>夏に青はどこかに行く。オレはそれを、ずっと前から知ってた。
どこに行ってるんだ、って聞けば「おじいちゃんち」と答える。
早く帰ってこいよ、ってその度に、夏が終わって青が戻ってくるたびに言う。それでも青は、夏が終わるギリギリまで、帰ってこない。いつもいつも、毎年。
少し前の夏、相変わらずオレが暇で暇で青を遊びに誘いたいのに、青が「おじいちゃんち」に行っていなくなっていた時。
シャンクスが一人、家に帰ってきた。何でも、少し仕事を取りに戻ってきたらしい。それでオレは、青を早くつれて帰ってきてくれよ、ってシャンクスに言ったんだよ。だってよ、シャンクスが言ったんじゃねーか。「青をよろしく」ってよ。
「悪いなルフィ」
けど、返ってきた返事は、オレが考えていたより静かだった。我慢してくれな、と言われてる気になった。
「青にとって、大事な休みなんだ。お前は、他の約束でも作っておいてくれよ」
勝手だな、と。オレは思った。
「なんだそれ」
だからオレは、そう言って、文句ばっかり言ってシャンクスを困らせた。そのときだ、シャンクスがうっかり、口を滑らせたのは。
「青が母親と会える、休みなんだよ」
オレはそれから、一回も、シャンクスに何も言わないようになった。なんとなくだけど、オレにだってわかってた。青の母ちゃんは、いねェってこと。そのことを青は、誰にも何も言わなかった。オレにも一度も、言ってくれなかったんだ。
オレにも父ちゃんはいるけど、会ったことはねーし。母ちゃんがどうしてるのかも、しらねェ。オレは一人だと思ってたし、だから、エースが来るまで、ずっとすごく、辛かった。
その話を、一回だけ、青だけしたことがある。エースが来る、前の事だ。
そうか。そういえば、それからだ。青と仲良くなったのは。青がよく、街のあちこちに連れて行ってくれた。シャンクスも一緒だった。
シャンクスはすぐにオレの事をおちょくって、オレはそれがスゲー面白くなくて。でも、シャンクスはほんとうに、すごい大人だった。青は、どっか他人行儀なときがあったけど、オレ以上にシャンクスが好きみたいだった。父ちゃんなんだから、当たり前か。

偶然だった。
その日はなんとなーく、早く目が覚めた。エースはいなくて、じいちゃんも仕事。青を遊びに誘おうと思ったわけでもなく、朝からぶらぶら、公園とかを歩き回ってぼーっとしてた。財布も持ってねーし、お腹もすいたし、そんじゃあマキノんとこで飯を貰おうって歩いてた時に。青がでっかいカバンもって、どっか行こうとしてんのを見つけたんだよ。そんでいつの間にか、青のじいちゃんちに着いてた。
ずっと、なんでか、絶対にきちゃいけねェとこなんだと思ってたから。少し、つまり、ヒョウシヌケ、した。こんなに簡単に来れんなら、もっと早く、ついてくればよかったって。そう、思った。
青のじいちゃんちをぐるぐる回って、いつの間にか、オレはその部屋にいた。仏壇、ってやつだ。そこに、女の人の写真があった。
(……やっぱ、そーだよな)
青にそっくりだった。普通の、女の人。シャンクスみたいに髪が赤いわけでもなかった。まあ、そりゃとーぜんなんだろうけど。
どうすりゃいいのか、ちゃんとしたことはわかんねェから。取り合えず、仏壇のまえの座布団に正座してみた。そんで、じーっと、その写真を見た。青がオレの事を見つけにくるまで、ずっと。どうしてか、喉の奥がむずむずして仕方がないほど、泣きたかった。

