>見張り台の上、ブランケットのなか。今夜の不寝番は、私。見渡すばかりの、海の上に小さな船がゆく。
当然陸に思いを寄せるし、次の島を思い描いたりする。できれば、温かい島がいい。
私たちの星には南極と北極があって、ロシア大陸があって、アメリカ大陸があって、ブラジルとかイタリアとかフランスとかインドとか。
そんな当たり前のものでさえ、ここには無いんだという。当然、日本だってない。
どれだけこの星をぐるぐると回ったって、どんなに島を巡ったって、故郷にたどり着くことなんてない。
帰りつくこともない。
戻ることなんて、絶対に、ない。わたしは、間違いなくあの星で命を失ったのだから。
忘れなければなぁ。
戻らないものばかりを、この世界の何処かに探そうとしてしまうから。
今だって、ただ、星が夜空に無数にあるというだけで、まるで死ぬ前の世界に帰ってきたような気持ちになる。
星なんて、そりゃあ、数えられないだけあるだろう。どこで見たって、所詮光の反射なんだから代わり映えなんてするはずもない。見上げて星座の一つでも有れば、まだ希望をもつことも意味があったのに。けれど、ここにあるのは星座を作ることさえ難しい、無数の星のカーテンだけ。
その光の間を縫うように、甲板から緩やかな音色が届く。ブルックさんのバイオリンは、みんなが寝静まるこの頃、時々静かに子守唄を歌った。
珍しく今日は、船長達も起きているらしい。皆が思い思いに、空を見上げて時間を過ごす。
私はこんな時、どうしてこの船に乗っているのだろう、と思ったりもする。嘘までついて、どうして、この船に乗りたかったんだろう?
答えなんてない。この船が好きだ、ということ以外には。
「何か見えたか?」
「いーえ」
びゅん、というしなる音が聞こえた。直ぐに目の前に現れたのは、船長だ。三億の首、麦わら帽子、モンキー・D・ルフィ。
「早く次の島が見えるといいな」
「そうですね」
「そんで、その島が青の故郷かもしんねーもんな!」
「そうですねぇ」
故郷を探す為。この船に乗せてくれ、そんな嘘を平気で信じた男。
そして今では、他のクルー全員がそれを信じてくれている。私の故郷が、このグランドラインにあるはずだ、と。
「そしたらでも、お別れですね」
意地の悪い、言葉だっただろうか?ルフィは、私のそんな言い種に、少しだけ驚いたみたいだった。
確かにこれじゃあ、私がこの船をおりたくないように聞こえただろう。「海賊なんかの世話になりたくない」そう、言っていた奴の台詞じゃない。
「なにいってんだ。一緒に冒険続けるだろ?」
「え?」
そんな事を言われるだなんて、まさか思いもしなくて。
私の驚いた顔の、額に打ち込まれたのはデコピンだった。結構本気のやつ。
「オメェだってよ、言ってたじゃねぇか。見てみてぇだろ!ラフテル!」
そういえば、そんな話をしたことがあった。
海賊王になりたい、と。兄弟のことや、今までの事を話してきかせるルフィに。『そんな冒険の、最後の島はどんな素敵なところだろう』と。
そうだよな!そう思うよな!と、興奮して拳を握るルフィと一緒になって震えが止まらなかった。
「青の冒険の終わりが、故郷なら。そんな島には当分寄らねぇぞ!最後だ。最後の島の、最後!」
「そ、そうなの?」
そう言って貰えるほどのものを、私はこの船に何もすることができないのに。
一緒にいていいと、言ってくれるの。
「そーなんだよ。なんだオメェ、オレいまちょっと腹立ったぞ!いいか、ぜっったい、降りるんじゃねーぞ!一緒に行こう。だって楽しいだろ?な!」
楽しいなら、一緒に行っていいと言ってくれるの。
「そうだね。ルフィのことも心配だしね」
「おい、なんだそれ」
「直ぐに突っ走るし、食糧を考えないし、いっつも怪我ばっかりするし、皆に心配かけるし」
ぐぬぬぬ。と、言葉に困る姿は、まだまだ幼くて、あどけないし。まるで、あの世界に残してきてしまった、弟を思い出すから。
ああ、そういえば、君は。とても私の大切な人にそっくりで、だから、放っておけなくて堪らないんだった。
見届けたくて、力になりたくて。出来れば、ずっと、笑っていて欲しくて。
「じゃあ、わたしもっと…うまく言えないけど…もっと、頑張るよ」
「ん?」
ルフィがラフテルに着いたとき、わたしがもう少しだけ、強くなっていればいい。
ルフィの力になれるほど、なんてことは、サンジやゾロを差し置いては無理だと思うけど。わたしが、私のために強くなれば、ルフィはもっと自分のために強くなれるだろうから。
ルフィが居てくれる分だけ、強くなりたい。君を見習って、君を目標にして。それにはどれだけ時間がかかるのか分からないけど。
今よりきっと、マシなはず。ありもしない星座を、見つけるよりは意味があるはず。
「ルフィ」
「なんだ?」
「…んーん。何でもない」
ただ、君の名前をもっと、呼んでいたい。
「青」
「なに?」
「しししっ!何でもねーよ!」
ただ、君にもっと呼ばれたい。
..........20130212
DODO