>ふた月ほど拠点にしていた島を、出港する。島は、常にカンカンと日の照る夏島だった。ポートから、ボーッとその様を見るオレと、オレのとなりにもう一人。その人は、
夏が終わってしまうな、と寂しく笑う。またすぐに夏島に着くさ、とオレは気休めでも言ってやれなかった。

オヤジの船には、オレの知るところのない程の「訳あり」のヤツがゴロゴロいるだろう。それこそ、その辺に転がしておくほどに。
オレがそれを全て覚えることはこれからもないだろうし、裏を返せば、オレだってその内の一人だ。それから、オレのとなりにいる、この人も。
安く言えば、運命のような確率で、オレはこの人の「ワケ」を知った。
そうでもしなければ、この人がオヤジの船に乗っていることすら無かったかもしれないと思うと、ゾッとする。しょせん、そういう集まりだ。そんなことくらい、ほとんどの奴らが理解してるだろう。オレたちは所詮、海賊だ。
1600だ。おおよそ、せんろっぴゃく。目で数えられる程度の数だろう。ただ、イメージの付かない数だ。少なくとも、オレにとっては。
多いだろうか?それもオレには、少なくない、という程だ。それだけいりゃあ、巡りめぐって、数奇なヤツも少なくない。
オレもその一人だ。この世界中に、オレほど稀なヤツもそうそういないだろう。もっとも、ロジャーの血を持つやつがオレだけなら、オレはとうとう世界で一人なんだろうが。

それじゃあ、この人はどんな数奇な人か、と聞かれるとそれはまた少し困る。オレとはまた、全く違ったワケありな人だからだ。
確率的に言えば、そう低くない、珍しくもない人だ。百人に一人。単純に数えて、オヤジの船には16人いていい生まれの女。ただ、この船にはこの人しかいないらしい。
なにがってつまり、いつ止まっても可笑しくない心臓をもって生まれたヤツが、だ。
そりゃそうだ。そういうヤツが海賊なんて、話の種にはなるだろうが。両手を広げて受け入れられる船なんて、無いに違いない。ただ一人、オヤジのいる、この船を除いては。
明日死ぬかもしれないと分かる心臓で、この人は俺たちと一緒に笑う。飯も食う。怒りもすれば(滅多に見ることはないが)、泣きもする。それから、音痴な歌だって歌う。当然、誰もそれを止めねぇ。飯を食いながら死のうが、怒りながら死のうが、泣きながら死のうが、歌いながら死のうが、笑いながら死のうが。弾に撃たれ、剣で貫かれ、死んだとしても。それはこの人の決めたことで、それは誰にも干渉できるところじゃねぇからだ。
命ひとつが重い、という。
この人が言うと、一層重く感じることを、サッチは時々鼻で笑った。マルコは馬鹿なことをと苦笑して、オヤジはただ、酒を仰いだ。
「オヤジには感謝してる。小さな村で細く長く生きれば良かった女が、太くて長い人生を貰った」事あるごとにそう言って、この人はそれを口癖にでもしちまってるような、そんな律儀なところもあったが。
大抵は、大雑把で、泣きやすく、よく笑う。忙しい人間をやっていた。
ところで、二十数年、あるいは三十年近く(こう言うと、手が飛んでくるんだが)(しかも、グーの方の)の命を、長いと言うんだろうか?オレには、それはよくわからねぇままだろう。
この人は一生、その寿命を「長い」というだろうから。そしてオレは一生、この人の「永さ」に並ぶことはない予定だからだ。この人は、恐らくもっと生きるだろう。
この人こそ、もっと生きてくれるだろう。
誰よりも、生きるや死ぬやに近いところにいるくせに、誰よりもそんなことを考えてねぇようにも見えた。ただ、自由な人だった。オレの自由はこの人には敵うことはない。オレは自由だが、この自由はオレのなかを出ることはない。

「海に捨てられるのが、やっぱり一番」と、この人は言った。
なんなら、そんな物好きがいるのなら、料理にして食べてくれるとさらに嬉しい。そうも、言った。
つまり、死んだ後の話だ。骸の、行く末。
「じゃあ、どうせなら、海のど真ん中が良い、とかよ。そういうのなら、少しはあるだろ?」と、オレは聞いた。船着き場と船の元が離れるその間の、海と呼ぶのか、港と呼ぶのか分からない、塩水を見ていた。こんなところに捨てられたって、「世界を見たい」この人には不本意だろうと思っていた。
「ないな」迷いすら、少しもないらしい。間の無い返事だった。「死んでそれまで。オヤジも『そう』考えてくれると嬉しいな」そう、とは。どう、なのか。
「花も添えさせてくれねぇのか。あんたらしい」花が似合うようにも思えないが、なんなら、酒でもいい。
「お前じゃないんだから」
「オレ?オレに花が似合うって?」それとも、オレが花が似合うほど女々しいとでも言いたいのか。とは、聞かなかった。本当に、そうだと頷かれたら、流石にショックがでかい。いや、こういうとこすら、女々しいのか。
「そうだな。花が似合いそうだ」と、この人は笑った。何時までも、港を見ているオレなんかとは違って、その目はもう、遠くの水平線を見ている。
この人は、未来の話をしたがらない。
「あんたにも似合う」
「そうかな?」
「少なくとも、男の俺よりは」
「そんなことはない」と、苦笑する唇を、オレは少し笑って見ていた。出来るなら、もっと気のきかせた台詞を言いたかったが、この人はそれを喜ばねぇと知っていた。

