>父さんが武術をやっていて、それは趣味の範囲なんだけど、わたしもいつの間にかある程度の護身術としてそういう習い事をしている。護身って何からだよ、って思わないこともないけど、要するに体を動かす理由になれば何でもよかったのかもしれない。
はじめは嫌々な部分もあったけど、今では結構好きでやっている。上手って訳でもない。でも、昔より下手くそって訳でもない。
こじんまりした道場に、わたしは週二くらいでイソイソ通う。先生が結構厳粛な人で、他人の詮索を良しとしない面もあるからか、わたしは周りから特にどんな目も向けられない。それは、気が楽でいいと思う。
「よっ!」
ばちん!と、更衣室で挨拶代わりに背中を叩いてきたのは、何年かの付き合いがあるボニーちゃんだった。女の子では、ボニーちゃんとあともう一人、この道場に通っている。
「痛いよ、ボニーちゃん。どうしたの?今日は早く帰らなくて良いの?」
ボニーちゃんは、ルフィに負けないくらい食べる。そりゃもう、なんでそんなに食べて、いらないところに脂肪が付かないのか分らないくらい、食べる。とにかく、説明するより見てもらいたい。まじで、凄い。
そんな彼女は、こうして体を動かすと、すぐに燃料切れになるらしい。道場が終わると、着替えも半端に近くの安い牛丼屋に飛び込んでしまう。そう、まるでルフィの片割れ…。いや、生き写し。そんな、凄い子だ。
「ぜんっぜん、良くない!腹減った!」
と、同時に。同意するようにお腹を鳴らせるとは、もはや特技に近い。
「早く行けば良いのに……」
「お前な……。せっかく、わたしが誘おうとしてるのに、その言い方はなんだ?だから、周りからジメッてしてるとか言われんだよっ」
「さーせん」
誘おうって、どういう風の吹き回しか分らないけど。とにかくボニーちゃんを怒らせたようなので、適当に謝っておいた。
「でも、今日は誘ってもらっても一緒には食べれないよ」
「は?」
今日は、父さんが早めに帰ってくる。一緒に夕飯を食べよう、とメールが入ったのは昼過ぎにだった。
「え?なに、タダ飯?」
「何でそうなるのか分らないけど、普通に家で家族と食べるの」
「へー。青って家族とかいたんだ」
「そりゃいるよ」
とはいっても、そんな話を今まで自分からした事なんてなかった。ボニーちゃんがわたしの家族を勝手に無き者にしてるのはちょっと複雑だけど、反応としてはそんなものかもしれない。
じゃあ、仕方ないか。と、さすがのボニーちゃんも諦めてくれたらしい。正直、家に食べに来ると言い出したらどうしようかと思ったけど、そういうところはちゃんと常識っ子だ。ギャルっぽいけど、実はかなりしっかりしてるし、頭もいいし。見た目が派手っていうのは、なんの人間性とも関係ないんだと、わたしはボニーちゃんで学んだ。
「よ、青」
そう、よっぽど父さんの方が非常識人だ。
更衣室の窓から中を覗く人っている?いや、いるんだけど。それがうちの父親なんだけど。
「父さん?!何やってんの?!」
「何って…迎えに来た。終わったんだろ?」
「あ、そうなの?ありがとう……じゃないから!」
そういうことじゃないよ。なんで、女子の更衣室を覗いてるのかって話をしたいわけで、第一、もしもわたしの声が聞こえたから覗いたとしても普通、普通はさぁ!
「普通、そっから声かける?!恥ずかしいよ!更衣室だなって思ったら、外で待っとこうよっ」
「あっはっは!青の父ちゃん面白ェ!はじめまして!」
ぽかん、としているうちの父さんに、ボニーちゃんがゲラゲラ笑って挨拶なんかはじめてしまった!しかも、父さんもなぜかつられてニヤニヤしてる。なんで、照れた?
「あ、どうも。いつも娘がお世話になってます」
「なってない、なってない」
青ちょっと、こっちにこい。と、窓際に手招きされるから、わたしはしょうがなくそっちに寄って行く。
「なに?早く外に出るから、待っててよ」
ボニーちゃんを見詰めながら、父さんがコソコソと聞いてくる。なんだか、ろくでもない気はしたけど、予想を外れてくれないっていうのは嬉しくも何ともない。
「そうじゃなくて、あの子。友達か?おいくつなんだ?」
「え?…おいくつというか、同い年。友達というか、同じ稽古生」
「……胸、でかいな…」
特に意味がないとしても、あったとしても、呆れて言葉も出したくない。案の定、何より先にでっかな溜息が出た。はぁぁぁ。
「それ、セクハラだから。というか、こんなとこから覗いてる時点で、警察に連れて行かれてもおかしくないから」
とにかく、稽古後は先生が道場周りの掃除をするし。先生と父さんは顔見知りだけど、こんな所を見られたくない。恥ずかしい。
「じゃあ、あの子も一緒に飯に行くか?」
「じゃあ?!」
「ほんとっすか?!」
わたしの声と、ボニーちゃんの声が見事に被った。父さんも、特に声を抑えてなかったけど、食事となると目の色が変わるところは流石だよ、ボニーちゃん。
「近場のファミレスになるが、良かったらどうぞ」
父さんは、にこにこ笑ってボニーちゃんにそう言った。
「ありがとうございますっ!やった!青、早く着替えて外でようぜ!」
目をキラキラさせてるボニーちゃんに、もはやわたしが言える言葉なんて残ってない。
「りょーかい」
精々、賑やかになるだろう夕食に、残り少ない体力を溜めておこう。そう、重たい腕を持ち上げながらのんびり考える。ボニーちゃんは、そんな事をしている間に、もう更衣室から居なくなっていた。すばやい。忍者か。
さっさと外に出てみれば、ボニーちゃんは車の傍に、父さんと先生は何か話をしていた。父さんは相変わらずにこにこしていて、凄く嬉しそうだ。
「父さん」
「ああ。今行く」
先生に会釈で挨拶をして、三人で車に乗り込んだ。
わたしは、こっそりタイミングを見計らって、ボニーちゃんのことを念押ししておく。
「ボニーちゃん、ルフィ並に食べるからね」
「そうなのか?すごいな」
父さんは全然何ともない様子で、「奢ってやるから、好きなだけ食って良いからな」と、ミラー越しにボニーちゃんに言った。言って、しまった。
思ったとおり、ボニーちゃんは、ありがとうございますと頂きますを飛び跳ねる勢いで叫んだ。どこから来るんだろう、あの元気は。
「うわー…しーらなーい」
助手席に深く腰掛けて、わたしは苦く笑う。まぁ、父さんが嬉しそうだし、機嫌も良いし、どうしてか分らないけど。それでいいなら、それでいいと思う。
「父さん機嫌いいね、どうしたの?」
ん?と、こちらを見る父さんの目が、やっぱり嬉しそうにしていた。
「さぁ、なんでだろうな?」
どうして教えてくれないのかは、分らなかった。

………20130607

DODO