>四角い世界の生き物である。
四つの点と線で囲われた中で、時を切り抜く仕事をする。
それが嫌になった事はないけれど、それを疑問に思ったことならある。私は所詮、世界を切り抜く事しか出来ない。
特に名前が売れていたわけでもなく、特にその国に思い入れが無かったわけでもなかったけれど。わたしの世界は四角い枠の中をスライドしていくようだと思えて、その場所を飛び出したのは記憶に新しい。海の上でひたすら波の写真を撮ったこともあったし、空を飛ぶニュースクーを撮り続けたこともあった。
わたしが映したいと思うものが、その枠の中に存在していて、それはどこに行ったところで変わるはずもない。
アルバムを持っていても、保管するところも運ぶ小船も心もとない。だから、特別に多くは現像したまま、ペーパーバックに詰め込まれたそれを、麻の大きな袋に押し込んでいた。
グランドラインに入る前から、溜まりに溜まったその写真は、特に袋の下のほうにいくに連れて昔のものになっていく。
旅を始めて、写真家の仕事らしい仕事も特にせず、思うが侭に撮り溜めてきたものばかり。宿に泊まる事があっても、それをわざわざひっくり返したりもしない。そうやって、旅をしていたのか、写真を撮っていたのか分らなくなっていた頃。
砂漠の国。オアシスが枯れ果てた、というその不幸な国の小さな町。
耳にする噂は、そこに生活する人々の不安の種が多く、それがまるで砂煙と香水の匂いに混じって立ち込めているような、そんな街。そこで私は、相変わらずカメラを構えて、シャッターを切っていた。
やっぱりそうしているときを、私はちっとも嫌いじゃない。
「なにやってんだ、お前?」
レンズで切り取ろうとしていた景色に、誰かの顔が入り込んできたのは初めてのことだった。普通、カメラを構えてるところに顔を入れてくるやつなんている?
その、ちょっと普通じゃない男が、ルフィだった。麦わらの海賊団、船長、ゴムゴムの実の能力者。でも当然、私はその時、そんな事を知るはずもなくて。そうでなくても、世間のあれやこれに疎かったので、つまりルフィのことも「ちょっと面倒そうな相手」位にしか思ってなかった。
「写真、撮ってるんです」
わたしよりも若く見えた男に、敬語なんて使う必要なかったかもしれない。でも、その敬語には「あなたとは他人様なのですよ。だから、関わらないでくださいね」という、言外の意味を含めたつもりだった。
「へェ!じゃあ、撮ったやつ持ってんのか?」
でも、そんな言葉の意味や、機微を感じ取れるような繊細な人間じゃない事を知るのは、これから少し先のことになる。つまり、私はルフィのことを厄介払いする方法を知らなかった。
「ある、けど……ねェ、キミ」
「ルフィだ。お前は?」
「青……だけど。えっと、ルフィくん?って、ちょっと!こらこら!!」
律儀に名乗ってくれた事に驚く間もなく、すぐ様わたしの傍にあった麻袋に手がかけられる。慌てて奪い返そうとしたときには、とき既に遅し、だった。
ざばん、と。大量の紙が地面を波打つ音が、ひっくり返された麻袋から出たことにドキっとした。それだけの間、私はどうしてか、その袋の中身を見たいと思っていなかった。
どうしてか?そんなのは、わかっている。四角い世界を切り取っただけの、わたしの外側で存在する何かは、常にわたしを追い立てるからだ。写真の中にいる人間には、そこに居ていいだけのものがあるのに、わたしにはそんなものは無い。
「あ、ワリぃ!バラバラになっちまった」
詰め込まれただけの袋をひっくり返したのだから、底にあった一番古い写真が上に乗っていた。懐かしい故郷の、懐かしい町並みだった。
アレだけ写真を撮り続けたが、同じものは二つと無かった。わたしの故郷は、あの場所にしかない。
「それ、どこの写真だ?」
思わず手にした写真を、ルフィが覗き込んでくる。よく、人の視界に入るな、と私は笑った。
「故郷の」
「ふーん?どこの海だ?」
「東」
「本当か?!オレもだ!」
わたしは当然、ルフィがこの町の人間だと思っていたから、少し驚いた。よく見れば、確かにこの街の人たちとは着ている服も、空気も違っていた。
「そっか。奇遇、ですね」
「だな!キグウ、だ」
にしし、と笑う顔がとてもよくて、私はとっさにシャッターを下ろしていた。ばしゃり。
急にたかれたフラッシュに、ルフィは驚いたらしい。目をぱしぱし、と瞬きさせて。それがとにかく、愛嬌がある。たぶん、私はこのときにはもう、ルフィのことを「タダモノ」じゃないな、とか思っていた。今まで会ったことの無い、口ではとても言い表せない、不思議な魅力があった。
「うーん……」
眩しさが治ったルフィは、今度は首を大きく傾げた。
何を考えているかなんてわかる筈も無いわたしは、その仕草を面白がって、真似て首を傾げてみた。
「決めた!」
ぴんっ、と伸びた背筋は、真っ直ぐにわたしを見る大きな目を携えて。未だに体が傾いている事を、私自身はすっかり忘れてしまっていた。
「青、オレの仲間になれ!」
「ん?」
「これ、適当に詰めちゃっていいか?そーいやさ、俺、腹減ってたんだよ。一緒に行こう!」
「……ん?」
仲間になることと、お腹がすいている事と、一緒にどこかに行くことが、ルフィの言葉では同時進行していた。その言葉に置いて行かれた私は、ぐるぐる、その意味を考えなくちゃいけなかった。
言葉を飲み込もうとしている間に、ルフィは乱暴に写真を詰めると、それをしょって走り出す。
「え?ちょ、ちょっと!!」
「早く来いよー!」
もう、だいぶ離れたところから、ルフィは足踏みをしてわたしを呼んだ。
わたしの手には、写真が一枚。首からはカメラが一台。小さいトランクケースが一つ。本当はもっと、大きなトランクケースが欲しかったけれど、わたしにはそれを買えなかった。大きな麻袋は、沢山の荷物を持つには、邪魔だった。
今。あの大きな麻袋が無い事が、今度は急に不安になって、わたしは慌ててルフィの後を追いかけていく。
「ちょっと、それ、返して!」
なんとか追いついて、ルフィに訴える。息も絶え絶えで、ルフィの足の速さに舌を巻いた。
「いいって!オレが持ってやるからよ」
「なんか違う!」
意思疎通が敵わない。わたしはその事に、更に混乱するしかなくて。
でも同時に、それだけ走りながら、楽しかった。息も苦しいのに、ルフィの傍を走るだけで、胸が弾むようだった。
「あ。そうそう。今な、この国のビビってやつと、クロコダイルをぶっ飛ばしに行く途中なんだ。で、お前もだから、一緒にメシ食ったほうがいいぞ!」
食わねーと、体動かなくなるもんな!と、ルフィはやっぱり、トンチンカンなことを言った。わたしがその、事の重大さを知るのは、もっとずっと後だ。
…………20130603
DODO