***

それは、大体にして当たり前のようにやって来た。絶対にそんな日は来ねぇ、と念じるようですらあったオレの願いなんていうのは、往々にして無意味だった。
眠るように、青は死んでいた。
あんな体だったから、夜が明けると常に誰かが様子を見に行っていた。それはつまり、誰も口にはしなかったが、死んでいるかどうかを見るために。そのうえ、誰も口にしなかったが、その役目をしたいと心から思っているヤツなんていなかった。
そうだな、オレくらいだっただろう。
だから、その死を一番に目にしたのは、オレだった。平隊員のクセに、唯一許された小さな個室だ。そこの小さなベッドで、青は死んで動かなくなった。
あれだけ、どんな死に方すら受け入れていたこの人は、結局。静かに、眠るように死ねたというのが、この人が生きていたら笑い話になっただろうに、とオレは泣きながら笑った。
ベットサイドに膝をついて、涙が止まるまで、オレは歌を歌った。下手くそな歌だ。
「やめろ、目が覚める」と青はもう、言ってくれはしなかったが。そう、空耳するほどには、オレは別れを惜しんでいた。
本当は、その顔にはにかむような笑顔を乗せて、とうとう着たがらなかった「かわいい」服を着せて、小綺麗にさせて、その武骨な手が隠れるほどの花束を抱えさせてやりたかった。そうすれば、「似合わない」とは一言だって、言わせなかったはずだ。
生きているうちに言ってやれなかったが、この人には花がよく似合う。
笑った顔にはえくぼがあって、オレは何度もその傍に花を贈りたかった。それで歌でも歌わせてみれば、とうとうオレは幸福者になれたのかも知れねぇ。
オレは泣いた。あんまり心臓が痛いもんで、なかなか涙は止まらなかった。誰もいない、オレとこの人だけの、小さな狭い、薄暗い、その場所で。考えていたよりもずっと、青の事が好きだった。そんなことを、言っちまうことがなくて良かった。
だが、それと同じくらい。言っちまってれば良かったと、今頃になって思うんだよ。死んじまった、あんたの入ってない入れ物になんて、キスする気にもなれねぇ、と気付いた今頃になって。
「安心しろよ。あんたさ、どうせ地味に死ぬことなんか出来ないんだぜ」ざまーみろ、と。そこまでは、震える口じゃ音にできなかった。
やっと笑えたオレに、「エース」と名前を呼んだその声だけは、空耳なんかじゃなかった、ってよ。信じてもいいよな。

***

惜しいのは、こうして走馬灯を眺める今。オレの胸にはポッカリとでかい穴が空いてるせいで、思い返せども、あのときの心臓の痛みが分からない事だ。いや、心臓なんて無くなれば、流石に何も考えられねぇか。
どうしたって、もう。
(どこもかしこも、あちこち痛かったが)
死ぬときになって、どれもこれも大した痛みじゃねぇと気付く。でかく、体に空けちまった穴のところだってそうだ。
(あのとき程じゃあ、ねぇな)
『この人』が死んだ、あのとき程じゃない。あれはもっと、もっと、苦しかった。
かつての兄弟のこともあったせいか、仲間を失う度に、酷く体のあちこちが痛くなったもんだ。そういえば、サッチが死んだ時は、怒りでそんなものを惜しむ暇がなかったな。悪かったよ。
まぁ、つまり。何が言いたいかっていうとよ。オレは少なからず、喪してきた方だが、後にも先にも、そんな場所が痛くて死にそうだったのは、『この人』の時だけだった。と、走馬灯の中で再確認させられてたってワケだ。
それが愛だったと、知るにはオレは「短い」人生だった。
だから、どうということもねぇんだが。いいだろ、最期くらい。悔いのないなんて言うオレにだって、浸りたいもんがあるんだよ。

「青」

なぁ誰か、覚えておいてくれよ。あの人のこと。それが声になっていようが、いまいが。

…………20130830
企画;君と奏でる恋の歌 様へ提出
お題;僕の心を今もまだ焦がしてる
DODO