>「あ、青。久しぶりだな」
今日は燃えるゴミの日。
今朝、歯をしゃこしゃこと磨きながら、カレンダーをチェックして気がついた。ついでに、父さんが帰ってきてないのもチェックした。ここ二ヶ月、家に帰ってないらしい。
父さんのことは、帰ってきてないのなら構う必要も無いのでいいとして。まずはゴミ。テキパキと、もう慣れて久しい作業を進める。途中で、歯磨きも終わらせた。
で、ゴミ袋を持って、部屋を出たとき。同じ階の部屋に住んでる、お兄ちゃんと鉢合わせた。
しまった、歯磨き粉が口の端についてるかもしれない!
「いつも偉いなァ、お前」
「え、いや。する人、いないし」
エレベーターを待つ間、顔を伏せながらわたしは精一杯返事をした。どうか、歯磨き粉が付いてませんように。
「ルフィもオレがしなけりゃするかねぇ・・・」
「しないと思う」
「オレも、そう思う」
くすくす、とわたしが笑うと。あははっ、とお兄ちゃんも笑った。
本当に、ナイスタイミングわたし。ゴミだしちゃんとやろうと思った自分、偉い。あ、エレベーターが来た。
小学生に上がりたての子供の遊び、には大体の種類しかない。その日のもっぱらのメインは、かくれんぼだった。いつものメンバーに加えて、必ず十五人くらいは遊びに加わる。その日も、そのくらいはいたと思う。
ルフィにはその頃、新しい家族が出来たばかりだった。わたしはその新しい家族と、一度だけ会ったきり。口だってきいたことがなかった。その彼は、ルフィの説明をかいつまむと、本当の両親が遠くにいるんだとか。だから、知り合いの子供としてルフィの家に来たらしい。
ルフィだって祖父と殆ど二人暮らしのようなものなのに、なんだかとても不思議な関係だなぁ、とそのときの私は暢気にそう思ったのだ。
まぁ、話は戻って、かくれんぼの時。
わたしは、周りより少し身長が高かったから、それはもう隠れるのに凄く苦労した。皆が入れるところだって、入れない事もあった。だから、いつもギリギリまで隠れる場所を探さなくちゃいけない。その場所がどんな場所か、なんて気にしちゃいられないのだ。その日、やっとの思いで見つけた隠れ場所を、わたしはいつもみたいに気にする余裕なんてなかった。
かくれんぼをするのは、決まって古い工場の近くの空き地。工場はもう閉まっていて、そこも含めて、私たちの遊び場だった。立ち入り禁止だってことも、まさか動く機械があるだなんてことも、誰も考えてなかったと思う。
ガシャン、という割と大きめの音が、響いたときには遅かった。
工場の奥にある古い機械は、内部電源で動くようになっていた。わたしは当然そんな事を知らないから、その機械のコンベアーの下に隠れていたのだ。
その音が聞こえて、コンベアーが動き出したときには、私の髪の毛がコンベアーのベルトに絡まっていた。ずりずり、と引き摺られる先には何かをプレスするためなのか、二つの大きなローラーが隙間なくお互いに噛み合っていて。
引き摺られてる顔の痛みで、大きな声も出せない。あれに挟まれたら、間違いなく死んでしまう、というのが子供にだって分って。その恐怖で、引きつって泣く事しかできなくて。
ああ、もう絶対に死んだな。って、そう思ったときだった。
「泣くなっ!」
大きな声が聞こえて、ざっくり、絡まった髪を切り落とされる。腕を引いて、コンベアの間から力強く引っ張り出してくれた子がいた。
それが、ルフィの新しい家族。エースくんだった。
「じゃあ、オレ朝一の講義だから」
「うん、気をつけてね。いってらっしゃい、エースくん」
「ん。またな」
ゴミを収集室に入れると、エースくんはさっさと大学に行ってしまった。
きっと帰りは遅いだろうし、もしかすると彼女のお家に行ったりするのかも知れない。けれど、わたしにはそんなこと、いつだって無関係だ。
わたしがエースくんを好きなことと、エースくんが大学に行ってる事や、同じ階に住んでることだって、何の関係もないことだ。
「青」
ふと、マンションの駐車場から、聞きなれた声がした。
「あ、お父さん。お帰り」
「おう。帰った」
わたしは、お父さんに駆け寄って、その鞄を持つ。
「今のエースか?もう、大学生何年だ?」
「多分、まだ二年だよ。そんなことよりお父さん、帰るときは連絡ちょうだい」
「入れただろ?お前、携帯確認してるか?」
「・・・家の電話に入れてよ」
呆れてため息をつく私に、同じだけため息を吐き返して父さんは笑った。
「エースのことまだ好きなのか、お前」
「それ、セクハラ」
ふいっと、そのまま部屋に戻る。どうせ同じ部屋に帰ってくる、父さんの事は放っておいた。
初めてエースくんに会ったとき、わたしは彼に睨まれたのだ。それから、彼がなんとなく苦手で、ルフィの家に遊びにいく時も、彼がいないことを確認していたと思う。
エースくん自身が、その頃とても他人を寄せ付ける子じゃなくて。新しい学校に転入してきても、前からよくつるんでいたという男の子としか遊んでいなかったらしい。
ルフィにはどことなく優しいけれど、他人の私には冷たかった。
きっと、嫌われてるんだと思っていたし、わたしも多分、嫌ってた。ルフィは、最初はオレにもそうだったぞ。と言った。でも、それでもわたしは、ずっと仲良くなれないんだ、と思ってた。
それがあの時、あの場所から助け出してくれたのが、誰でもないエースくんだった。泣いてて、泥だらけだったわたしの頭を、ずっと撫でてくれた。
あの日から、わたしの目はエースくんばっかり探すようになって。いつの間にか、それが一体何なのか知ってしまった。
わたしはいつの間にか、エースくんが、とても好きになっていた。
・・・・・・・・・・・・20130227