***

「じゃあ、また来年来ます。レイさん」
シャンクスが、玄関の荷物をまとめて、レイリーに言う。オレもまた、絶対に青について来ようって思ってても、黙っておく。
「いつでもいいから、来なさい。一人は、静かでかなわないからな。ルフィ君も」
ほらな。絶対、レイリーなら分ってると思ったんだよ、オレ。
「今度は、ちゃんと言ってから来る」
「あははは。そうだな、その方がいい」
来年の夏が、楽しみだ。もう、帰るっていうのが、ものすごくもったいねェ気がする。
お土産にって、沢山貰った野菜を、今夜はエースに野菜炒めにしてもらう予定だ。勿論、肉たっぷりで。
車にそれを詰め込んで、気付いた。
「青は?」
さっきまで、荷物を運んでた青が車に乗ってなかった。
「ん?ああ、挨拶でもしてるんだろ。なに、別に急ぎの帰りじゃないしな」
挨拶?だれに、と聞くより早く、青の声がする。
「ごめん!じゃあ、おじいちゃんまた来年来ます」
「ああ。待ってるよ」
玄関で靴を履く青に、シャンクスが溜息をついた。笑ってる感じの、溜息だった。
「もういいのか?急ぐ必要なんてないぞ」
「いいよ。母さんには、もういっぱい話してたから」
あ。
「そうか」
それじゃあ、と玄関を出てくる二人の間を走り抜ける。履いてたサンダルが、どっかに飛んだきがすっけど、別にいい。
「ちょっとオレ!オレも、挨拶してくる!」
「え!」
なんで?って、青の声が聞こえたときには、部屋の奥に進んじまってた。なんでって、そりゃあ。なんでも、だ。
廊下を通って、土間を通って、ちょっと部屋がわかんなくなって何周かしてやっと、青の母ちゃんのところに来れた。
「えーと……」
もう、線香が二本立ってる。たぶん、一本はシャンクス。一本は、青。
オレは、二本立てた。なんとなく、沢山あったほうがカッコよくて、青のかーちゃんも嬉しいにきまってる。
それから、名前忘れちまったけど、音の鳴る鐘を叩いて。その音が鳴ってる間に、手を合わせた。たぶん、こんな感じであってた、はずだ。結構やってたけど、青の真似ばっかで全然覚えてねーってことに、今気付いた。
「来年はちゃんと、覚え、ます」
取り合えず、そういっとけば、間違ってても大丈夫だ。
それより。それから、何を言えばいいのかちっとも思い浮かばねェほうが、大問題だった。だってよ、青のかあちゃんは、ここにいるけど、ここにはいねーんだもんよ。そう考えるとまた、喉の奥がむずがゆい。
でも、ここに来たときとは違う。ここにいる間、そのワケがちゃんと分った。
これは、あれだ。青のかーちゃんとはもう、あえねーってことが、オレはすっげェ残念で。だから、悲しくてしょーがなくなるんだよ。
どんなヒトだったんだろうな、この写真のひとは。青のかーちゃん、って。やっぱ、どんだけ考えても、オレは一生、会えないわけだ。そんなことはきっと、青だってずっと分ってるはずだった。
「……うーん」
やっぱりなんも思い浮かばねーけど、今年の夏は、楽しかった。
去年も、その前も楽しかったけど、今年はもっと楽しかった。
「青のかーちゃん、ありがとう」
ここに来れたのも、なんとなく、この写真のヒトのお陰だ。それから、青のことも。
「ありがとう」



シャンクスが運転する、帰りの車の中。ラジオの話を聞いて、青は外を眺める。オレはやっぱり眠くなって、青に肩を借りようとしたとき。
「ねぇ、あのさ。ルフィ」
「ん?」
オレはとにかく眠くて、あんまり上手く返事を返せねーから。とにかくやっと、短く返事をした。
「……うちのお母さんに、なんていったの?」
「んー……まあ、ちょっと。話した、だけ」
「話し?」
青が、あはは、と小さく笑う。シャンクスも、何もいわねーけど、おれ達の話を聞いてるみたいだった。
「かあさん、何か言ってた?」
ばかだなー、青。なにかって、なんも言うわけねーだろ。ただちょっとさ、お礼言っただけだって。そう、言わなかった理由なんて、オレにはわかんねェ。
オレの事だけど、とにかく、それだけは言っちゃいけない気がして、言えなかった。
「……腹が減ったら、なんでも貰いなさい。っていわれた」
なにそれ、ほんとに?って、青が笑って、とうとうシャンクスも笑った。
で、オレは。もうとにかく眠くて、青の肩を借りて眠る。車のエンジンの音とか、荷物の揺れる音とか、ラジオの声とか。もう、全部、ごちゃごちゃだ。それでも。
「ありがとう、ルフィ」
そう青が言ったことは、ちゃんと聞こえた。

………20131007

DODO