>好きか嫌いか、って聞かれたら。そりゃあ、好きだと思う。
「だけどね、ルフィ。一気にこんなには食べれないから」
右手に握らされた串カツが三本。左手には、ルフィが食べかけたたこ焼きのパックを持って、その手首には綿飴の入った袋が下がってる。
エース君と遊びに来た。ルフィの通う、高校の文化祭に。
「なんだよ、お前さっきからちょっとしか食ってねーだろ」
ルフィにとっての、「ちょっと」は置いておいて。わたしにとっては結構な量を、お昼になるより早くから集め続けてる。ルフィなんか、たこ焼きしかり、ずっと何かしら口の中に入れてる。だからこそ、それを止める為にも休憩を挟みたいっていう、ちょっと切実な気分ですらあった。
「と、とにかく。食券はまた後で残りを変えればいいから。エースくん探さないと」
そう、自分で言っておいて「探さないと」って。と、内心で笑った。
「いいだろ、別に。エースだって好きに食ってんじゃねーか?」
「そ、そうだけど」
いえいえ。おっしゃる事が、ごもっとも。
なんで、こういう時だけちゃんと言い返してくるんだか。
「でも、エースもエースだよなァ。食券もって、さっさと行っちまうし。青、飯他のところで食おう」
「え?」
ぐいぐい、と有無を言わせない勢いで腕を引かれる。人の波を、面白いほどに早足で抜けていけるのも、ルフィが上手に誘導してくれるからだって分ってる。
すれ違う人の目が、ちっとも気にならなかった。この学校は、わたしが本当なら、まだ通っていたはずの場所なのに。もしかしたら、ここで友達が出来て、受験勉強が出来て、放課後遊んだりして。わたしは、この場所で、本当ならもっと頑張らなくちゃいけなかったはずで。
ルフィには悪いけど、最初は、ここにきたらご飯を食べて、直ぐに帰ろうと思ってた。だって、あんまりにも辛すぎる。昨日の夜なんて、どうしてか涙が止まらなかった。「辛いなら、やめとくか?」って、エースくんは聞いてくれた。ルフィは、そんなこと一回も聞かなかった。わたしは、やっと、何も聞いてこなかったルフィの優しさが分ったような気がした。
見慣れない建物の中を、顔も分らない人たちの間を縫って、進んでいく。わたしは、ルフィの背中を見て、大きくなったなあ、とか思ったりする。昔はだって、私のほうがほんのちょっとだけ、大きかったから。
「はい、ストップ」
突然、聞き覚えがあるような女の子の声が聞こえて、ルフィが急に止まった。
ここにはもう、人が殆ど居ない。今、ルフィが立ってる階段の、その先にある踊り場の『立ち入り禁止』って書いてあるところを過ぎたら、たぶんもう誰もいないはず。そんな所で、女の子が立ってた。
「ナミ!」
そうだ、この子はナミちゃん。ルフィから時々話を聞く、元気で、明るい女の子。
ふっと彼女の後ろ、『立ち入り禁止』の踊り場の奥を見たら、他にも何人かの人影があった。きっと、もしかすると、先約ってヤツなのかも。
ルフィに、場所を変えよう、と言うつもりで口を開く。でも、それは二人の言い合いで、どうにもならなかった。
「ルフィ、約束が違うんじゃない?」
「後で会わすつもりだったんだよ。そこどけよ、屋上で食うんだ!オレ達」
いやでもルフィ、立ち入り禁止って、まさか読めないわけじゃないよね?
