陽だまりでおやすみ

白いカーテンが、和やかな風に吹かれて時折はためく。
午睡の暖かな陽の光がこの病室に射し込んでいる。
殺風景さも、この光によってどこか温度が感じられた。

「そういう格好、珍しいね。銃兎」

脱いだ上着を腕に引っかけ、彼のベッドの隣に立つ。
彼は読んでいた本から視線を上げ、私の方を向いた。

「似合いませんか?」

そう言って小さく笑う彼の顔は、どこか和やかで、それでいてしこりの面影が残っていた。

「…あんまり、似合って欲しくはないかな」

その影を見つけてしまった私は、入院着の彼から目を逸らした。
こういう時、私はなんて声をかけたらいいのだろうか。
今まで彼が傷を負う姿は何度か見たことがある。
でもそれはいつも名誉の負傷というやつで、勝利の証でもあったのだ。
だから私は今回も彼が―MAD TRIGGER CREWが勝つと思っていた。当然のように、そう信じて見守っていた。
神宮寺寂雷率いる麻天狼は強かった。
元TDDのメンバーとまだ新人にも近い2人の狼たち。その勢いは厳かでほの暗く、それでいて激しいものだった。
未だ信じられない境地ではあるものの、今の銃兎の様子を見るにこれが現実であることを意識せざるを得ない。
貴重な広告塔としてそれなりの待遇をされて、M.T.Cや麻天狼のメンバーはそれぞれ個室が与えられている。
先程左馬刻さんや理鶯さんの部屋にもお見舞いしたが、お二人とも各々表情がどことなく暗かった。
負けるって、こういうことなのだ。
どこか他人事のように納得する。
「今は銃兎の傍にいてやって欲しい」と理鶯さんに言われた。
結局他人でしかない私は、傍にいて彼のために何ができるんだろうか。
胸の奥底で重いものがゆっくり沈んでいく。
とにかく、私まで暗くなってはいけない。表面上だけでも、私だけでも、今まで通り接そう。
そう気持ちを切り替えて、笑顔を作った。

「今日はなんと!林檎を持ってきました!」

ベッドの横に備えられている低い棚の上に林檎を入れたバスケットを置く。
その中から1つ取り出して、彼の目の前に差し出した。
大きいでしょ!仲いい農家の人から譲ってもらったのと精一杯明るく話す。
銃兎はキョトンとして「はあ…」と返事にならない返事をした。
そのテンションを見て失敗した、と直感的に感じた。
明るすぎるのもどうかと思う。
気を遣わせていると、銃兎ならすぐ勘づく。
余計なことは考えてほしくない。
少し抑え目でいこうと深呼吸し、受付で借りた果物ナイフを林檎の皮に刺し入れる。
しばらくは、レアナが皮をむく音と誰かの足音、話し声、2人の呼吸音しか聞こえなかった。
今度はテンションを抑えすぎたかと、レアナは焦り始める。
全く器用に立ち回れない自分に何だか腹が立ってきた。
もし私の立場に銃兎が立っていたら、どんなすごい励ましをしてくれるか。
きっと私のほしい言葉一つひとつに気づいて、その通りくれるんだろう。
……悔しい。
どう足掻いたって私にはそんな高度なテクニックは無理だ。
悶々とする胸の内を抱えながら、林檎に次々とナイフを入れていった。

「はい、銃兎」

再び読書に向かっていた銃兎に声をかけた。
彼はすんなりとこちらを向いて、皿を受け取ろうと手を差し出す。

「ありがとうございま……!?」

気付いたか。
レアナは銃兎のその後に続く反応を、ドキドキしながら見守る。
彼が受け取ろうとした皿には、可愛らしいウサギの形をした林檎が乗せられていた。

「はぁ…貴女という人は……」

1度固まってそのリンゴウサギを見つめていたが、それも数秒したら呆れた顔になってその皿を手元に引き寄せていた。

「一種の嫌がらせですか、これは」

「む、そんなことない!
可愛くできたでしょ、その林檎のウサギさん」

いっぱい練習したんだから!と笑うレアナに、銃兎も釣られて微笑んだ。
あ。
ようやく出た自然な彼の笑みに、レアナは少し安心する。
練習しておいて良かった。
これを出した時、左馬刻さんはお腹を抱えて笑っていたし、理鶯さんも小さく笑って「よく出来ている」と褒めてくれた。
どんなにささやかなことでも、こうして笑った顔が見れると嬉しい。
努力した甲斐があったというものだ。

