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「すみません、水仕事こそバイトがするべきなのに」
わたしは、マスターがお皿を洗うのを遠目に見ながら、少し声を張って謝った。
「いいよいいよ。水アレルギーは僕も耳に挟んだことあるし」
このバイトをすることになったきっかけは、強引なものだった。だから、病気のことを説明する余裕はなかったし、するつもりもなかった。うっかり、水道水を扱ったあとの手を見られてしまったときは、「ああ、やっぱりバイトも厳しいよなぁ」と辞めることを真っ先に考えたほどだ。
水アレルギーとはいっても、水を使わずに生活はできない。世界では奇病と名高いものだが、わたしのそれは最悪の症状とは程遠い。体に摂取しなければ、水道水でなければ、ほとんど症状は出ないのだ。説明が必要なときこそ水アレルギーといっているけれど、これがそういうものとは一線を駕していることもよくわかっている。
わたしが、簡単に仕事を探すことができない、大きな理由のひとつでもあった。
けれど結果、わたしはまだこの店にいる。
「すみません」
「謝ることなんか。むしろ、今までよく黙って我慢してくれてたよ。他の仕事は人一倍してくれるし。店内は僕が掃除するより綺麗になるから、やっぱり自分の目には間違いはなかったと思ってるけどね」
「そうですか。わたしも、拾っていただけて感謝してます」
水仕事ができないので、実家の掃除もまったく別方向のものを宛がわれていた。結果、わたしは凝り性な性分も高じて、貴金属、ガラス、布類、その他もろもろの手入れは完璧にこなせる。もっとも、水仕事ができないことが大きな問題にならなかったのは、家電好きの店長が自宅兼のこの店に洗濯機やら食器洗い機、はてはお絞りを消毒する機械まで揃えているからなのだけど。まあ、本人はその気はないので、わざわざそこをつついたりはしなかった。
「ああ、掃除が終わったら今日は上がっていいからね」
「はい」
「連休は僕は用事でいないから、次は三日後だっけ?昼をはさむから、まかない楽しみにしててね」
「はいっ。それじゃあ、失礼します」
ここで働いていて最も嬉しかったことは、自分の体質に理解を示してくれる人と出会えたことだ。でも次に最高だと感じているところは、美味しい賄いを食べられるところだった。
特に楽しみのない人生に賄いが挟まると、そこまでは頑張ろうと思える。働くって、素晴らしい。
わたしは三日後の賄いを楽しみにしながら、手早く着替えて店を出た。
カレンダーを確認することはあまりない。日付の確認は大体腕時計でする。その日が何月何日でを考えはしても、次の日曜日が何日後で連休がいつか、なんていうのを腕時計で確かめることはないだろう。
「わたしもカレンダー買おうかな…」
仕事をしていたときはそれこそ、毎日のようにカレンダーを確認していた。でも、仕事という目標がある以上、納期までが何日だとか資料受け取りがいつ頃だとかアポやら、何やらびっしり書きもまれた予定を考える為のものでしかない。赤い印がついている日を特別に感じることはなく、それはただ、その月を7で割っている目印だった。
忙しかったけれど、あの仕事が好きだった。戻れるなら、あの仕事に戻りたい。
(未練たらたらだなぁ……)
つん、と鼻の奥が痛くなった。それは、寒い空気を吸い込んだから、なんて訳じゃないだろう。奥歯をかみ締めないと、その痛みが引いていかないのだ。
考えてしまう物事を振り払うようにもくもくと歩き続けて、家に着いたときは丁度いい時間だった。いつもより早めに銭湯に行こうと決めて、部屋に道具を取りに入る。
そこで、ふと、気づいた。
「あ」
その部屋は私の部屋で間違いなかったけれど、まったく別の人が住んでいる気配が残っている。
気配って、と自分でも自分のことを笑い飛ばしながら、内心は相当焦っていた。学生のときにも、社会人で一人暮らしをしていたときにも、こういうことがあった。部屋の前の持ち主の気配があって、そういうものを感じてしまうときは大体にして何か近くにいるときだった。
「部屋にはしばらく戻ってこないほうがいいかな」
声を出さないと恐怖に飲み込まれそうになる。
手早く愛用のバレルバックの中身を確認して、現金もいくらか手持ちにしておく。冷蔵庫から一リットルペットボトルの飲み物を取り出してバッグに入れると、チャックを閉じた。
どの道温泉に行くつもりだったし、温泉に行って、帰ってこれたら帰ってこよう。