「一緒に食べればいいでしょ?」
「駄目だ!」
「うっさわね!なんでよ!」
「ダメっつったら、ダメなんだ」
でも、ルフィ。
と、わたしはもう、どうしたって笑いが堪えきれなくなってくる。ダメだ、ダメだ、なんて口にしてるけど、その顔を見れば大体、思ってることなんて分っちゃうよ。
そのうえ、ルフィは、その顔のままわたしの方を振り返った。大丈夫、そんな顔して我慢する事ないよ。
「わたしも一緒に食べていい?」
ルフィの顔から視線を外して、ナミちゃんのほうを見る。オレンジ色の髪色が、とても似合ってる女の子だと、思う。
「え!青、お前、何言ってんだ」
「ルフィ、ほんとは皆で食べたいんでしょ?顔に書いてある」
うっ。と、言葉に詰まるのが、何よりの証拠だった。
「もちろん!わたし、ナミっていいます。えーと、青さん?」
「青でいいよ。ナミちゃん」
ナミちゃんは、わたしの手を握って、屋上へ出る扉まで引っ張っていく。
その傍にいたのはやっぱり、顔も知らない何人か。でも、サンジくんもいる。わたしは、ルフィを振り返ってみるけど、ブスッとした表情しか返ってこなかった。
せっかく、ルフィもそうしたそうだから言った事なのに、なんで機嫌が悪くなるわけ。でも、そういうことはルフィには珍しくないから、放っておく事にした。
「久しぶり、青ちゃん」
紳士的に、サンジくんが開いてくれたドアの向こうでは、色んな声が飛び交っていた。
屋上には誰もいなかったけど、聞こえる声はどこから来るかはすぐにわかった。下の模擬店だったり、企画展だったり、ショーの舞台からだったり。
「広いね、この学校」
手すりから下を見下ろして、中庭を見て、その向こうの校舎を見て、校庭を見た。
「だろ!」
ルフィが、わたしの隣に来て言う。
「……ルフィ、ここ、探してくれたでしょ」
すぐにわかった。だって、ここに連れてきてくれる間、ルフィはちっとも足を止めなかった。それにそのおかげで、わたしはすごく楽しくここまでこれた。
「おう!」
「ありがとう」
「ししし!」
ルフィが笑う顔を見て、わたしはそれがとても、嬉しかった。上手く言えないけど、胸が痛いほど、嬉しかった。
それが顔に出ちゃったから、多分、上手く笑い返せてなかったと思う。
「二人とも、さっさと食べるわよ!」
ナミちゃんが呼んでくれて、振り返る。
わざわざ用意したのか、ブルーのビニールシートの上に皆が買ってきたご飯が並んだ。ルフィが片手に持って多分と、わたしが片手に持ってきた分も、その上に広げる。
「いただきます」
手を合わせてわたしが言うと、皆が一瞬こっちをみた。それから、真似するみたいに、皆もそうしてくれる。
サンジ君と、ナミちゃん。ご飯を食べてるときに自己紹介をしてくれたのが、ウソップ君。他校の女の子だって言う、ビビちゃん。ちょっと無口で面白い、ゾロくん。
みんなが、皆。面白い話や、普段のルフィの話だったり、学校の事を話してくれる。もしかすると、ルフィが言ってくれたのかもしれないけど、誰もわたしの学校の事は聞いてこなかった。
少しだけ、想像してみた。
わたしは学校に、今も通ってる想像。この日のために、みんなと色んな用意をする。模擬店を作ったり、企画を出したり、一生懸命頑張って今日を迎える。それから、こうやって、お昼ご飯を食べたりする。
そうだね。いま、わたし。
「ルフィ……」
「ん?」
大口を開けて笑ってるルフィが、くるっと表情を変えてわたし見る。
「お、おい!どうした?泣いてんじゃねーか!」
「あはは。声、大きいよ」
おかげで、みんながわたしの方を見て、驚いてる。こんなにたくさんの人と、食事をしたのはいつ振りだろう。だいたいわたしはいつも、家で一人で、お昼を食べる。
「ありがと、ルフィ」
「もう聞いた。泣くな、バカ!」
わたしは俯いて、どうしても止まらなくなった涙を、何度もぬぐう。そんなわたしの頭に手を置いて、乱暴に撫ぜるやつなんて一人しかいない。
一人でいるときに、どうしても折れそうになってしまったときに、この手だけがずっと傍にあった。今度はその手が、わたしがどうしても欲しかったものをくれる。
本当に、すごい手だね。ルフィ。ほんとうに、ヒーローみたいだよ。
「もう、ルフィなんかしたの?」
ナミちゃんは呆れて、ビビちゃんがティッシュを渡してくれる。鼻水とか出ちゃって、わたしの顔は本当にみっともないと思う。
「どうせ、デリカシーのねェことでも言ったんだろ」
