>「今日、昼過ぎからヒマか?」
今朝、ゴミ出しをしていたわたしの後ろに、音もなくルフィが立っていた。
あんまり驚いて凄い声が出たけど、ルフィはその事をからかったりも、茶化したりもしなかった。代わりに、そんなことを聞かれる。
「う、うん。ヒマだけど……」
わたしが、どうしたの、と聞く前にルフィが口を開く。
「じゃあ、今日おまえんち来るから」
「え?」
「約束だからな」
それは全然構わない。でも。
「学校は?」
今日は平日で、ルフィは当然制服を着ている。まさか、学校を(行くことだけは)大好きなルフィが、サボるはずもない。
「今日、職員会議で午前なんだ」
「あ、そうなんだ。わかった」
わたしが確かに頷いたのを見て、ルフィはやっとニッと笑った。そのまま、「行ってきます」と駆けていく。
ルフィが急に家に来る事なんてしょっちゅうで、こんな風に「約束」をしたのは久しぶりに思えた。
どうしたんだろう、と考えながら家の玄関に戻ると父さんが奥から顔を出した。
「青、ルフィに会ったか?」
「うん、さっき。どうしたの?もしかして、こっちにも来た?」
「ああ。ゴミ捨てに行ったからすぐ戻ってくるだろうって言ったんだが、そのまま降りていきやがった」
すれ違いにならなくて良かったよ、と父さんが苦笑した。わたしも、軽く笑って返す。
「ところで、お前」
「ん?」
未だに玄関に立っているわたしに、父さんが更に可笑しさを堪えた顔で聞いた。
「どうしてまた、ゴミ袋持って帰ってきたんだ?」
え。と、自分の手を確認すれば、缶の袋が握られたまま。
そうえば、ルフィが話しかけてきたときには、最後のこの袋を籠に入れる途中だった。
「ルフィに何を言われたんだか」
と、父さんがからかうから、わたしはとにかく何でもないように「別に」と返事をする。
また、ゴミ捨て場に戻らなきゃいけないことのほうが、よっぽど億劫だった。
***
ルフィが家に来たのは、お昼を過ぎてから。
まだ制服姿のままで、しかも片手にはお昼のお弁当をぶら下げて。
「きた」
「いらっしゃい」
ドアを開ければ、勝手知ったるなんとやら、とばかりに家に上がり込んでくる。
それに慣れてしまったのか、ルフィの人柄がなせるワザなのか、ちっとも失礼に感じないんだから不思議だった。
「テレビつけていいかぁ?」
「つけてるじゃん」
ししし。と、笑う顔に、ため息が出てくる。
わたしの返事なんて、ルフィも分かりきってる。もう、確認すらしない。テレビのリモコンをテチテチと操作して、お目当ての録画を見つけるとそれを見始めた。
「アニメ録画しとけよ」
と、ルフィがダイニングテーブルに座る。二人がけのその場所だから、わたしは冷たい麦茶を持って目の前の席に座った。
「だって、見ないもん。ルフィこそ家で録画しなよ」
「もう一杯なんだよなぁ……消すのも勿体ねぇし」
わざわざ借りるのも面倒だしよ。と、お弁当を広げながらルフィは口を尖らせた。
「まぁ、そうだねぇ」
ここらへんで一番近いレンタルショップは、歩いていくにも近いとは言えない。それに、借りるまではいいにしても、ルフィの手元にあったんじゃ、返す前にどこかへ失くなりそうだった。
「お前昼、食ったのか?」
「ううん。まだ」
「じゃあ、一緒に食えばいーじゃねぇか。なんもねぇのか?」
「あるよ。今朝の残り」
じゃあ、少し交換しよう。と、ルフィが言うから。わたしはキッチンに戻って、おかずを温めなおした。
ルフィは、ただ、少しでもたくさんお昼を食べたいだけなんだって分かってる。
勝手だなぁ。と、考えながら、それが嫌じゃないのは慣れてしまったせいなんだろう。たぶん、きっと。
「あ、うまそー」
ルフィの目の前に座り直して、あ、と気付く。
そういえば最近、エースくんともこうしてお昼を食べたっけ。
蕎麦をつつく、お箸を持つ手を思い出した。それから、サボさんのこと、ルフィのこと。ルフィが、わたしと一緒に遊びたかったなんて、知らなかった。
だから前の日、機嫌が悪かったのかもしれない。
「エースのこと考えてるだろ」
と。ルフィが、わたしの皿からナポリタンを奪って聞いてきた。少し、びっくりした。
「え?」
「変なかおしてた」
「変って…シツレーなんだけど。それに、ルフィのこと考えてたよ」
そう答えて、急に恥ずかしくなる。
なに言っちゃってるの、わたしは。なんか、それはすごく、「違う」気がする。何が違うとか、そういうのは分からないけど。とにかく。
紛らすように、ぱくぱく、お箸をせっせと動かしてお昼を食べる。
「ふぅん」
ルフィは、もぐもぐとテレビを見てる。
わたしの言葉の「間違い」には気付かなかったらしい。おかしなことに、それにとっても安心したんだけど、同じくらいガッカリしてしまって。
