>『今度、デートしない?』

わたしは、そのメールの文面を見て、とうとう携帯電話を投げた。それから、自室のベッドにうつ伏せになる。
もともと携帯があまり得意ではなく、それでも、今時連絡には欠かせないと父さんが言うもんだから、しぶしぶ持っていただけ。
これには、エースさんとルフィのアドレスと、勿論父さんのアドレス。それから、マルコさんのしか入ってなかった。
その中に、最近一つ。最近というか、ほんの数日前のことだけど。アドレスが増えた。サボさんの、アドレスだった。
「でーと、って。あほか」
あほあほあほ。
「女の子にそういう文面で送ってくる?あほ!」
とにかく、サボさんのメールスキルは、わたしのそれなんかはるかに凌ぐほどで。彼はそれなりに人付き合いも、彼女もいるだろうから、当然と言えば、当然の能力差といえた。
わたしがよくメールをする相手なんて、父さん位なもんだ。その次に、マルコさん。そして、ルフィ。それからごくごく偶に、エースくん。
「青?入るぞー?」
突然、私の部屋がノックされたと思ったら、返事よりも先に開いた扉に立っていたのは、ルフィだった。
確かにルフィとは、部屋に招き招かれするような、男女としてはちょっと不思議な友人関係だけれど。今まで、一度だって勝手に家に入ってきたことは無い。というか、入れる訳がない。
唖然、としてる私の顔を見て、ルフィもキョトンという顔を返した。
「ぶはははははっ!!!」
それから、盛大に笑い飛ばして、揚句ひとの顔を差す。
「驚いてやんの!」
そりゃあ、驚きますよ。とは、なんだかここまで笑われると言う気にもなれなくて。代わりに、なんで?とだけ聞いてみた。
「今、そこでシャンクスに会ったから。暇だって言ったら、来いって」
「え、帰ってきたの?!」
いちどもそんな連絡なんて無かったし、そもそも、先日戻ってきたばかりだ。またここに帰ってくるまで、もう少しかかると思っていた。
わたしは突っ伏していたベッドから身を跳ね上げて、ルフィを押しのけてリビングへと出て行く。そこには、確かに。ココアを温めている父さんがいた。
「お。青!ただいま」
ちょっと待ってな、これチンすっから。と、マグを持ち上げる。
「おかえりなさい。連絡くらいくれればよかったのに…」
「急に帰れることになったんだ。それに、いい知らせもある」
父さんは、随分切ってないせいか、長くなった赤髪をゴムで一つに括りながら言った。それから、スーツを脱いで、シャツのボタンを緩める。
確かに、服装はスーツのままだったし、急に帰れることになったのは分かった。けど。
「それでも、メールくらい……」
「おいおい。そりゃ、いつもこっちのセリフだろ。ちったぁ、連絡取らないこと反省したか?」
なるほど。当てつけだったらしい。
「いてェ…」
ふと、背中をどんっ!と軽く叩かれて、私は振り返った。
直ぐ傍でルフィが、じっとりとわたしを見つめ返す。
「痛かったんだけど」
「あ、ごめん」
「お前なぁ!シャンクスのこととなると、それだもんよ」
ファザコン、ファザコン、と。ルフィは口を尖らせて、文句を言う。流石に、突き飛ばして壁にぶつけてしまったらしいと分かれば、いつものようにそれを怒るわけにもいかなくて。わたしは、もう一度「ごめん」と言った。
それでも、ルフィはなんだか怒ってるように見えた。
「ルフィ、そう言ってやるなよ。おまえも早く嫁さん貰って、可愛い娘でもつくれ」
「父さん!」
本当にこの人は、恥ずかしげもなくそういうことを口走るからいけない。すると意外にも、それに乗っかったのか、ルフィは「おう、そうする。可愛い子供な」と、返事をした。
わたしは、こいつはどうしちゃったんだ、とギョッとしてその顔を見る。にやり、と笑ってるのと目が合えば、やっとからかわれたのだと分かった。
「ま、座れよ」
父さんがトレーに三つのマグカップを乗せて、先にダイニングテーブルに座った。ルフィは、言われる前にパイプ椅子を開いた。
父さんと私の二人暮らしだったせいで、テーブルは二人用の大きさしかない。だから、ルフィが来ると、勝手に傍に立てかけてあるそれを使ってもらう。
「まず、朗報だ」
と、軽く咳払いをしながら父さんが言う。私は、首を傾げた。
「まず?」
「……そこは、とにかく置いとけ」
どうやら、話の腰を折ってほしくないらしい。
「研修が、ついこの間終わった」
わたしは、その言葉をゆっくり噛み砕いて聞いた。つまり、それは。
「じゃあ、シャンクス帰ってくんのか?!」
わたしの考えと殆ど同時に、ルフィが身を乗り出して声を大きくする。
「いや」
ぐさり、と。それは自分でも全く予期していない衝撃で、胸に突き刺さる言葉だった。
わたしは、どうして自分がそんなにショックを受けるのか分からなくて、自分の中でだけ慌てふためく。そのショックは、父さんとまた一緒に生活できるかもしれない、という期待を裏切られたから。なんて、ものじゃなく。
いうなれば。裏切られた、と感じる程の大きなもので。
わたしはその理由が、やっぱり、ちっとも分からなかった。
「じつは、すぐに起業できるように、研修しながら会社設立の諸々も進めてあったんだ。だから」
「だから、すぐにでも起業するんだね?」
わたしの言葉に、そうだ、と父さんは頷いた。
「でも、今まで程忙しいという事も、会社が遠いわけでもない。これからは、ちょくちょく帰ってこれると思う」
それは、きっと、わたしにはとっても嬉しい事だった。でも、どうしてだか、さっきの「裏切られた」という気持ちが大きくて、心からそれを受け入れられない。
「そっか!じゃあ、またシャンクスと遊びに行ったりできるんだな!」
ルフィは、こんなに嬉しそうなのに。
きっと、その頭の中では、これからの計画が目まぐるしく思い描かれてるに違いなかった。昔みたいに、どこか少し遠出をしたり、海を見に行ったり、知り合いのお店の手伝いをしたり。
「いいよ」
わたしは、思い出されれば、出されるほど。泣きたくなった。
「ん?」
「父さんも、無理にここに顔出さなくて大丈夫だから」
きっと、今まで休む間もなく働いていたに違いない。
「時間が出来るんだったら、ちゃんと休まなきゃ。もう年なんだから!」
笑って、言えたはずだ。
けれど、父さんは顔をしかめて、頬杖をついて拗ねた。
「父さんにとっては、お前がいるここが一番休めるとこなんだけど」
じゃあ。
そう、反論しそうになって、ハッとする。わたしは、どうして自分が「裏切られた」ように思ったか、気づいてしまったのだ。
「そう、なら。いいんだけど」
わたしは、自分の気づいてしまった思いに蓋をして、やっぱりそう返事をした。あまりに自分勝手な気持ちに、子供みたいな我儘に、自分で自分に嫌気がさしたからだった。

