反転率40%
左馬刻の事務所に逃げ込んできた。無我夢中で、道中何をどう相手を撒いたのか覚えていない。彼の部屋のドアを全身を使って開け、なだれ込む。荒い息をつきながら、冷たい床に座り込んだ。「オイどうした?」
背後から左馬刻の声が。
そう脳が理解した瞬間、護身用にポケットに突っ込んでいたハサミに手が伸びる。逃げてきたばかりで混乱しろくに考えることが出来ないまま、体の動きに従って彼にその刃を突きつけた。
完全に油断していた左馬刻は、自分の眼前で閃く鈍色の凶器に息を呑む。
慌ててハサミを握る手を抑えた。なおも暴れるレアナにもう片方の手首も掴んで動きを封じる。
「ッ…テメ、落ち着けって…!
――言ってんだろうが!!」
そのまま床に押し倒す。腹に体重をかけられ、両手首も縫い付けられて完全に動きを封じられたレアナはようやく我に返った。
一瞬の静寂。
「わ、わたし…」
ぽつりとレアナがこぼす。
「…ったく、いったいなんだってんだよ……」
一旦落ち着いた様子の彼女の手を離し、体をのける。ちょっとやり過ぎたかと罪悪感を地味に感じ、仰向けに倒れこんだままのレアナの隣に腰を下ろす。
事態を理解して、大変なことをやらかしたと彼女は、解放されて痺れが残る両手で顔を覆う。
いや違う。罪悪感だけじゃない。
だめだ。
だめだだめだ。
今、彼の顔を見てしまったら…見てしまったら、同じことを繰り返してしまうような気がする…!
「オイ…」
目線をレアナに戻すと、彼女は両手で自分の顔を覆い、体を強く折り込んでいた。異変がまだ続いていると直感的に感じた。彼女の爪がその顔に食い込む様を見て、衝動的に体が動いた。
レアナの背中に手を回し、彼女の体を抱いた。
「…っ!?さまときっ…イヤ!やめて、離して…!!」
肩を叩かれたり腹を思いっきり蹴られたりと容赦ない抵抗にあうが、そんなこと気にしてられっか。ヤワな体をその抵抗ごと押し潰すように抱き込んだ。
拒否や否定ばかりを吐くその口に、噛み付くようなキスを繰り返す。
ハサミは遠くに蹴り飛ばした。凶器を持たない彼女の手を自分の背中に回させる。イヤイヤと泣きわめくレアナの額に唇を落として「オラ、そんなに嫌なら背中に爪でも立ててろ」と優しい声で言う。
レアナは最高潮の混乱に達していた。左馬刻のことは好き。勿論大好き。なのになんでこんなに憎く思ってしまうのか理解出来ない。もしかしてあの時のマイクは違法で、その効果が今表れているのではなんて、考える余裕はとうの昔に消えていた。
とにかくこれ以上左馬刻を傷付ける前に離れたい。離れたいのに彼はそれを許してくれない。力強く抱き締められる感覚に、思考が麻痺する。どこかの女の手が彼の言う通りになって、その背中に這う。ああ、憎い。そのアロハシャツにガリッと爪がたった。激しく送られる口付けに、苦悶の吐息が混ざった。喉がなる。滲む視界に揺れて光る赤色をぼんやり見つめた。唇を割って彼の熱い舌が入り込んでくる。
……まるで、自分の体じゃないみたい。舌噛んじゃいそう、なんて。
最後は左馬刻が呼んだ救急車に運ばれ、無事寂雷先生治療される。

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