>アクアリウムが好きだから、と青はよくそこにいる。不思議と俺にしか見えないソイツは、時々夜中にそこにいる。幽霊ってヤツ。
はじめは勿論、皆に話して聞かせたり、オレも凄く興味が沸いて仕方がなかったけど、時間が経てばそれも変わってくる。
なんで、お前はここにいるんだ?とか、お前は死んでんのか?とか。
質問しつくしちまったオレは、青のことを段々ただの居候の幽霊だと思えなくなっていた。仲間になれ、と何度も誘った。そのたびに、青は「それは無理だよ」と言った。今日もまた、おんなじ会話が始まった。
「なんでだよ!」
「だから、何度も言ってるけど。私は幽霊で、君は生身の人間なの」
一緒の時間を過ごせないんだよ、とハの字に眉毛をうごかした。
オレだって、青の言ってることが、わからねぇ訳じゃねェから。だから、強く押しきれない。青を困らして、泣かしたのも最近の話だ。
ナミにその事を話せば、デリカシーがないと一蹴されたし。ロビンに相談したら「もし、貴方が元に戻らないと分かってるモノを見せつけられたら、どんな気持ちかしら?」だと。それは、俺の心臓を抉るほどの力がある言葉だった。俺の兄ちゃんは、戻ってこない。
「君のお兄さんは、優しい人だったんだね」
「え?」
「そういうの、私よく見えるの」
ただ、驚いた。オレは青に兄ちゃんの話をしたことはあったけど、死んだ話はしたことがない。まだ、誰にも話して聞かせられなくて、思い出したくも無いことだからだ。
でも、青は「だった」と口にした。それはつまり、そういうことだ。
「ああ」
と、オレは何ともないように返したつもりだけど、青にどう聞こえたかなんて、分かるはずもなかった。
「ルフィの回りに、暖かいモノがずっと飛んでるから。蛍みたいな、そういうの」
「…エースだって、分かるのか?」
「うん。だって、ずっと心配そうにしてる。それから、……嬉しそう」
なんで、俺には見えないんだろう。見えたら、心配そうにしてるのを笑って、優しそうにしてるのを眺められるのに。
この二年間ずっと、胸のとこに空いた空洞に、そいつらを溜め込んでやるのに。
「でも、それはお兄さんの所謂、残留思念ってものだから」
「?ざ…?なんだって?」
「ざんりゅうしねん。本人じゃないの。本人の、残ってしまったもの。たぶん、段々消えてしまうよ」
「…そ、うなのか」
エースじゃないのか。と、オレはそれだけが残念だった。
「私も、似たようなもの」
青がそう言って笑った。オレは、何も言えなかった。
仲間になれ、という言葉がどれだけ酷いもんだったかを、初めて本当に理解できた。
「君だけに私が見えるのも、お兄さんのそれがあるから。薄い膜が掛かって、光が歪んで、見えてるの」
だから、私が消える前に、君の方が私を見えなくなるかもしれないよ。だってさ。
「なるほど、不思議膜な」
「そうそう」
やっと青が寂しそうな顔を笑顔に変えたのを見て、オレはホッとした。
死んじまって、消えるって事を考えて、そんでずっと寂しそうだなんて。オレとこうやって話してるときくらい、忘れさせてやりたかった。
「この船に乗り込んでみて良かった」
青は実は結構面白い奴だ。死んじまって、自分の体に戻れば助かったかもしんねーのに、そのまま夢だった海の旅に出ることにしたらしい。
元の体に戻ってから、そーすりゃ良かったのに。そう言ったオレに帰ってきたのは、笑い声だけだった。出来たのにしなかったのか、出来ないからそうしたのか、オレはきっと教えてもらえないままだろう。
「つーかよ。オレたちの船じゃなきゃ、こんないい場所もなかっただろうしよ。運がいいよなぁ、オメェ」
「それに、ルフィも乗ってなかっただろうしね。ほんとにそうだね!」
「ししっ!だな!友達になってなかったよな!」
「…とも、だち?」
目を大きくして、まるで「そう思っていいの?」と言いたそうな体を、オレは抱き締めてみた。
初めて会ったとき、触れなかった手。体も当然そうだけど。オレはそんなの気にしないさ、とそういう振りをした。伝わったかは、わかんねぇ。
「なぁ、」
デリカシーが無いバカだ、なんてことは青はもうよく分かってるはずだ。
だからオレは、何度めかのそれをまた繰り返す。
「仲間になれよ」
帰ってきた返事は、小さく振られた首と、優しい笑顔だけだった。
エースの最後に見た顔と、そっくりだった。
それから一月もしないうちに、青は見えなくなってしまった。
アイツが消えちまったのか、それともオレの不思議膜が使えなくなったのか、それはよく分からないままだ。
「幽霊の青ちゃんは、今もいるのかい?」
サンジがある日、突然聞いた。オレは首をふって、見えなくなった、と正直に話した。「そうか」という言葉は小さくて、サンジは女好きだから、よっぽど会いたかったんだなぁ、と思った。
「じゃあ、ルフィ。アンタなんでまだ夜中にアクアリウムで寝泊まりすんのよ?」
オレはそれに、笑って「何となくだ!」と言っておいた。メンドクサイ説明は、昔から嫌いだ。
ただ、ロビンとブルックはなにか分かってるみたいだった。でも、きっと二人はなにも言わないはずだ。
夜あの場所に行けば、またアイツが見えるんじゃないか、なんて考えちまうことも。もしも、アイツがまだいるのなら、きっと実は寂しがりなあいつのことだから、オレを待ってるような気がすることも。エースにちょっとだけ似てる笑った顔を、もう一度だけでも見たいことも。
オレはどれがほんとの理由か、分からねぇから。上手く説明できる気もしない。
夜のアクアリウムは、昼間よりも暗い。水槽の明かりしかなくて、そのなかで泳ぐ魚を、オレはずっと眺めてる。
もし、青がこの中の魚のどれかだったら、オレはソイツを丸飲みにしてやれたのに。
そうすりゃ、オレの空洞は、ソイツの泳ぐ水槽になっただろうし。
そうすりゃ、ずっと一緒に笑って、冒険できたよな。
.............20130213
あぁ、腹減ったなぁ。
DODO