記録


「キャラメル好きなの?」

 山下咲良は唐突に訪れた。
 午後の授業をサボって屋上でのんびりと昼寝を楽しんでいた私に、ひょっこりと頭上から現れたのはクラスの委員長。私とは正反対の真っ黒い髪を靡かせて、彼女は笑った。

「……別に?」
「そうなの?いつも食べてる気がしたから、好きなのかと思った」
「これは、ただの魔除け」

 市販の安いキャラメル。
 今街中で噂になっているドラッグと同じ匂いの、甘いお菓子。見た目も匂いも同じだけど、食べて得られる幸福は天と地の差だ。悪い子のふりをするには、とっておきの安い商品。
 そっけなく返したつもりなのに委員長は会話を終わらせる気がないようで、適当な私の返事も気にした様子なく勝手に隣へと座り込んだ。というか、委員長が授業なんてサボっていいのだろうか。

「えーと、なに?連れ戻しにきたの?」
「え?ううん。違うよ。佐倉さん、よく屋上でサボってるの見てたから。いいなあー、と思って」

 付いてきちゃった。

 あっけらかんと言う彼女に、途端に警戒していた心が馬鹿馬鹿しくなって思わず笑った。委員長のくせに、悪い子だ。
 ポケットから残っていたキャラメルを取り出して、委員長に渡す。「わっ。ありがとう」咄嗟に両手を出して受け取った彼女は、直ぐに包みを剥がして口に放り込んだ。甘い匂いが、ふわっと風に乗って飛んでいく。

「優等生、いいの?サボって」
「うーん、怒られるんだろうなあ」
「いいよ。私のせいにして。不良娘に誑かされたーて。大体それでうまく収まるよ」
「えー?事実じゃないのに?」
「事実じゃなくても、周りの評価がそれを事実にするの」

 クラスの委員長、真面目な優等生。それと正反対の、世間でいう落ちこぼれの自分。過程や本人の意思がどうであれ、どうせ評価と結果が全てなの。寧ろそのほうが私には都合がいい。委員長はふーん、と目を細めて私を見た。その視線に居心地が悪くて思わずこちらもジト目で返す。

「佐倉さん、本当は優等生でしょ?」
「…は、?」
「知ってるよ。本当はクラスで一番頭がいいのも。間違ったことが嫌いなことも。誰よりも優しいのも。ねえ、佐倉さん」

 委員長はにっこり笑って私に手を差し出した。
 委員長の瞳に、ぽかんと間抜けな顔をした私が映る。

「私たち、友達にならない?」









 ⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎



「花織ちゃん、大丈夫?」

 八神に指定された部屋の前で、杉浦は心配そうに花織の顔を覗き込んだ。先ほどよりも少しだけ良くなった顔色で、花織はずっと黙り込んでいる。杉浦の問いかけに、花織はパッと驚いたように顔を上げた。

「…ごめん、大丈夫。考え事してた」
「もう少し休んでからにする?」
「ううん。八神さんたち待ってるんだよね。へーき。行こ」

 言うが早いか、花織は杉浦の返事を待たずに扉を開けた。少しだけ薄暗い部屋に、八神と海藤。そして知らない男が一名。恐らく、彼がこの店のオーナーなのだろう。気弱そうな見た目でオドオドと八神の傍に立っている。

「わーお。二人とも似合ってるね」

 バーテンダーの制服と、警備員の制服に身を包んだ二人はあまり違和感がない。強いて言えば、海藤のはサイズが合わなかったのか少し窮屈そうに見えるくらいか。素直に感想を述べる花織に、八神は深いため息をついた。

「花織ちゃんには後で言いたいことが山ほどあるけど、先ずは咲良ちゃんの捜索を優先しようか」
「何かわかったの?」
「ああ。これを見てみろ」

 そう言って海藤が示すのは、店の出入り口が移された防犯カメラの映像だ。左下の時刻が咲良が失踪したとされる日時を指している。

「あ、まる!」

 画面に目的の人物を見つけて、思わず花織が声を上げる。明るい髪色をした若者たちに交じって、黒い髪の小柄な女子高生はよく目立つ。キョロキョロと周りを不安そうに見まわしながら店内へと足を進めているところだった。

「これが咲良ちゃんの最初の映像。それから十分後の、店内のカメラの映像がこれ」

 八神が手元を操作してパッと画面が切り替わる。次に映し出されたのは様々なライトの色で目がチカチカするような店内だった。画面の端に黒い髪の少女が映り、じっと何かを見ている様子が映し出される。

「あ、これ…」

 それは先ほど杉浦たちが得た情報と一致するように、咲良の視線の先には赤い服を着た男たちが数人で盛り上がっている様子だ。そして咲良はその集団を暫く見つめて、自らの足で近づいていった。

