>ぽけぇっとしてるところの多い女だ。愛想を振り撒く程の愛嬌もなく、可愛いげを身に付けるだけの健気さもない。そんな女が、二番隊に所属すると決まったので、オレはオレなりにソイツを観察していた。二番隊に百人の隊員がいるとはいっても、その一人一人を把握できないほど、オレは隊長として落ちているつもりはない。
それでも、どれだけ観察しても、そいつはとにかくいつだって、ぽけら、と空を眺めてることが多かった。眺めていないときは、ぶらぶら甲板を散歩して、食堂で三食をそれなりにモリモリと食べて、寝る。まさに、来る日も来る日もそればかり。
仕事をしないわけじゃない。決められた仕事は、割かし早めに手を付けて終わらしておくタイプだった。ただし、イレギュラーな仕事を任されたときは、ちょっとだけイライラしてるときがある。基本的に、自分のなかの時間割で生きているのが好きな奴なんだろう。
まぁ、ちなみに。上半分の考察は、アイツの前の所属隊の隊長だったイゾウから聞いた話だけど。
そんなことを繰り返して観察していれば、ある日ふと、疑問に思うことだってあるはずだ。あんな不思議ちゃんが、どうして白ひげの娘になったのか。どうやったら、その「ぽけっ」とした顔を変えることができるのかを。
そこでオレは、観察するだけの毎日を少し変えてみた。
まず、コミュニケーションの初段階、挨拶から始めてみることにする。


「おはようさん」


わたしって生き物は、まさしく「自由」を愛してる。とにかく、何かに縛られるのが億劫で、幼いときから家出を繰り返すようなお子様だった。
、生まれた島を放浪しつくした私は、おもむろに船に野って家出をした。
当然、特にオベンキョーが出来た訳でもない私は、遭難。
あれやこれやがありまして、今やのんびり世界中を放浪しているところなわけで。海賊として。
わたしのこんな、どーしよーもない経緯を聞いても、オヤジどのは、大声で笑い飛ばすだけ。わたしだったら、わたしみたいなのは自分の海賊団には入れないけど。そう言えば、オヤジどのは、やっぱり笑うだけ。「そりゃあ、そうだろう」と、大声で笑う。あの人の話は好きだけど、あの大声が苦手で。私はあの人と、気が向いた時だけ話をする。オヤジどののお話は、15ピクセルのゴシック体で一列に文字を並べたって、この世界を丸っと何周もしてしまうほど長い。そうすれば、途中でわたしの両親には何度会うかな、と考えたりもする。こう見えても、決してあの両親のことを嫌ってはいなかった。
ただ、出来ればもう少しだけ仲良くしていて欲しかった。もっと欲を言えば、生んでよかったわ、と言われたかった。わたしに放浪癖がなければ、いつかはそんな日が来ただろうか?それは、分からない。
なんとなく、一日が終わるのは早い。光陰矢のごとし。わたしの人生って、もしも形にするのなら、三分の二以上は塩水でできているとおもう。それから、波の音。それから、船のきしむ音。死ぬときまで、それ以上のものが増えたりはしないんだろうな、と。"ぽけっ"と考えている。
わたしが死ぬときはあっという間で、死ぬ瞬間に思うことって特にないんじゃないだろうか?
そんなわたしが、急に二番隊に入ることになったのだからそれは私の中でちょっとした事件だった。イゾウさんに訳を聞いても「気分だ」と言われるだけ。それなら、とオヤジどのに訳を聞いたって「まぁ、若い奴も多いから馴染めるだろう」と笑うだけ。
わたしは一人、勝手だな、と腹をたてた。だって、わたしはわたしなりに、あの場所に馴染んでいたのに。
取り敢えず、イゾウさんを怒らせたわけでも、オヤジどのの気を悪くしたわけでもないなら、いいかな。と、わたしは直ぐに立ち直ったけど。そう、こんなわたしだって、嫌われたくない人くらい居るんですよ。


