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カラ松さんから見た私は、どう写るだろう。でも、そんなことをいちいち細かく考えずに済んでいるのは、本人が全く、何一つ、意に反していないような人だからだ。要するに、ただ重い荷物を運ぶという以外の行動がない。十四松さんとは、比べ物にならないほど余計なものがない人だ。
会話も殆どない。カラ松さん自身が口数が多くない、というのはあるだろう。そして私も、彼が恐らく知っているであろう私という人物を言い当てるのが怖くて、気を許せずにいた。
その場所に着くまでの会話といったら、はじめの少しだけだ。
「カラ松さんは何されてたんですか?」
「いや。大したことじゃないんだカラ松girls...封印されし時を開放しながら、ウィンドの流れに身を任せていたのさ。そしてお前と出会った。まさに運命、そうだろ?」
「本当に偶然だったんですね」
「あ、ああ」
それが本当に偶然なら、わたしだって荷物を持ってくれる人に対してこんなにそっけなくもしないだろう。でも、関わるっていうのは、何か理由があったりするものだ。
まあでも、考えても肝心なことは分かったりはしないんだけど。
「そういえばカラ松さん、何か演劇とか、そういうのやってますか?」
わたしは、カラ松さんの立ち振る舞いに実は少し懐かしさを感じていた。それに調子を合わせるなんて、お手の物だ。兄弟の仲で一番気が会った弟だった。その弟がまさにカラ松さんのような雰囲気だったとき、演劇を習っていた。
「いや。だが昔、俺が漆黒の衣を身にまとい、確約された時の時間を抗うことなく生きていた時代に、おれは同じ志を持つものとともに人生という大舞台をそぎ落としたような場所で俺ではない誰かを宿し続けていた……」
今度のは少し、難しいな。と、わたしは少し頭をひねった。
「……。中学生か高校生のときに、演劇部だったって事ですか?」
「ビンゴォ」
よし。と、内心ガッツポーズを決める。でも、そこから結局会話が発展することはなかった。
家並みに沿ってコンクリートの塀が続く道。横道はしばらく進まなければ他にはない。
そんな道を二人で歩きながら、わたしは何か大事なことを見落としているんじゃないか、と不安だった。それから、この後ろの一人松がもしも、もしも他の寄せやすい人と同じなら、それを知ってしまったわたしはどこまで無視できるだろうか。
他人なら、まだいい。もう他人に対して、甲斐甲斐しく世話を焼くほど純粋でもないし、正義感にあふれた夢を見る時期はとっくに過ぎている。彼らの、顔が黒い人たちの先が短いことは、わたしが軽々しく関わっていいものじゃない。それは、仕事をやめるときに、何よりも強く決心したことだ。おそらくこれが揺らぐことは、もう一生無いってほどに。
だけど、彼は十四松さんの兄だ。
他人ではあるけれど、一度私が深入りしてしまった人の、その兄弟。兄弟ならまだよかったのかもしれない。片割れ、等分化されたうちのひとつ。6つ子の一人だ。
突然、怖くなった。それは理由もなく訪れた直感で、なんとなく、としか言いようがない。
わたしはわたしに付いてくるように半歩後ろにいたカラ松さんへ体を向ける。
「カラ松さん、もうすぐ家なのでこの辺で大丈夫です」
「そうか?」
私自身も来た道を引き返したいほど怯えていたが、カラ松さんにそれが伝わるのはまずい。寄せやすい人ほど、怯えや感情の揺れは影響が出る。わたしはこの場でカラ松さんを見送って、そして後から追いかけるように道を戻ろう。
あと僅かで重い水の入った袋を受け取れる。少しだけ気が緩んだわたしのからだの上に、声がかかった。