そのことにも、すごく驚いた。
「ルフィが、この前サボさんと遊んだときにイジケてたって聞いたから」
だから咄嗟に、言わなくていいことを言ってしまった。
でも、なんの答えも返ってこない。一言も言わないルフィに、わたしが恐る恐る顔を上げると、目があった。
「ルフィ?」
黙るようなことを言ったつもりはなくて。それに、その顔が怒ってるようでも、照れてるようでも、他のどんな様子とも違って。
「うん」
と、それだけが返ってきたときには、返事の意味が理解できなかった。
「え?」
「だから、オレ、ちょっと怒ってたな」
「そ、そうなの?」
ルフィは、それを言えたことで勝手にスッキリしたのかもしれない。
そうだ、そうだ、と頷きながらまたテレビの方を見はじめる。
「ねぇ、今度遊びにいく?」
ルフィにそう聞けば、ちらり、とまたこっちを見てくれる。でも、さっきとは違って、少し機嫌の悪い目つきだった。
「やだ。つうか、どうせエースになんか言われたんだろ?」
「もー……。そんな言い方しなくても……」
その通りだけど、エースくんも一緒に遊ぶと分かってるけど、わたしはルフィみたいな大事な友達を「仕方なく」誘うほどバカじゃないのに。
きっとルフィには、この前ショッピングモールであった時みたいに、遊ぶ友人なんてたくさんいる。わたしはその友人のうちの一人で、そのなかでもたぶん、割りと端っこの方の位置かもしれない。
でも、それと分かっていても、こうやって遊びに誘おうとするわたしの勇気をなんだと思ってるんだか。
ルフィなんて。彼女がいたり、人気者だったり、リア充してるくせに。それでも、わたしと一緒にいる時間を作ってくれるルフィのことを、わたしが「お願いされて」友達をしてると思ってるわけ?
「ばか」
「なにィ?!」
ルフィが目くじらを立てて、分かりやすく怒った。
「バーカ!ほんっと、馬鹿!」
「なんだよ、いきなり!」
とうとう本気で声を荒げてそう突っ掛かってくるから、わたしも本気で言い返した。
「いきなりじゃないでしょ!?ルフィが喧嘩売ってきたんだから!」
「売ってねぇ!」
「売った!」
今にもお互い立ち上がりそうだった。それでもルフィは、ガツガツと弁当を食べる。わたしも、ルフィの方を見ないようにご飯を食べた。
「……」
「……」
お互いになにもしゃべらないで、テレビの司会者が間を繋いでくれる。
わたしは、このままルフィがご飯を食べれば帰ってしまうと知っていて。そうすれば、ルフィが明日まで機嫌を悪くすることも。寝れば直ぐに忘れて、明日にはいつも通りだってことも、知っていた。
今までは、それでよかった。ルフィがそんな人だということに、ずっと甘えてた。
「エースくんと、この前お蕎麦屋さんで会ったよ」
変わろうと思って、そしてこの前エースくんと話しをして、「それ」がすごく難しいことを知って。
だから、一つずつ。ちゃんと、向き合うと決めた。まずは、一番の友人を大切に出来るようにしたい、と。甘えるんじゃなくて、例えば。優しさに気づいたら、ちゃんと「ありがとう」って言うだけでも良いから。
「は?」
ルフィは、少し低い声でそう言った。
「ルフィと、わたしと、三人で遊びに行こうって。約束した」
じゃあ、エースくんとの約束が無かったら、わたしはルフィと遊びに行かなかった?そんな訳なんて、ない。
「でも、わたし。エースくんにも確かに言われたけど、でも、そんなの全然関係ないよ」
あえて言うなら、エースくんの話してくれたことは、わたしにとって凄くタイミングのいい「理由」だっただけのこと。
「遊びたくないなら、そう言って。それなら、誘わないから」
わたしは、ルフィの事だと一生懸命になる自分を知ってる。
ルフィに嫌われたくない。
昨日も今日も、明日も。楽しいことを一緒に楽しんで、いつでも当たり前に話せる、そんな友達でいてほしいから。
だから、今度こそ頑張りたいと思える。この優しい友人が、胸を張って自慢できるような。そんな、自分になりたい。
「バカって言って、ごめんね」
ルフィは、少し驚いていた。
「……いや、オレこそ。ごめん」
それから、堪えきらなくなったように、笑った。
「あはははっ!いや!つーかよ、オレなんてバカバカ言われまくってんのに、機嫌悪くなるとか変だよなっ」
なんでかなー?と、首を傾げるのが可笑しくて、わたしも釣られて笑ったけど。
なんとなく、ルフィが怒った理由が分ってた。なんとなく、ぼんやりと、言葉に出来ない程度に。
「あと、遊びたくねェワケねェよ!エースも一緒にかぁ、すっげェ楽しみだな」
「近いうちに、って言ってたよ。この前はなんだかんだで大人数だったし……。わたしも、楽しみ」
