>「船首のあのライオンちゃんが、ルフィさんの特等席なら」
そこはあなたの、特等席ですね。と、ブルックさんが笑っていた。
展望室の上、その人が腰掛けるには頼りないほどの場所で、わたしは海を眺めて一日を過ごす。それは勿論、見張りを兼ねた望遠。お陰で、クルーはそれぞれの作業に没頭できる、と感謝してくれる。
わたしは、一日の終わりにするなんでもない会話が好きだ。「今日はなにもなかったわね」とか「島は見えなかったのか?」とか。わたしはそんな会話を聞いて、返事を返して、布団に入るとき。どこかで昼寝でもしているかもしれない、見たことのない神様に感謝する。
ありがとう、きょうも、すてきないちにちでした。
神様が仕事をしていたら、ワルモノのわたし達なんてとっくに、海に食べられてしまっているだろう。どうかカミサマ、あなたの長い人生における、たった一秒にもならない毎日を、まだ起きないで眠っていて。そう、思う。
この海は、どんなに幸福な人間だろうと、裕福な人間だろうと、屈強な人間だろうと、関係もなく飲み込んでしまうから。わたしは、何よりこの船が、幸運という言葉では表せない何かで守られていることを知っている。わたしが消えても、この船はきっとラフテルまで行く。
あの、麦藁帽子の船長を連れて。
「なにか、食べませんか?」
余り口数の多くないわたしを、何が面白いのか、よく構ってくれるのはこの音楽家くらいだ。あと、船長。でも、彼はいつだってせわしなくて、構う、と言うよりは巻き込まれてる気がしないでもないけれど。
「サンジさんに作って頂きました」
彼には表情がないはずなのに、にっこり、と微笑んでわたしを見てくれているのがわかる。
以前、その事を聞いたのは二年前。再会した彼は、あのときの質問にこう答えてくれた。「魂という肉体を持っているらしいので」だから、表情を作った顔もまた、見えるのだろうと。
「それから、紅茶も」
こぽこぽ、と小さなポットからカップへ。そのカップは、ブルックさんの手から私へ。
「そういえば」
ブルックさんは、首をかしげてわたしを見た。
わたしも、海を見るのはとっくにやめていて、ブルックさんへ顔を向ける。
「青さんが、この船に乗ったいきさつを聞いていない気がします」
それもそうだろうな、とわたしは頷いた。
それどころか、その話は今でも、わたしと船長しか知らないのだから。聞かれれば答えるつもりだったけれど、あの頃、わたしが船に乗った時はそれどころではなくて。
「簡単に言うと、船長は海軍からわたしをさらってきたの」
かいつまんで、簡単に言うとそうなるはずだ。
「それは…青さんがルフィさんにお願いしたんですか?」
「まさか。わたしは、あの場所から出るなんてこと、想像もした事なかった」
急に、突然、わたしの前に現れて、その真っ赤な青年はこう言った。「お前を仲間にする」と。
こちらの言い分なんて、聞いてくれるような人間でない事は、もうそのときに嫌と言うほど分って。
不思議と安心したし、不思議と信用できたし。だから、付いて行った。
気づいたら、わたしは自由に。あんなに堅牢だと思っていた場所は、竹で編んだ虫籠にも見えて。走りながら笑う船長に釣られて、わたしも笑っていたように思う。
「でも、それじゃあ、どうしてルフィさんはあなたに会ったのでしょう?」
わたしは、その答えを持ってる。
ブルックさんの、目のない洞のような、それでいて優しいその場所を見詰め返しながら。わたしは少しだけ、念を押す。
「この話だけは、みんなには秘密ですよ?約束、して下さい。あなたの、今までの人生にかけて」
「ええ、分りました。誓って」
わたしが、えーすさんの、ちのつながったきょうだいだから。
「え?」
「あの時は、まだエースさんは健在だったし、まさかこんなことになるとは思ってなかったよ」
船長は、きっとその事実を知ってたんだろう。知って、わたしを救い出してくれた。
ああ、顔も、言葉も交わしたことのない兄妹よ。あなたがどんな生き様だろうが、わたしには果てしなく無関係で。それでも、わたしの命であなたが生き返れば良いのに、と思うほど苦しいよ。わたしはそうすれば、あの船長への恩を、それでいくらかでも返せたのに。
「……」
静かになったわたしたちの傍を、波を切る音が過ぎ去っていく。
わたしには、この音を聞いても、僅かばかりに懐かしいという思いしかなかったけれど。いつの間にか、この音から離れられないほど欲深になった気がする。
「それでも」
と、ブルックさんが口を開いた。
それは、十分に沈黙が続いた後で。わたしたちの手元には、紅茶も茶菓子も、全てなくなっていた。
「ルフィさんがあなたをこの船に乗せ続けるのは」
きっと、あなたと冒険がしたいから。ただ、それだけですよ。と、その白骨の音楽家は言ってくれた。
だいじょうぶ、わたしも、かれのことをこころからしんじてる。
でも、だから。
彼が、兄の事を心から慕っていたと、決してその思いも偽りではないと知っている。
偽りのない心に、わたしは重荷じゃないですか?と、聞くほどの勇気は、まだ無い。
かわりに、このゆうきを、あなたのためにささげつくす。
「わかってる。わかってるよ、ブルックさん。わたしは、船長のことが、大好きだから」
あなたの進む道を、わたしは、生きて見届ける勇気を。
…………20130316
あなたの心残りを、わたしはきっと、いつかあなたへ持ち帰る。
DODO