「咲良ちゃんの方から接触したみたいだね」
「うん。さっき下でそれを目撃した人からも証言を得られたよ。この後咲良ちゃんは…」

 丁度杉浦の言葉をなぞる様に、画面の中で咲良は男たちの後ろに付いて歩き出す。それはどう見ても無理やり連れていかれたのではなく、自らの意思で一緒について行ったようだった。

「カメラはここまで。裏口から出て行ったのか、さっきの出入り口からは出る様子が映されてなかった」
「たっく。普通裏口にこそカメラが必要なんじゃねぇのか?」
「まるで都合の悪いことは隠してるみたいだね」
「ひぃ…!そ、そんなことは!」

 ジロッと強面の海藤に睨まれて、それまで空気だったオーナーは肩をびくりと震わせ大げさなくらい首を振った。見るからに怪しいその素振りに、更に疑惑の目が向けられる。

「そもそもあんたは、この店でどれ程法を犯したやり取りがあるのか、知らない訳じゃないよな」
「へ…。あ、いやなんのことだか…」
「ふーん? ところでこのお店って、甘いお香でも炊いてるの?フロア中、甘ったるい匂いですごかったよ」
「え…。あ、えっと…」
「なあもう白状しちまえよ。俺達ァ別に警察って訳じゃねぇんだからよ」

 ぽん、と海藤の大きな手が優しくオーナーの肩を叩く。その仕草とは裏腹に、有無を言わさない真っすぐな目がオーナーを貫いた。「ひぃ…」と情けない声がオーナーから漏れて、逃げられないと思ったのかやがて観念したように力なく項垂れた。

「私だって困ってるんです…。ある日カラーギャングが我が物顔で店を支配して、あんな違法ドラッグまでばらまくようになって…」
「困ってる? でも現に今も放置してんじゃん。自分にもメリットがあるからでしょ」

 冷ややかな花織の指摘に、小さくなったオーナーの背中が益々縮こまる。図星だった。カラーギャングに好き勝手使われる変わりに、店の売り上げは明らかに上がっていったからだ。警察に言おうか何度も悩み、そのたびに目先のお金の大きさに目を瞑ってきた。その結果、こうして探偵たちに取り囲まれる結果となったのだが。

「あなたの店がどうなろうとどうでもいい。まるはどこに行ったの?」
「手掛かりはこのカラーギャングだな。こいつ等と持ちつ持たれつつ、なんだろ。わざわざカメラのない裏口から出て行ったんだ。心当たりあるんじゃないのか」

 八神と花織が同時に詰め寄ると、オーナーは視線を彷徨わせた。恐らくその後のカラーギャングによる報復を天秤にかけているのだろう。どこまでも自分が一番かわいいらしいその姿に、八神の眉間にグッと皺が寄る。うんともすんとも言わない様子に先に痺れを切らしたのは花織の方だった。

「居場所を吐かないなら、今すぐ警察に言うし、あんたに脅されてドラッグやられたって嘘の証言だってする。それでもいいの」
「う、うその証言なんてそんなの通用するわけ…!」
「現にあなたの店でドラッグが出回ってるの。そこに未成年の、女の子の、私が涙ながらに訴えたら世間はどっちの味方すると思う?」
「そ、そんな…」
「世の中なんて中身より外面が判断材料になんの。大人ならよく分かるでしょ」

 花織の脅しに、みるみる顔が青くなっていくオーナー。これでも元弁護士として嘘の証言というのはあまり大きく頷けるものでもないが、状況が状況だけに八神も黙ってそれを肯定も否定もせずにいる。なりふり構わなくなっているのは、オーナーか、それとも花織の方か。
 そっとその表情を盗み見すれば、以前見せた妙に大人びた、冷たい目が静かにオーナーに向けられていた。

「わ、分かった…。言う、言うから警察には黙っててくれ…!」
「それはあんたの今後の態度次第だな」
「どっちにしろ、これだけ活動範囲広げてるんだし警察が動くのも時間の問題だね」
「つーか、勝手にヤク広めてんだ。先にヤクザの方が動くかもな」
「そ、そんな…!」
「それより、カラーギャングの居場所!!」

 話が脱線しかけたのを、花織の怒号が遮る。びくっと文字通り飛び跳ねて、オーナーが花織と目を合わせないように小さな声で答えた。

「た、多分こいつらは七福通りにあるカラオケ店にいるはず…です」
「店の名前は」
「ら、ラムダという名前です」
「よし、俺達もそこに行こう」

 八神の掛け声を合図に、花織たちはリゼを後にした。


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フロランタン