>急な切り出し方で大変申し訳ないけれど、わたしには友達と呼べる存在が殆どいない。
習い事関係で仲の良い子もいるが、それだけ。一緒に遊んだ事があるわけでもなければ、自分の身の上話だってした事がない。聞くところによると、わたしはどうしても少し他人を怖がらせてしまう、そういうきらいがあるらしかった。
学校に通っている間も、わたしと話してくれる人なんて一握りしかいなかった。
それで幸福だったかと聞かれれば、そんなことはなかったと思う。けれど、不自由をしていたかと聞かれれば、それすら「そんなことはなかった」。
少なからず、必要なときには会話が成り立ったし、それで十分だと思っていた。
けれど、周りからみたわたしは、とても変わり者だっただろう。変わり者、という理由だけあれば、邪険するには十分だったに違いない。小学校の高学年にもなると、いくら鈍かったわたしでも、いじめられている事に気付いていた。

変わったものを排除しようとするのは、生き物の本能だ。

そう、私がその頃読んでいた本は言った。
他人とずれていることに気付いたときには、もうどうしようもなく噛み合わない歯車しか手元にはなかったのだ。つまり、わたしはとうとう、その日を最後に学校に行かなくなった。
それは、小学校でかろうじて仲を保っていた人間もいなくなった、中学校に上がってそう時間のかからない間の事だった。
(どうして、わたしは他人と同じようにできないんだろう)
その事を、毎日毎日、ひたすら考えていた。
(お父さんは、こんなわたしをどう思っているんだろう。きっと、ガッカリしてることは間違いない)
それは、まるで宗教のようだった。
毎日毎日、決まった時間ではないにせよ、同じ言葉ばかりを脳に呟き続ける日々。
(どうすれば、)
よかったのかなんて。今更、分っても仕方がないことだった。
赤いランドセルを見て、泣きたくなる気持ちは、一生わたしの中から消えないように思う。きっと、私の周りの世界が、年齢によって段差分けされたあの日から、少しずつ何かが変わっていた気がして。
しわのない制服とすれ違うたびに、わたしは下唇を噛み締めるだろう。あれを着て、たった一人の親であるシャンクスに、中学を卒業する姿すら見せることは出来なかったのだから。
あの父の顔を見れば、申し訳なさで一杯になり、押しつぶされてしまいそうだ。わたしにできる事なら、あの人のためなら、何だって出来るのに。わたしの両手は、わたしと同い年の子達と同じように学生鞄を持ち、学校の机に向かってシャーペンを持つ事すら、できない。


頬に、熱い何かが当てられて、そこで初めてわたしは気がついた。
そういえば、夕方の公園に来ていたこと。そこで、学生服姿の、かつでのクラスメイトを見たこと。
「青」
それなのに、今。私の目の前に立っていたのは、エースくんだった。そして、その横にはルフィがいる。そのうえ、辺りに人影はなく、もう日は殆ど落ちていた。
エースくんの手にあるのは、買ったばかりの缶のココア。たぶんそれが、わたしの頬に押し当てられたんだと分った。
「二人とも、……どうしたの?」
エースくんはバイトの帰りだろうか?じゃあ、どうしてルフィがいるんだろう?
二人はわたしの質問には答えないで、一度だけ顔を見合わせた。エースくんは、肩をすくめて笑った。
「……さみーだろ。これ、飲めよ」
そう言って渡してくれたココアを受け取る。私の座るベンチの、右隣にルフィが、左隣にエース君が腰掛けた。
二人とも、手にはココアを持っていた。
しばらく、私たちは「寒いね」とか「そうだな」とかそういう話を呟いて、ココアを飲んだ。
「今度、どっか遊びに行くか」
エースくんが、唐突にそう言った。わたしは、その提案を手放しでは喜べない。けれど、ルフィはもう、目をきらきらとさせていた。
「ほんとか?!エース今、大学休みだもんな!」
「ルフィが春休みに入ったらな。車で行けるとこなら、つれてってやるよ」
わたしはもしかして、この優しい兄弟に気を使わせてしまっていると、ようやく知った。
それが、とても不甲斐なくて、とても申し訳なくて、情けなくて。小さくなって、消えてしまいたかった。
「青!おまえ、どこ行きてーか?海みたいよな、海にしよう!」
「ルフィ、ちょっと落ち着け。第一、海はまだ寒ぃから、却下だ」
「えー!青だって絶対海がいいって!な!」
わたしは、顔を覗き込んできたルフィの目を見て、それからちらり、とエースくんを見た。にこり、と笑ってくれる優しさが、好きで好きでたまらなかった。
「ありがとう」
けれど、そんな笑顔をずっと見詰める事はできなくて。
恥ずかしさで真っ赤になった顔を伏せて、わたしはそれだけをやっと言えた。だから、真っ赤な顔は、ルフィだけが見ていた。
「そりゃこっちの台詞だろ!いつもルフィの勉強見てくれるしなァ」
くつくつ、と笑ってエースくんは、ベンチに深く座りなおした。
「でも……」
エースくんには、彼女がいるはずだ。彼女がいるのに、ご近所の妹とはいえ、一緒に出かけたりしてもいいんだろうか?
「じゃあさ、明日秘密会議で決めよーぜ!行くとこ!」
わたしの言葉をふさぐように、ルフィは言った。わたしの髪をその指に巻いて、手遊びをしながら。
「青と遊びに出るの、久しぶりだな」
ルフィはそう呟いて、にこにこと笑って。「そうだな」と、エースくんは頷いた。
「楽しみだね」
と私が言えば、ルフィとエースくんがまた顔を見合わせた。
ルフィは声を上げて笑って、私のことを抱きしめてくれる。
何も出来ないわたしの両手は、ルフィの真っ直ぐな優しさを、抱きしめ返す事なら。まだ、できるよ。

・・・・・・・・・・・・・・・20130304

DODO