>あの女の昔話ってやつを、オレは勿論知らない。恐らく、この船のクルーは、ルフィを除いて全員がそれを知らないはずだ。
オレが、確実に知っていること。それは、あの女が、いつか赤髪のシャンクスと呼ばれる四皇の元に帰るだろうという事だ。実のところ、オレの記憶の中では、いつからあの女がこの船に乗っているのかさえはっきりしないのだ。
グランドラインの、この船の進む予定の先にある海。そこで起こるという怪現象に巻き込まれて、武器の長剣一つで現れた。
ルフィはそれを面白がって、女を船に招き入れた。本当のところ、女が赤髪のクルーであることが大きな原因だったかもしれないが、それを聞くのは野暮な気がした。
オレはいつか、剣豪になるという夢がある。
そんなオレの目の前に、刀とは言い難いまでも、身の丈には不釣り合いなほどの長剣を持って現れた女を、無視できるほどオレの神経は太くない。いつだったか、手合わせを口にしたこともあった。しかしそれはオレ自身、女相手にどれ程本気だったかは分からない。
ただ、そいつは弱くはなかった。
果敢に敵に向かっていき、こちらが冷や汗をかくほどの戦い方も、平気で選ぶ様なやつだった。
「シャンクスは、あいつを降ろしたんだな」
ルフィが、ぼそり、と言った言葉をオレは忘れないだろう。
グランドラインでどんな経緯があったにせよ、もしもあいつが本当に赤髪の船のクルーだった、と言うのなら。そんな身を捨てるような戦い方をする女を、赤髪のシャンクスは見逃しはしなかっただろう。
ルフィは、きっとそう言いたかったに違いない。
それから、だっただろうか。ルフィはあの女の事を「青」と呼び捨てで呼ぶようになった。「おまえ」とか「あいつ」とは、滅多に口にしなくなった。
そのうえ、信じられない程、ぞんざいに青を扱うようになった。それは時々、周りが冷や冷やするほどに、乱暴なスキンシップで。青は青で、そんな扱いを受けることを決して甘んじている訳ではなかったが。それでも、身を寄せさせてもらっている、という意識が強いのか。ただ、単純にルフィからの言い知れない圧力を感じ取るのか。強気の言い合いには身を乗り出そうとはしなかった。
そんな中一度だけ、ルフィと青が静かに肩を寄せ合って居るのを見た。その時オレは偶然トレーニング後の居眠りを決め込んでいて、気づいた時には傍で二人が海を眺めていたのだ。
「産まれて初めて、捨てられたのは両親にだった」
と、青が苦く笑いながら話していたのを覚えている。
オレはその後の二人のやり取りを聞けるほど、図々しい性格ではなかった。だから、すぐにまた眠った俺に、あの後の会話を知る由は無い。
それでも、きっと。ルフィは、その話の続きを知っているだろう。ルフィだけが、知っているはずだった。

「おい、ゾロ!」

オレが甲板の日陰で居眠りをしていた時、そんな大声で意識を呼び戻された。ルフィ以外で、そんなことを平気でするやつもいないだろう。…たぶん、いないはずだ。
「なんだよ」と、寝起きの不機嫌さを隠すことなく返事をすると、ルフィは口を尖らせて言ってくる。
「青と勝負してェんだけど!そこどいてくんねーか?」
青と勝負?と、オレは目線だけでそう聞き返す。ぞんざいなスキンシップは今に始まった事じゃないにせよ、いくらなんでも化け物染みたルフィとやり合おうなんて気が狂ってやがる。
まともな女(は、この船に一人もいないが)だとは思ってなかったが、とうとうイカレちまったかとすら思えた。
「ゾロ、ごめん。でも、どいておいて」
青の方を見れば、顔を真っ赤にして怒っている姿がある。理由は分からないが、その頬がさらに赤く腫れているようにも見えた。
ルフィがまたなにかやらかしたのは明らかだったが、今回はどうにも様子がおかしい。そう思って、成り行きを眺めていると、さっきまでルフィがいたその場所に、長剣の斬撃が容赦なくきらめいた。
当然、そんなものを平気で避けたルフィは、叫ぶように言った。
「お前はオレに勝てねェ!シャンクスも、お前を二度と船には乗せねェ!」
ルフィのその声に、オレは青の怒りの理由を知る。
仕方ない、とその場を離れると、ナミがそっと近寄ってきた。そして、聞いてもいない喧嘩の発端を話し始める。
「わたしはルフィに勝てると思ったことなんて、一度もない。だけど、負けるとも思わない」
青のそんな無茶苦茶な言い分を耳に入れながら、ナミの話はこうだった。
「青がさっき、寝言で赤髪のシャンクスのことを呼んでて。それで、とうとう涙まで流し始めちゃったの。偶然その場に居合わせたルフィが、急に怒り出してね。それで、青の頬っぺたをたたき起こして、今に至るってわけ」
なんだそりゃ。
オレが呆れてモノを言えないうちに、甲板では二人の喧嘩が勢いを増していく。
「わたしはもっと、もっと!強くなる!そして、シャンクスに認めて貰うの!」
あの日、「捨てられた」と語った青とって、そのことは生きる全てを賭けるほど、意味があるのかもしれない。
感情も高ぶって、声は上ずっていたが、そこは流石に四皇のクルーと言うだけあって、涙一つ見せない力強い瞳がルフィを射ぬいていた。
「無理だ。お前はそんなんじゃ強くなれねーし、シャンクスだって認めるハズがねェ!」
ルフィは、どうだ。
その瞳に射抜かれて、まるで喜んでいるようにすら見える。それは、オレには到底分かり辛いが、武者震いとはまた違うモノだろう。
高揚で赤くなった頬に、大きく弧を描く口が。たとえ、青に一体どう、写っていたとしても。
「あんな顔じゃあ、知らぬは本人ばかり、ってやつね」
ナミがそう言って、分かりやすく肩をすくめたが。オレはそうしないまでも、きっと、全く同じ考えだった。
ルフィの声はさらに大きく、弾むように船体に響く。

「青!オレに負けたら、お前はオレの仲間になれ!」

そこは「仲間」じゃねぇだろ。と、呟いたオレの声なんて、ルフィに届くはずもない。

…………20130323
麦藁の船に赤髪の船員、と同じ彼女
DODO