一晩くらい荷物がなくてもどうにかなるが、昔、そうやって手ぶらで出た先で変なものと会い、今度は逆に帰れなくなるという経験をしてから、念には念を入れるようになった。あれから一度もそういう経験はしてないけど。
「こんなの、周りから見ればほんと奇行だよね……」
かちゃかちゃ、と鍵をかけて部屋を出る。
部屋の気配ってなんだ。なんだって、思うけれど分かるんだから仕方がない。
部屋だけじゃない。ある他人の、家やその空間に住んでいる年数が長ければ長いほど、そこにいるかどうか、が分かるのだ。この実は結構便利な才能は、いわゆる「かくれんぼ」の才能がある子供の勘と近いものなんじゃないだろうか。私の場合、もう少しだけ面白いことができる。でもそれは、わたしが「やっている」というよりは、そういう結果が起きるという事実が偶然重なっているだけだともいえる。さらに例えるなら、意図して数あるおみくじの中から大吉を引き当てる、「運」に近い。
おみくじから大吉を引き当てる、タロットカードの中から狙った図柄を出す、そういうのは一種、おまじないとも似ている。だからわたしは、行き場所が分かるとき、行く先にゆかりの深い人が傍にいるとき、そのおまじないをする。
ただ、例外といえば、そのおまじないは一切実家では通用しない。だからわたしは、わたしにそんな面白い運があることを家を出るまで知らなかったんだけど。
「お。今日は早いね」
番台のおばちゃんが、小銭と引き換えにロッカーの鍵を渡してくれた。
「早風呂もいいですよね」
「そうだね。ゆっくり入りな」
「はい」
銭湯にくるには早い時間だったが、お客はわたしと数人いる程度らしい。渡された鍵と同じ番号のロッカーの中にバックやら何やらを入れて服を脱ぐ。あとでコインランドリーに入れる分は分けて、タオルを一枚持ってお風呂の戸を開いた。
私がこの銭湯を気に入っている理由は、タイル張りの昔ながらの浴室、蛇口じゃないおしゃれな洗い場、なにより、お風呂に注ぎ込むお湯を吐き出しているのがマーライオンの顔というのが最高なのだ。
***
せっかく温まった体も、外に出るとそれなりに冷える。家に直接帰るには、まだはやい。さっきの部屋でのこともあるから、帰るのはできるだけ遅いほうがいい。
それなら、せっかくだし、と少し多めに持ってきたお金をもう一度確かめる。こんな気分のいい日は、わたしだって外で飲みたくなるのだ。
少し足を伸ばして繁華街へ。どこか気軽に入れそうな飲み屋はないか、と探して回る。できればオールナイトできそうなお店が一番だ。でも、変な通りに紛れ込まないようにしないといけない。夜目が利かないとはいっても、これだけネオンや店灯で明るければどんな細い道もそれなりに見通せる。
それなのに、ほの暗くて奥まで見えない通りは、絶対に踏み込んではいけない。
二本ほどそういう通りを横目に越えていく。ふと、目先に三本目の通りを見つけた。あと数歩でその傍にさしかかる、というときに、その通りからヌッと人影が出てきて足が止まる。とっさにポケットに手が入った。
もちろん、全くの他人だ。
(なにあれ)
みたことのない影がそのひとの後ろを歩いている。わたしの目に見えるのだから、あまりいいものじゃないだろう。関わり合いにならないのが一番だ。今までも何回も寄せやすい人は見てきたし、そういう人とは会話さえできれば支障がない程度の付き合いしかしてこなかった。顔を覚えられないわたしには、寄せやすい人とそうでない人の大した差はない。
その人の前を通り過ぎながら、ポケットの中のお守りを握り締めた。
顔を確認する必要もないので、見向きもせず歩きぬけた時。その黒い影がわたしのほうに腕を伸ばしたのだ。とっさに、お守りを握ったままの手でそれを払いのけてしまった。避けられたのに、触ってしまった。
パシン、と小気味いい音がして、わたしは同時にその男の人の手を払ってしまったのだと気づく。
「あ、ごめんなさい」
振り返った先には、やはりさっきの一人の男の人がいた。そしてその手には、わたしがお守りを握ったときに落としただろう、シリコンの小さな折り畳みのコップがある。拾ってくれたらしい。
ありがとうございます、とそれを受け取るために手を伸ばした。
「フッ。やんちゃなカラ松ガールだ……」
え。この人今、何て言ったの?
わたしは手を伸ばして固まったまま、その人の真っ黒に塗りつぶされている顔をもう一度見た。
……20160115