「言ってねェよ!勝手に泣いたんだ!」
ウソップ君だとか、サンジ君とルフィが言いあってる。こういうの、いいなあ、って思う。
ティッシュでふいて、顔を上げると、ルフィが怒ったみたいな顔でわたしを見てた。
怒った顔で、怒った声のまま。でも、わたしは次に口を開いてくれる言葉を、なんとなく分ってた。
「大丈夫か?もう、泣くなよ」
ほら、そんな風に言う。だからわたしは、いつもみたいに答えられるよ。
「ごめんね。大丈夫」
「よし!」
頷くルフィに、わたしも頷いた。声には出さないけど、やっぱりまた、心の中で「ありがとう」って思う。
ルフィってほんとに、ずっとずっと、すごいやつだ。わたしがずっと欲しかった、みんなと一緒っていう思い出を作ってくれた。一人で寂しくないお昼ご飯を、ずっと来れないと思ってた学校で食べてる。
何度だって、お礼を言わせて欲しかった。喉がかれるくらい、叫びたかった。でも、この気持ちは上手く言葉に出来なくて、楽しく食事をするのに、これ以上泣いてるのもよくない。
だから変わりに、ルフィとわたしの背中で、だれにも見えないように、一回だけ手を繋いだ。ルフィは、すごくきつく握り返してくれたし、わたしはその意味がちゃんと分った。
本当は、この学校に着いたとき、エースくんに顔色を心配されるくらい、帰りたかった。
でも。帰らなくて、よかったと思う。ルフィが、わたしを帰そうとしてくれないことが、嬉しかった。
***
お昼が過ぎて、みんなは思い思いに屋上からいなくなった。
ウソップ君はお化け屋敷の手伝いがあるらしい。ナミちゃんは、喫茶店のお手伝いなんだとか。ビビちゃんもそれに付いて行った。サンジ君は、この後バンドの手伝いでピアノを弾くらしい。見に行くって、約束してる。ゾロ君は、部活の見世物があるそうだ。
つまり結局残ったのは、ルフィとわたしだけ。
二人して屋上のフェンスに背中を預けて、食後の眠気と戦いながら、ボーっとしてる。
「お化け屋敷、ルフィも作ったんじゃないの?」
手伝いに行く時間とか、あるんじゃない?そう聞けば、すねたようにその口を尖らして、返事が返ってきた。
「オレは『向いてない』からやめろって、お化けやらしてもらねーんだ」
「ぶっ、は、ははは。そ、っか」
「笑うな!」
ごめんごめん。と、口では謝るけど、やっぱりおかしくてじょうがなかった。
ルフィが「向いてない」っていう皆の判断は、きっと正しかった。だって、騙されやすいこいつのことだからきっと、お化けに驚かされはしても、脅かすなんて事出来ないに決まってる。
「来年こそは、やるんだ。なんか」
「なんか、かぁ」
来年はでも、ルフィは受験生ってヤツだから。きっと、そんなに仕事はないと思う。けどそれは、黙っておいた。別に、今からしなくてもいい話だと思う。
「来年も、来るだろ」
突然、ルフィがじっとこっちを見てくる。そんなに鬼気迫らなくても、わたしは多分、今回がそうだったように。ルフィが来いって言ったら、来ちゃうんだと思う。
「くるよ」
ルフィは、やっぱり真剣に、わたしに念を押す。
「絶対だぞ」
「うん。絶対ね」
なんでそんなに真剣になるの。って、それがまたおかしくて、笑いそうになる。でもそれを止めたのは、ルフィの手だった。わたしより一回り大きな手が、わたしの手を握った。
真剣なんじゃない。どちらかといえば、それは不安そうなんだと気付く。
「どうしたの、」
ルフィらしくない。
そう、続けたかった言葉は、声にならなかった。
キス、された。
生まれてはじめて、男の子とキスした。
耳が熱くなって、心臓が痛くって、目の前にいるのが誰なのかわからないくらい、真っ白になった。
「顔、すっげー赤い」
誰のせいで。って、怒鳴ったのは心の中だったらしい。
「何か言え」
「な、んかって」
「よし!」
ルフィも、顔真っ赤だよ。って、言いたかった。
そんな軽口が叩けるほど、こんな状況になった経験がなかったし。どうしてって気持ちが湧き上がって、それから消えて、また湧き上がってを繰り返す。
ルフィはわたしの腕を引いて、一緒に立ち上がった。それから、屋上の出口のほうへ向かう。
「でも、お前、エースが好きなんだもんな」
屋上を出るときに、そう呟いたルフィの声だけが。耳に、刺すように残った。
………20140602
でもお前、エースの事諦めんなよ。って、オレはほんとは、そう言うつもりだったんだ。