爪楊枝で刺してひょいと口に放り込む銃兎の横顔は、とても綺麗だった。
西日に移り変わろうとしている光をバックに、その輪郭は薄く影でなぞられていた。
顔の怪我、残っていなくてよかった。
そんなことを頭の片隅でぼんやり思った。

「…そんなに見詰められてると食べにくいんですが」

「あ、ごめんなさい。
えと、お味の方はいかがでしょうか…」

「悪くはないですが、形については今後考えて頂きたいものですね」

「え?どうしてですか?」

「これじゃ、共食いになるじゃないですか」

そう真剣な表情をする銃兎に、自分のミスを思い知らされる。
冷静になってみれば、普通にいい気はしないだろうことはすぐ考えが至った。
その言葉に「確かに」と真面目な顔をして答えると、彼は小さく噴き出して肩を震わせる。

「え、もしかして冗談…!?」

「ハハ、冗談に冗談で返されて、それを真に受けるとか…ククッ…」

「本当に阿呆だなお前は」と笑いながら、額を人差し指で押される。
その反動で瞑った目を開けると、口元に手を当てながらこみ上げる笑いを抑えようとしている銃兎の姿が見えた。
さっきよりも自然さと和やかさが増した空気の中で、少しの間私と銃兎は笑い合った。


「それじゃ、お大事に」

彼の病室のドアを閉める。
廊下を歩きながら、これまでのことをぽつぽつと思い返す。
MAD TRIGGER CREWとしてチームで挑んだ戦い。Buster Bros!!!との対決、そして麻天狼との最終決戦。
どれも無傷では済まない激戦だった。
でも、彼らは笑っていた。
どんな歪なものであろうと、彼らはそこで踏ん張って、堂々と笑っていた。
麻天狼に負けた時ですら。

状況が落ち着くにつれ、少しずつ彼らは己の痛みを感じ始めていた。
この病院で初めて彼らと会った時、彼らの表情はどこか曇っていた。
無理くり笑おうとしていたが、どうにも上手くいかないらしく、笑顔かどうかも分からないほどの顔をしていた。
悔しい気持ちを前面に出さないのが、大人の最後の意地というものなのかどうかは分からない。
いっその事素直に気持ちを出していれば、こんなにも痛みに苦しまなくてよかったかもしれない。
でも、それは彼らにとって必要のない道だ。
きっと内に秘めた悔しさの分を、次こそは…と闘志を燃やす糧にするのだろう。
私がそこでちまちまと小細工をしたところで役に立ちはしない。

そこで私は、今日見た彼らの笑顔を思い返した。

今の彼らには、この痛みを力に変えるまでの時間が必要なのだ。
少しずつ悔しさを力に変えて、彼らはきっと、また、あの獰猛な笑みを浮かべて堂々と敵に立ち向かっていくのだろう。

今は、彼らにはしっかり休んで、英気を養ってもらおう。
その為なら私はなんだってする。
なんだって協力する。
力を貸す。
私が笑うことで、あの3人も―銃兎も笑えるのなら、何度だって笑ってみせるから。

そっと首元に手をやる。
そこにはもう、革の首輪はない。
彼のおかげで私は少しだけ変わることが出来た。
あの日のお返しを、私はまだ出来ていない。
もし私が、私という存在が、銃兎にとって安らぎを感じる場所になれているのなら。
何度だって。なんだって。
強かな決意を胸に、しっかりと前を見据えて私は1歩踏み出した。



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