「おはようさん」
「おはよう、ございます」


二番隊の新入りのコイツは、名前を青という。
挨拶から入るコミュニケーションの進歩具合は、よく言えば「至って良好」。悪く言えば「平行線」だった。
挨拶をすれば、それなりに返事が返ってくるし、過度なスキンシップでもなければ、ちゃんと反応を示してくれる。けど、そんだけだ。
それじゃあ、青から必要以上の挨拶が増えたかと聞かれれば、頷けないし。あいつの方からスキンシップをはかろうということも、ない。全然全くこれっぽちも、ない。
なんだよ、アンタ。って、なるのは、オレのあんまり長い方じゃない「気」も合間って、結構早かった。
こんな心ん中じゃあ、誰も言ってくれねぇから(まぁ、普通に面と向かっても言われねぇけど)、自分で言うけど。オレって結構モテる。老若にゃんにょ、じゃなくて男女、問わず愛想の良い、好かれるタイプだという自覚がある。
それが、青には全く通用しないってのが、そりゃあそりゃあ、気に食わねぇ。
仮にも女、しかも年もそんなに離れてねぇ。なんだよ、いつだったかナースの一人が言ってた、枯れ専ってやつなのか?ああ、面白くねぇ。

「隊長。エース隊長」

二番隊の何人かに呼ばれ、飯を食っていた。けどそんな時だって、オレは悩みの種である青のことを忘れられず。話しかけられても、まともに返事が返せない。そうやって、ぼけぇ、っと酒を飲んでたオレに、控えめで静かで単調な女の声がかかった。青だ。
「う、お?」
青から話しかけてくるってのが珍しすぎて、というか初めてかもしれないが、とにかく。オレは変な声が出てしまった。
回りのやつらは、構わず大声で喋ったり、飲んだり、騒いだりで喧しい。
「あの」
「お、おう?」
母音しか喉を通らないのか、オレはまともな返事が出来ない。
「今日、他の隊員の方に聞いたんですが」
「ん?な、なにを?」
青は相変わらず何を考えてんのか分からない顔で、しかも敬語を使うもんだから、固っ苦しいったらない。
まぁ、そんな愛想の無さにも慣れに慣れっこなオレは、むしろ話しかけてくれた事に喜んでるくらいだ。
そーそー、こういうの。こういう、当たり前のやり取りをして欲しかったわけだ。
「隊長が、わたしの扱いに困っているって」
「はぁ?」
一瞬、周りの雰囲気がピキンと音を立てた。直ぐに元の喧しさに変わったが、近くにいる殆どのやつらが、とうとうオレたちの会話に全神経を傾けはじめた。もう、やだ。なんだよ、この空気はよ。
つぅか。そりゃ、そろそろストレスでそんな話をしたかも知れねぇが。誰だ。んなこと言ったやつは!こん中に居るんじゃねぇだろうな?
ともかく。あんまり黙っちゃ青が真に受けかけない。
「い、いや?んなこと言ってねぇし!第一、ちゃんと仕事をしてるアンタにどうやって困るんだよ」
とは、言うものの。事実、相当参ってたのはオレです。
おい、今笑ったやつ。バレてねぇと思ってんのか?
「そうですか?何か、わたしが出来てないところがあれば言って貰いたいんですが」
まぁ、その固っ苦しいところとか?愛想がないところとか?ぽけぇっとしてオレが呼んでも反応しないときがあるとか?二番隊で飲みがあると、なにかと理由を付けて顔を見せないところとか?
と、まぁ。言いたいことは山の如しだが。
なんつぅか。今、ザッと考えてみて思ったが、オレのこれってちょっとアレなんじゃねぇ?
「じゃ、じゃあ……よぉ」
いやいや。そんなわけねぇよ。そりゃ、女に興味がない、と言うつもりはねぇけど。それはねぇ。
だから、さっさと青の誤解を解いて、適当に追い払っちまえばいいのに。「じゃあ」ってなんだよ。バカなのか?
「はい」
って、そんな風にやっぱり返ってくるのは面白くないほど事務的な返事。
「と、取り敢えず、ここに座ってみろ。な?」
何でそうなるんだ、って。もう、オレ自身に突っ込むのも飽き飽きしそうだ。
青は素直にオレのとなりに座って、何処からか青の分のジョッキも回ってきた。
けどオレはこいつが、酒にあんまり得意じゃないのは分かってる。チビチビ飲んでるが、眉間にシワが寄ってるって。だから、無理にそれを飲み進めるように言わなかった。
「イタラナイトコロっつぅかよ」
飲ませねぇなら、話をするしかねぇ。
ちょっと、「親しくしましょう」って言うだけでいい。そして、一緒に飯を食って、少し話をして。そんで。
……「そんで」、なんだって?
「まぁ、アレだ」
言葉をぐるぐると考えてる間「なんだ、なんだー?」と、周りの酔っ払いからとうとう間の手まで入ったが、オレはそれをサクッと無視して続けた。
「アンタもよ、こっちの隊入ったばっかりでアレかもしんねぇけど、……その、なんだ。もっと力抜いてよ」
「はぁ…」
気のない、ぼやっとした返事だったが、青のその顔はちょっぴり恥ずかしそうに緩んでた。
オレもそれを見て、ちょっと口が緩んだ。嬉しかった。
「隊長がかてぇんだよ!」「もっと普通に話せばいーだろー?」「うぶかってんだよ、な!」と、また酔っ払った野郎共の言葉を無視。「あ、髪で隠れてっけど、隊長耳赤くねぇ?」「え?マジで?マジで?」
「だあああああ!!!てめぇら、うっせぇんだよっっっ!!!!」
は、出来なかったが。
「ぷはっ」
と、軽く空気の抜けるような音がして。それから、小さく喉をならすような笑い声が聞こえる。
その場にいた全員が、その笑い声の方を見た。青が笑った。
「お前、笑えたんだなぁ」と、青の隣に座っていた奴が言った。「オレの娘と同じ位だからよぉ、ハンコーキか何かだと思ってたぜ」「そりゃあ、てめぇがオヤジじゃあどんな娘だって一生反抗するだろ!」「違いねぇ!青、嫌いなら嫌いって、言ってやんなぁ!」
青はそれに困ったように眉を下げて、「反抗期の娘って程の歳でもないんですけどねぇ」と、的外れなことを言った。
そんで、オレときたら。そんな周りの話し声が、膜一枚分外側にあるように聞こえていた。
あれ、こういうんだったっけ?と、そんな考えで頭が今にも痛みそうで、笑いだしそうな腹の底を、とにかく必死の筋力で堪えなくちゃなんなくて。つまり、つまりだ。