「あの家までついていこうか?」

背筋が凍った。
耳鳴りのようにキーンと周りが静まり返って、指先ひとつ動かすこともできないほど震撼した。
カラ松さんの問いかけじゃない。
後ろに、何かいる。そしてその何かが、わたしに覆いかぶさるようにこちらの反応をうかがっている。その声は重く、冷たく、そして明らかに人が発したとは思えないノイズが混じっているように感じた。言うならば、カセットテープの録音を再生したような。
わたしの反応は早かった。
ポケットの中に手を突っ込んで、お守りを硬く握りなおしていつも通りを装った。何も聞こえなかった。そういう思い込みには慣れている。
「カラ松さん、家に帰るのにはどっちへ?送ります」
「は?」
それもそうだ。何を言ってるのか、カラ松さんからすれば混乱するだろう。でも私はもう、頭の中を切り替えていた。
私の帰る家は、この道の先にはない。最初から、カラ松さんを家に送り届ける途中だった。
後ろの気配は、どこに行くにも付いていきたいという様子で、わたしの様子を面白おかしく見守っている。そういうのを家に連れて帰るのも、家に上がりこませたことも、実は今まで何度かあった。気をつければ、共存はできる。でも、目の前にいるカラ松さんの方はどうだろう。
後ろのやつが言った言葉を、昔の私は鵜呑みにしたかもしれない。
鵜呑みにして、わたしに付いてくるのを許して、そのままカラ松さんと分かれただろう。でも、そもそも、これは頭のおかしいわたしが聞いた空耳だ。空耳を鵜呑みにしてちゃあ、それこそ頭がおかしい行動になる。
だからわたしはいつも、半信半疑で生きてる。
「ね?あ、水重かったら私が持ちますから」
「いや。それは…だからあんたの家に」
「カラ松さんの家に、送ります」
さあこっちですよね、と。わたしはお守りを握り締めた手で、カラ松さんの手をとって歩き始める。当然気配は付いてくる。でも、どちらかに付いたりちょっかいをかける気はなさそうだ。
「どっ、どうしたんだ、手のこれは?」
私たちの手の中にあるお守りのことについて聞かれるのも、どうしてそんなことをしているのか聞かれるのも面倒だった。でも、このままじゃ、カラ松さんの家にも帰れない。
手を引っ張り、強引に進んでも、カラ松さんがそれを振りほどこうとも、立ち止まろうともしなかったのは救いだった。
大通りに出るころには、わたしの次の行動は決まっていた。

***

「兄さん、遅かったね!」
銭湯帰りの十四松と鉢合わせた俺は、少し肩の荷が下りるようだった。劇で嫌ほど振り回されるような脇役を演じてきたが、あの頃のことを少し思い出すような一日がようやく終わったと思えた。
「一緒に帰る?それとも、銭湯行く?着替えはないけど、俺のこれ貸してもいいっすよ!」
ずいっと、洗面器一式を押してくる十四松に、俺は口を開きかけて、それから閉じた。
「ブラザーの優しさを断れるわけがないな…」
その洗面器を受け取ろうと腕を伸ばしたとき。洗面器よりも先に、十四松の顔が俺にずいっと寄せられた。というか、十四松の行動に気づくのが遅れたら、最悪の事故が起こっていた。それほど近づいた位置で、その動物並みの嗅覚がいった。
「なんか、カブトムシっぽい匂いがする!」
「え?ああ、そうか?」
「それから」
ぐいっと今度はおれの手のひらに鼻を寄せて、その顔をなんともいえないものにした。黒目が大きく開かれて、まるで本当に動物みたいだ。
「このにおい、おれ、知ってるかも」
今度こそ、俺は口を開きそうになったが、それを無理やり閉じた。そして、十四松の腕の中から強引に洗面器を奪って、体を離した。不自然だったろうか。だが、十四松は不思議そうにするだけで何もわからないという顔だった。
たぶん、そういうシナリオでいいんだろう。
「ありがたく借りていくぜ、ブラザー」
「わかった!!さき帰ってるからね、カラ松兄さん!」
なんとなく、うやむやに俺の中には今あの人の言葉がある。それが、どうする俺が正しいのか導いてるが、同時に何もできないように混乱させていた。
すごい人だった。だけど、本当にそうだったのかはわからない。
「さて。松野カラ松は、この身を美しくして安息の場所へ帰らなくてはいけないな」
十四松の背中を見送って、おれは今日一日を締めくくるための一歩を踏み出した。

……20160201

DODO