好きと言った彼女の顔は泣きそうだった

重い瞼をゆっくりと開くと、視界いっぱいに星空が広がった。

「ん…ん、え…?」

星空が見えるということは、ここは外なんだろうか。
自分がなぜそんな所で起きたのか理解できず、反射的に体を起こそうとした。

しかし起き上がろうとしたところで視界がぐるっと周り、結局頭を少し上げるだけに終わる。

「あ、ばか。まだ起きちゃだめ」

こめかみを指で抑えていると、頭上から声がかかった。
それはよく知る幼馴染の声だった。

え、…なんで?
またまた理解出来ないことが増えた。

再び目を開けると、やはりそこに居たのはレアナ。
心配そうに、こちらの顔を覗き込んでいる。

―覗き込んでいる?

ようやく回り始めた脳が、周囲の情報をせっせと伝えてくる。

寒い夜の風。
冷たくて硬いコンクリートの地面。
満点の星空。
こちらを覗き込むレアナの顔。
風に吹かれて靡くレアナの髪。
コンクリートに冷やされた体。
それに対してなぜか暖かい頭。
下には柔らかい感触。

ん?柔らかい??

心臓がどくりと音を立てて飛び上がった。
同時に上半身も跳ね上がる。

「わっ!」

勢いよく起き上がった俺の頭を間一髪避けるレアナを振り返ろうとしたが、また目がくらんでコンクリートとこんばんはしそうになる。

倒れかけた俺を慌てて支えたのは、彼女の白く細い手だった。

その手を支えに何とか起き上がった俺は、先程までの状況を処理しきれずに思わず大きな声で彼女に問う。

「お、おおおお前…!お前、何してるんだよ!」

「え?何って、ひざまくら」

あっけからんと答えるレアナに、空いた口がふさがらない。

「な、なんでそんなことになるんだよ…」

「巽が倒れてたから、介抱しようと思って」

俺が?倒れてた?

そういえば、なぜ外なんかで自分は寝て―いや、倒れていたんだろう。

1番初めに抱いた疑問に立ち返り、自分が倒れる前の記憶を呼び起こそうとする。

しかしそれより先に、レアナが答えた。

「バーサーカーに聞いたよ?また無茶したんだってね」

あっ…と思わず声が出た。
確か、そうだ。
当面の敵、玲瓏館の屋敷に毎夜攻撃を仕掛けていた。
と言っても直接そこに出向くのはバーサーカーひとりで、マスターである俺はビルなどの高みから双眼鏡で様子を窺っているだけだ。

バーサーカーの宝具解放と右眼の魔眼の力を併用すると俺の魔力がもたないことが分かってから、なるべく同時に使うことは避けている。

しかし今夜は違った。


同じ位のビルの高さにこいつはいた。
今と同じように、ビルの屋上を吹きすさぶ風に髪をはためかせながら、膝をついていた。

俺からは後ろ姿しか見えなかったから、こいつが何をしようとしていたかは分からない。

けど、後ろ姿しか見えなかったからこそ、気付けたことがあった。

背後から忍び寄る、影。
この都会ではそうそう見かける機会のない蛇だった。
そいつは明らかな殺意をレアナに向けて、音もなく近づいていたのだ。

その自然を逸脱した異常さに、考える間もなくその蛇に静止の魔眼を向けていた。

当然、バーサーカーも宝具を発動中であった。魔力が回りきらなくなってまた倒れてしまったようだ。

今頃事態を把握した俺の様子を見て、レアナはあからさまに息をついた。

「…なんだよ」

「自分の限界くらい、ちゃんと把握して。前も魔眼と宝具の併用で倒れたってバーサーカーから聞いたよ。
そんなんじゃ、すぐ…殺されちゃうよ」

ここ最近1番の、芯から凍るような冷たい風が吹いた。
その勢いで、普段見えることのないレアナの耳が髪の隙間から覗いた。
月の光を反射してイヤーインナーが光る。

その時、近くでガシャという鉄と鉄が組み合って動くような音がした。


「バーサーカーか!」

「あぁ、巽かい?よかった。目が覚めたんだね」

柔和な声が聞こえてきた。
間違いない、バーサーカーだ。
魔力のパスというものを辿るのは今の俺じゃ難しいが、なんとなく感覚で分かるようにはなってきた。

「バーサーカーが帰ってきたようね。じゃ、これでわたしは」

この場を去るような発言に驚いてレアナの方を振り向くと、彼女は軽々と柵を飛び越えて屋上の端に立っていた。

「お、おい!危ないだろ!?」

「…わたし、これでも魔術師だからね?一応巽より強いからね?」

2度目の呆れた視線。

「巽。今日は…助けてくれてありがとう。
でも、もう大丈夫だから。
もう助けなくていいから。
巽は、自分の身を守ることだけ考えて。
――お願い」

折り重なって網目のようになった柵を掴み、レアナは顔を少し俯かせた。

「巽」

もう一度名前を呼ばれる。

「なん、」

返事をしようとした。

また、大きく風が吹く。
強く、冷たく。
ここにある全ての温度をかっさらっていくかのように吹き荒れた。

その轟音の中で、あいつは確かに言葉を紡いだ。
長い髪が所々口元を隠してしまっていたが。
その口は確かに言葉を形作っていたのだ。

たった2文字。
音も届かず、また気持ちもあと一歩届かず。
それでもその意味が知りたくて、
本当かどうか問い質したくて、
急いで柵に駆け寄ろうとする。

ガシャンと網目を掴んで音を立てる頃には、あいつの姿はなかった。


「は…、なんだよ、それ…」

気配ひとつ残さずどこかに行ってしまったレアナ。
その空虚さに、あまりの儚さに、胸がつっかえる。
心臓がばくばくと鼓動して苦しい。
胸あたりの服を掴むが、少しも和らぐ欠片もない。

バーサーカーのことも忘れてその場に暫く蹲っていた。



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