>ハザマ、と呼ばれる場所にいるわたしを、覚える事ができる、ということの方が異常。とは、くどい説明だけど、念のため。
そんなわたしが、ここ、Devil May Cryにお世話にならないといけなくなった理由は多々あれど、一番はわたしの強い希望たってのことだった、というのに尽きる。そりゃあ、なじられてでも、殴られても、一歩も引くつもりなんてなかった。
私のことを覚えることのできる、唯一の人間に出会えたんだから。
ネロ君の足元でむせび泣き、バージルさんに付きまとい、とうとう呪いの本を図書館から無断持ち出ししてきた時に、二人が折れてくれた。その本が、魔界の、魔具と呼ばれるものだったことは、わたしが後で知るところだ。
どうしてバージルさんと、ネロ君には私のことが見えるのか、というのはまだはっきりとした答えはない。同じ双子であるはずのダンテさんには、これっぽっちもわたしが見えないので、血縁が関係している、という線は薄い。と、分っているくらい。
わたしの記憶そのものも曖昧で、ふとした拍子に思い出すこともあれば、突然無くなることもある。食事は取らなくてもいい体だけれど、そのかわり、何かハザマではないものに触れていないと、力が出なくなって動けなくなったりもする。人に触れるのが一番だけど、その場合、ネロくんやバージルさんでは全くダメ。仕方が無いので、家中にあるものに常に触れておいて、充電する。そのときのコツは、よく人が手にするものを触る事、だ。
バージルさん曰く、そういうものには、人の持っている磁力、のようなものが良く溜まっているから、だという。磁力って。とうとう、自分がわからなくなるが、時にはスルーも大切だ。
そんなわけだから。睡眠もとる必要が無いこの体は、夜中は何をしているかといえば、当然起きているわけで。
最初の頃こそ、趣味の悪いオブジェに悩まされ、半泣きだったわたしも、慣れればなんてことはなくなった。訂正。慣れれば、なんてことない、と思い込めるようにはなった。
あれは夜中に動き出して、時々わたしを食べようとするので、怖いものでなくなることはない。
食べられそうになるわたしが、どうして今まで生き残ってこれたのか、は聖水のお陰だ。わたしに消えられると厄介な事があるので、これは常に支給されている。
厄介な、こと。わたしがこうである事とは全く無関係に、ここ、デビルメイクライではもっと重要な、大きな問題が発生している。それというのが、ダンテさん増殖事件、ならぬ、時空事件。簡単には説明できない理由で、ダンテ、という名前を持つ同じ経歴の人間が、一箇所に集まってしまった、なんて説明では分りづらいと思うけど。ダンテさんの傍にいた人、バージルさんとネロ君を巻き込んで、事は簡単には片付けられないところまできている。らしい。
そして、それに巻き込まれてしまったのが、わたし。青。
本来なら、全く関係の無い、出会うはずのないダンテさんが、一箇所に留まっているのにも、わたしが鍵になっている。要するに、わたしが「糊」のような役割で、彼らを閉じ込めてしまっているらしいのだ。あなおそろしや。
あんまりにも面倒なので、バージルさんに一度、殺されかけた。そのせいで、わたしはバージルさんから常に、一定の距離を保っている。いつ、彼の気が変わって、殺されないとも限らない。ヤマトとか、言ったかあの刀。未だにその腰にぶら下がっているのを見ると、震えが走る。
ともかく。四人いるダンテの中でも、わりとまともなダンテさんが、わたしが消えると結構ヤバイんじゃないか、と気付いてくれて。そうそう、そうです、そうだと思います、とここでもやっぱりなんとか押し切る形で、命を繋いでもらった。
"Why would you like to live?"
なぜ?
