>一通り海で泳いで(とはいっても、ルフィだけ)(だってわたし、水着なんて持ってない)、夕方も過ぎた頃に、わたしたちは急遽アルバイトをすることになった。
レストラン系列の海の家。そのレストランこそ、サッチさんの勤めるお店。
ルフィは食事を運ぶウェイター。なんでも、エースくんが目の届くところにいないと不安だから、だとか。ルフィに対するあの、結構な心配性は治りそうにないな、と思う。
「青ちゃん!お皿追加ねー」
「あ、はい!」
わたしは、というと。バイトの基本、お皿洗い。無心でお皿を洗うだけだから、とっても楽。それに、段々と注文のスピードが緩くなってきたのか、さっきほどの忙しさはない。
「ごめんねー。急にお願いしてさ」
ふと、サッチさんがわたしの傍に来てそう言った。わたしはそれに、首を振る。
「いえ」
「でもほんと、今日来てくれたのは助かったよ。実は今夜、近くで花火大会があってね。ま、人の流れも多くなるわで、ほんと困ってたワケ」
「なるほど」
途中で、音が聞こえたのはそれだったのかもしれない。
「それからさ」
「はい?」
サッチさんがすごく言いづらそうに、私を伺って言う。
「もう、帰りの電車……ないんじゃない?」
「え!」
厨房に備え付けの、シンプルな壁時計が、12の数字の傍で結構な鋭角の時を刻んでいた。こんな時間になってしまえば、終電の時間なんて確認するだけ無駄というもの。わたしが肩を下ろしたのを見て、サッチさんが申し訳なさそうに謝った。
「ほんっとうに、ごめん!な、なんなら、エースたちに送らせっけど!」
「あ。いえいえ。大丈夫です」
泊まる所には困るかもしれないけれど、最悪、どうにでもなる。駅から街のほうへ少し歩けば、ホテルだってあるはずだった。
「大丈夫って……」
一晩くらい、サッチさんが心配する程のことはないんだけれど。でも、急にアルバイトとして引き止めてしまった手前、そうもいかない、という気持ちも分かる気がする。
「泊まるところさえ見つかれば、祖父にはどうとでも連絡できるので」
出来るだけ、心配をかけないようにそう言ってみるけど。あまり効果はなさそうだった。
「いやそれ、全然大丈夫じゃないよね……。……ちょっと待ってて」
厨房から出て行ったサッチさんと入れ替わりで、エースくんとルフィが入ってくる。
お皿洗いたいのに、と少し思ったけど、二人の全く違う顔色に手を止めるしかなくて。まるで狙ったように、同じタイミングで、二人の口が開く。
「電車ないんだよな!オレ達今日、どっか泊まるのか?!」
「なんで帰る時間、ちゃんと確認してなかったんだよ!」
いっぺんに話しかけられても、いっぺんに返事は出来ない。
それ以上に二人が面白くて、わたしはとうとう「ぶふっ」と噴出して笑ってしまった。
「おい!」
エースくんのちょっと怒った顔を見て、なんとか呼吸を取り戻す。
でも本当に、こうなってしまった事はしょうがないと思うんだけど。エースくんには、結構な一大事らしい。若干の温度差に、申し訳なくなる。気もする。
「大丈夫」
わたしは、サッチさんに言ったように、エースくんにもそう言った。
「大丈夫だァ?!どの口が言ったか今!これか!」
容赦なく、わたしの頬っぺたを引っ張るエースくんに、ちょっと嬉しくてへらへらしてしまう。けっこう痛いけど。
「じゃあ、オレはこっち担当!」
こっち?と、疑問を持つより早く、ルフィの両手がわたしのわき腹を捉えた。
「ば!ルフィ、やめてっ!」
笑いこけて呼吸困難になりそうな私の傍で、アホなやり取りが聞こえる。
「エース隊長、こんなもんですか!」
「ルフィ一等兵、対象にまだ反省の色が見られない。もっとくすぐりたまえ」
馬鹿だこいつら!絶対わたしで遊んでる!
くすぐったすぎるのを堪えて、やっとの思いで渾身の力を振り絞り二人から離れる。わたしが悪いわけじゃないのに、なんてことだ。
厨房の端まで逃げたわたしを、じとっ、と二人分の目が見詰めてくる。今頃になって、頬っぺたが結構痛い。
「あ、そうだ」
ふと、エースくんがルフィのほうを向いた。キョトン、としている顔にエースくんの両手が伸びる。
「お前もな」
あえて音をつけるのなら、ぎゅううう、というような。ルフィは本気の涙目で、何か叫び声を上げいていた。あれは、わたしの何倍も痛いに違いない。後で、その頬っぺたが赤く腫れ上がったのを見て、こっそり氷を渡してあげた。


サッチさんのお陰で、その日の夜は、サボさんとエースくんがお世話になっている民宿に留めてもらえることになった。
おじいちゃんが一体どこまで予想していたのか分らないけれど、余計目に持っていくように言われた服は、ちゃんと役に立った。それまで、大きくなってしまった荷物に持っていた不満なんて、すっかりなくなっている。
お風呂を借りて、頂いたアイスクリームを食べながら、わたしは二階の窓に腰掛けていた。
海が良く見えて、潮風があって、畳と木の匂いがして。今更ながら、夏だなぁ、とか思いながら。
すごく、いい夏だったなぁ。
まだまだ残りはあるけれど、終わりが近い、思いがする。浜のほうで、三つの黒い影が、見えた。時々、いろんな色の花火が光る。
エースくんと、サボさんと、ルフィの影。
私も誘われたんだけど、兎に角すごく疲れていたし、お風呂にもゆっくりつかりたいから、と断った。ここからでも十分、花火はよく見える。

一つの影が、こちらに向かって手を振った。

両手に、一本ずつ。花火を持ったその影は、頭の上でそれを大きく振っている。すぐに、他の二人に怒られたみたいだけど、やっぱり懲りずに何度もそうするから、何度も手を振り返して見せた。
わたしは、アイスを一口かじる。甘くて、冷たくて、おいしかった。

………20130928
「花火ちゃんと見えてたか?」
「うん」
よく見えたよ。

DODO