「青」


二番隊の人たちにからかわれながら、わたしは少しホッとしていた。
だって、やっぱりどうして二番隊に回されたのかは分かってなかったから、何かあるんじゃないかと不安だったから。でも、そういうのが全部杞憂だったと、今なら分かる。
ここでなら、イゾウさんの所と同じくらい、また馴染めそうな気がした。
「青」
と、エース隊長に呼ばれて、わたしは顔を彼の方に向ける。
「はい」
エース隊長の顔は、テンガロンハットの下に隠れて見えない。その口元だけがかろうじて分かって。なんだか、笑ってるように見える。
二番隊に入って、わたしのことを何かと構ってくれた若い隊長。初めは可愛いくて、弟みたいな人だと思ったけど、チャランポランなわたしなんかよりずっとしっかりしていて、頼りになる人なのだと知った。二番隊は、元々この人の海賊団だった人ばかりで、そんなやりづらいなか、隊長が親しく話してくれたから、わたしは周りの人からも受け入れられていたんだと思う。
この人が、よく好かれる男なのだと、わたしはもう十分に分かる。きっと、十六番隊にいたときとは違う、そんな毎日になる気がする。ほんの、ちょびっとだけ。
「あのさ……」
と、エース隊長はわたしの耳にそっと近づく。テンガロンハットの先が、髪を掠めてくすぐったい。
わたしは、エース隊長のこんなしぐさが、可愛いなぁ、なんて呑気に考えたりしてた。
これから、こっそりと囁かれる言葉に、とうとう「ちょびっとだけ」では済まないほどの毎日が、やって来ることを知らずに。



「オレ、アンタのこと好きらしいんで」

……………20130620
もっと、お近づきになってみませんか。
DODO