それを聞かれても、困る。
確かにわたしは、どうしてこんな風になっても、こんな風でも、生きたいと思うんだろう。此処に来て、何度か、生きるために『モノ』を触らないようにした事ならある。そして、とうとう自分が消えそうになって、焦るままにやはり、『モノ』に触れている。
でも、消えてわたしがいなくなって、それを覚えている人が一人もいないことは。それは、寂しい事だと思うし、悲しい事だと思う。だから、なのかも知れない。
でもわたしは、それをわざわざ、記憶にある言語とは違う言葉で説明するのも面倒で、簡単にこう済ます。
"I am just frightened"
その時、その質問をしたバージルさんは、わたしの答えを酷く気に入ったようだった。
まだまだ、思い出そうとすれば、沢山の事がある。
それを細かく説明するには、今は少し状況が悪い。
なんといっても、今は夜で。壁のオブジェから奇妙な音は聞こえるし、あるいくつかからはメリメリと盛り上って何かが出てこようとしているし。
三人がけのソファに一人。わたしは耳を塞いで、歌でも歌っていたんだけど、一番若いダンテさんが下りてきて、「うるせえ!」と怒鳴ったばかりの事だから。それなら、と自分の置かれている状況を、頭の中で反芻していた。
デビルメイクライの家計が火の車であるのは良く知っているから、冗談でも「電気をつけてもいいですか?」とは提案できない。ああ、はやく。早く、朝が来い。
ジィィィン……カチカチ。
と、古い電球はそんな音を立てて、やっとの事で明かりをつける。
それでも、目と耳を強く塞いでいたせいで、部屋に電気が付いたことに気付いたのは、わたしの隣に人の気配がしてからだった。
「……!」
顔を上げると、一番年長のダンテさんが私のことを見下ろしていた。
ジェスチャーで、少し場所を空けてくれ、といわれるので(どうしてか、他人が考えている事は手に取るようにわかる)わたしはそそくさ、と別の場所に移ろうとした。のに。
腕を引かれて、やはり隣に収まる。
このダンテさんは、私のことを見ることはできる。話も出来る。でも、ほんの少しの間わたしの姿を視界から外すと、記憶からさっぱり、わたしのことを忘れてしまう。
はず、なんだけど。それこそ、この人は少し頭のネジが宇宙製なものだから、わたしがいることに驚いたのは、出会ってすぐの最初の一回だけ。それからは、わたしのことを家で見かけても、まるで当たり前のように平然としている。そういう意味では、ネロ君とバージルさんの次に、私のことを見える人、かも知れない。
難点は、いくら思っている事がやんわり伝わるとはいえ、相当な無口だという事だろうか。口に呪いでもかかっているのか、大抵の事では口を開かない。他のダンテさんが、それなりに口達者なだけに、違和感もひとしお。その上、若干表情が固くて、怖い。
「眠らないんですか?」
おそるおそる、聞いてみる。ダンテさんは、固い表情のまま、自身のナイトウェアの袖をまくった。ぽそり、とその考えが漏れてくる。
さっきの声で目が覚めた、らしい。
「ああ。あの、えーと、若いダンテさんの……」
それはなんというか、申し訳ない。わたしが歌なんか歌ってたせいだ。きっと、何もしなくてもゴキブリの気配がする、くらいだから「カサカサ」音でも聞こえたのかもしれない。若人の睡眠不足の責任は、少々荷が重い。
「もうたぶん、起こされることもないですよ」
二度と歌うまい。二度と。
そういうわたしをキョトン、と見て。ふっ、と。笑った。
(笑った……!)
余りの衝撃に、旋律が走って、体が硬直する。白状するなら、あまりの普段のギャップに、頬が火照るほど照れてしまった。けれど、次の言葉に脱力する。
悪魔の癖に、おかしなヤツだな。だって、さ。
「悪魔じゃないです」
考えている事を、読んでくるのに?と、ダンテさんは僅かに首を傾げる。
「悪魔じゃないです。断じて。あ、今『幽霊か』とか思いましたね?幽霊でもないです。断じて」
そうか。と、取り合えず納得してくれたみたいなので、わたしは一息ついた。
この人もまた、初めて私と出会った日、私のことを悪魔だと思い、その武器で攻撃してきた過去を持つ。なんて恐ろしいところなんだ、デビルメイクライ。そして、よく生き残ってこれたな、わたし。
「なので、何もしないんで。大人しく、しておきますので」
やっぱり、ダンテさんは「そうか」とだけ返事を返す。心の中で。
普通それじゃあ、コミュニケーション取れないんですけどね。
「あの」
わたしの言葉が理解できないのか、わたしが悪いのか、わたしの言っている事をちっとも聞いてなかったのか、ダンテさんはソファに身を深く沈めて、わたしの肩に頭を置いた。
感動した。この人は、他のダンテさんと違って、わたしに触れるらしい。新しい発見だった。その上、感覚でわかる。「充電」も、出来ている!
でも、そんな悠長な心境だけではいられない。首筋にサラッサラの髪の毛が掠めるわ、なんだかすごく温かいわ、つーかなんだよこの状況は!のせいで、再びほっぺたが燃えるように熱いわけである。
「あああ、あ、あの!」
「どうかしたか」
喋った……!じゃ、なくて。
「悪魔じゃないんで!」
「聞いた」
「安心して、二階で、自室で、お休みになられては、いかが、かと!」
わたしの必死のお願いも何のその、ダンテさんは鬱陶しそうに溜息をついた。そして、最後に一言だけ。
「ここでいい」
と言うと、ものの数十秒で意識をフェードアウトさせてしまう。すると、どうだろう。それに引きずられるように、わたしも段々と眠くなってくる。
恐らく、この日は。私にとって、デビルメイクライで過ごす、一番短い夜になった。
***
次の日、コーヒーを作っていなかったわたしは、バージルさんのヤマトによる盛大な打撃で目を覚ますことになるわけだが。わたしはそれよりも、結構なショックを胸に抱えて朝を過ごした。起きたとき、既に隣にいなかったダンテさんに、昨晩の真偽を聞き出すことはできないだろう。
何せ彼は、嘘でも本当でも、わたしのことを忘れてしまっているんだから。
………20130925