「裏切られた」のは、わたしがずっと、父さんのことを大好きだからだ。だから、父さんが、家以外に居場所を作っていくのが、許せなかった。私のことを「居場所」だと言う口で、あの人はどんどん外に帰れる家を作っていく。そもそも、十分見た目が若いんだから、いつでも新しいお嫁さんを貰えるだろう。
わたし自身があのひとに愛想を尽かされているかもしれない、と考えてはいても、本当に「そうだ」と思えていないから。だから、裏切られたように感じてしまった。それが、ほんとうに、身勝手で仕方がなくて。我儘で、恥ずかしかった。

「で、シャンクス。今度はいつ帰ってくるんだ?」
ルフィがいてくれて、良かったと思う。拝みたいくらいに、心から感謝した。
「今度って、お前。今帰ってきたばっかりだろ。少なくとも、明後日までは休みだぞ」
「だって、なんの計画も立ててねーしな!春休みは、明日からオレ予定で満席なんだ」
「そりゃまた、自分勝手だな……」
父さんは、困ったように笑った。
「まぁ、オレも明日はちょっと用事があるな。じゃあ、次の連休にでも、どっか連れてってやるよ。ま、休みが重なったら、だけどな」
「よっしゃあ!」
「エースも誘っとけよ。この前、青をドライブに連れて行ってくれたんだってな」
「おう、博物館な!じゃあ、エースにも言っとく」
博物館ねぇ…。そう、父さんがしみじみ声に出すので、わたしもつられて苦笑した。わたしは、ほんとうに幼い時に母親を亡くすまで、実は祖父の家にいた。五歳の頃には父さんがいたはずなので、それまでの間。祖父は、本に埋もれて生きて居るような人で。
小さな町の、小さな図書館が家で。その図書館と棟を同じくして、小さな博物館もわたしの家だった。
幼い時のことはもう、ほとんど記憶なんてない。今でも一年に一度は祖父の家に行くけれど、その度に昔の思い出が、新しいものに摩り替わっていく。
「青。明後日なら、父さん暇なんだが。一緒に出掛けないか?」
「あ、……ごめん」
わたしは、その提案にはなんだか乗りたい気分じゃなかった。
「ちょっと、約束があるから」
そんなものなんて、ない。けど、そう言うしかなかった。
だんだんと、父さんに申し訳なくなってきて、それから慌てて付け足す。
「さ、サボさんが誘ってくれ、て」
まだ決まってもいない用事を。しかも、うんざりしていた筈の予定を、思わず口にしてしまう程、父さんと出かけるのが嫌なはずもないのに。
「そうか。ま、これからは、今までより出かけられるようになるしな」
サボに譲ってやるか、今回は。と、父さんは気にした風もないのが、唯一の救いだったと思う。
ただ、ルフィがその間、ずっとだんまりを決め込んでいたのが、どうしても私には少し怖かった。

………………20130410

DODO