なにより、ルフィとこうやって「仲直り」できた事が嬉しくて、わたしは頬が緩んで仕方がない。ルフィが後腐れのない性格というのが理由だと分っているけど、それでも少しだけ、ほんとうに少し。カタツムリの歩み一歩ぶんだけ、変われた気がして。
本当に、嬉しかった。
二人で、テレビを見ながらゆっくりお昼を食べる。おかずをほとんどルフィに取られちゃったけど、なんだかそれすら笑えた。
とうとう録画を見終わって、それじゃあ何をしようか、という話になって初めて気づく。そういえば。
「ねぇ、なにか用事があって来たんじゃないの?」
「は?なんで?」
「え、だって……」
わざわざ、今朝「約束」までしてウチにやってきたんだから。何かないわけなんて、ない。
「んー……。ま、なんとなくだな。お前うちにちゃんといたし、どうでもいいや」
「そう?」
まぁルフィのことだし、大切な事なら後から思い出すかもしれない。
「ゲーム持ってくるか?」
「え、それならルフィの家にいくよ」
そんなわざわざ面倒な事をしなくても、歩けば三十秒もかからないほどご近所なんだから。でも、ルフィは口を尖らせて。
「やだ。今日は、こっちって決めてんだ」
「な、なんだそれ……」
それから。ししし。と、歯を見せて笑うルフィに、わたしは肩をすくめた。
「それなら、トランプにしよう?取りに行ってもらうの、悪いし」
「ええ?お前強ェもんなぁ……」
「普通だと、思うけどね」
立ち上がって、トランプと携帯を持ってくると、突然「あ!」と、ルフィが叫んだ。
「え、な、なに?」
「青この前、サボと会っただろ。モールで」
「うん。どうかした?」
ルフィが自分の携帯を制服のポケットから出して、いじり始める。
何を思い出したのか知らないけど、わたしはわたしで、別のことを思い出していた。凄く大事な事、忘れてた。
「あのさぁ、あのとき、……オレともう一人いただろ?」
「うん。あの、金髪の?」
「覚えてねーか?アイツ」
急に画面から顔を上げて、真ん丸の目をキュッと細くして。ルフィは、「じとっ」とわたしを見る。
「え、えーと……?」
金髪の人、は記憶の中で何人もいるし。それに、なんとなくもしかして、とは思うけど名前が出てこない。
そんなわたしの慌てようを、ルフィはニヤニヤと笑ってくる。この顔、そういえば今朝も見た気がする。
「うわー。忘れてるとか、お前ひっでェ!青もほんと、バカだよな!ばぁか!」
「う、うるさいな!」
しかも、ルフィはちょっと嬉しそうだった。
「あれ、サンジ」
「あ」
そう、サンジくん。同い年で、小学校のとき、よくお喋りしたひと。
「いま、アドレス送るから入れといてくれ。あいつほんとはさ、ずっとお前の事心配してたんだぞ」
「そう、なの?」
女好きだもんなぁ、とルフィはカラカラと笑う。
わたしは、自分が学校をやめたことなんて、もう誰も覚えてないと思ったから。少しだけ、泣きそうだった。わたしと同じクラスの子達だって、わたしがやめたことすら気づいてないかもしれないのに。サンジくんは、覚えてくれてたんだ。
「泣くなよ〜?ほい、ソーシン」
「な、いてないっ。はい、ジュシン中!」
慌てて鼻をすすって、涙を引っ込める。ルフィは、わたしの頭を乱暴にぐしゃぐしゃとかき混ぜて、「泣き止めよ」とからかった。
泣いてないって、言ってるのに。でも、髪の毛が絡まっちゃうことはおいといて、そうされるのは少しだけ好きだから。されるままに、受信完了の文字が揺れた。
「あのさ、ルフィ」
すぐに髪をかき混ぜるのは止まったけど、今度はその両手がわたしの絡んだ髪をいじり始める。
「ん?」
メールを開けば、本当にアドレスをコピペしただけの内容。でも、すごく大事なもの。
忘れないうちに、わたしも大事な事を言わなくちゃね。
「その、サボさんと会ったとき、さ」
「おう」
「わたしが調子悪いの、気づいてたんでしょ?」
じゃなきゃ、滅多に遊ばないお兄さんとの食事を、断ったりするわけない。それに、ルフィは賑やかなほうが好きに決まってる。
「やっぱ、調子悪かったのか。無理するからだろ」
「ごめんなさい」
顔を合わせる人が増えるだけで、どうしても頭が混乱してしまう。とくに、知らない人ならなおの事。病院に行ったりはしてないから、詳しくは知らない。だけど、これは簡単には治らないものなのだ、といつだったかマルコさんが教えてくれた。
「ありがとう」
「いいよ。気にすんな」
「うん。でも……、本当にありがとう」
「……ん」
ルフィの優しさを見つけたら、これからはちゃんと見落とさないよ。それからこうやって、「ありがとう」と言わせてね。
きっといつか、本当に少しずつになるだろうけど。その優しさに見合うだけの、友達になって見せるからね。
………20130702