦へと上がっていく。できるだけ安心させるように、八神の事を参考にしながら杉浦は優しく笑った。
「何か事情があったんじゃない?会話までは聞こえて無かったみたいだし、騒がない様脅されてついて行ったのかも」
「…でも、そもそも私が遅れなければまるはそいつらと会話する事も無かった」
「たられば論言ってても、咲良ちゃんは見つからないよ。後悔はいつでもできる。今は咲良ちゃんを見つける事に集中しようよ」
杉浦の言葉に、花織は何か言おうと口を開け、だけど何も発することなく痛みを飲み込む様に険しい顔で俯いた。頭では杉浦の言葉が正しいと分かっているのに、どうしても後悔の念は花織の中から離れてはくれない。
苦しくても、しんどくても、今はそれさえも抱えて前に進むしか、花織に道は残されていなかった。
「…うん」
やがて決意した様に花織は顔を上げて繋がれたままの杉浦の手を引っ張り歩き出した。手が振り解かれなかった事に驚きつつも、杉浦はすぐにその歩幅を長い足で埋める。上から花織の顔を盗み見して、ぎゅっと眉間に皺が寄ったその顔に、やはり杉浦には見覚えがあった。
「…杉浦さん」
「うん?」
「…こわい」
ぽつり、と。
呟かれた声はあまりにも覇気がなく。
それは短い間とはいえ今まで見てきた大人びていたり子供の様に笑ったりする数分前の花織からは想像できない程に弱々しかった。
繋がれた左手に力が込められて、ハッと杉浦の頭にある仮定が浮かぶ。
「…大丈夫だよ」
優しく、落ち着かせる様に杉浦も手を握る力を強くする。花織の視線が、杉浦を捉える。探る様なその瞳の奥に、杉浦は言いようの無い感情を抱いていた。
それを悟られない様、にこりと微笑んでみせる。
──大丈夫。
これでも探偵の端くれだ。八神みたいにポーカーフェイスを保てなくて、どうする。
「絶対、咲良ちゃんは無事に見つかるよ」
一週間も姿を消した十七歳の少女。
家出ではなく事件に巻き込まれた可能性が高いとされる今、無事に生きているという可能性が限りなく低い事を、杉浦も、八神たちも、花織でさえもきっと理解している。
それでも、今の杉浦には偽善であってもそう励ますことしかできない。結末が百%でないのなら、たった一%でもハッピーエンドに賭けるしかない。
花織は数秒無言で杉浦を見つめた後、少しだけ肩の力を抜いて笑った。
「……うん。ありがとう」
そう言って花織の目線は前へと向けられる。視線が外れた事にホッとしつつ、杉浦はドキドキと煩く鳴る心臓に冷や汗をかいていた。
──思い出した。
花織の、泣きそうなのに必死に我慢して下唇を噛み締めるその表情。踏ん張らないといけないのに、力が抜ける感覚にもどかしく思う弱々しい声。暗く、重たい瞳の奥に光るドス黒い感情。
────あの目は、かつて八神の事が憎くて仕方がなかった。
あの頃の自分の目だ。