>母親は優しくて、父親は強くて勇敢だった。特に苦労もなく生きてきた二人が、産んだ最初で最後のの子供がわたし。二人は、私が15の時にまたふらふらと旅に出て、3年経った今でも帰ってこない。
何処かできっと、元気だろう。娘が大きくなったから、と他の土地に根を生やしたのかもしれない。ここまで不自由なく育てて頂いたので、何処で何をしていようが、気にしない。きっと、どこかで。元気だろう。

さて、そんな私の目の前に、その日現れたのは、変わった男だった。
赤髪は潮風に当たったかのようにごわごわで、着ているものは大分傷んだ生地のお古だ。彼は、海賊なのだという。
「すまなかった」
と、謝られる。何のことだか、私にはさっぱり分からない。それから、その赤髪の人の口から、父と母の名前が出てきた。
その人のお話は、こうだ。
父と母を船にのせ、無事にここまで連れてくる、その予定と、あの二人への恩があったらしい。けれど、二人は途中病に倒れ、それがどうしても感染を免れない大病で、二人の合意のもと見知らぬ島で別れてきた。と。
そんな小説のような物語がよくあったもんだ。そう、わたしは感心した。それが嘘だろうが、ホントだろうが、あまり関係の無い話に思えた。
二人が歩むと決めた人生だ。心残りなんて、ないだろう。
「その二人が言うには、死ぬのに心残りがあるんだと」
ない、ことはなかったらしい。
「娘に会わずに死ぬのは、やはり心残りだ、そう言っていた。形見ひとつ無いが、元気で生きろと伝えて欲しいと頼まれたんだ」
わたしは、なるほど、と頷いた。最後まで自由に生きることばかりの親だったが、娘のことは覚えていてくれた。
けれど、律儀な海賊もいたものだ。わたしの聞き知る海賊は、他人の死などには情の欠片もわかないもんだと思っていた。そういうことも、無いらしい。
「本当に、すまなかった」
わたしは、いいえいいんですよ。と、首をふった。どうぞ、お気にならさずに。
それから、どうもありがとうございます。と、頭を下げた。
「そうか、そうだったな」
赤髪の男の人はうなずいて、
少しだけ腰を落とした。わたしの視線のさきに、赤い瞳が覗く。
「なぁ、ものは相談なんだが」
と、茶目っ気を見せて彼は笑った。
なんだか、とんでもないことを言われそうな気がする。わたしは、自然と身を引いていた。
「あの二人の事とは、全く別の件だ。そう思って、ひとつ考えてくれないか?」


わたしは、生まれつき耳と目が悪い。父親と母親は、それをどうにかしてやりたいと、あの頃海を渡り歩いていたそうだ。あれからまた数年たって、そう聞かされた。
赤髪の男は、実はその病気を治せる船医を連れて、此島に二人と共に戻るはずだったらしい。けれどその二人の最後は、先の通り。
本音を言えば、耳なんて聞こえないままで良かったし、目なんて一生このままで良かった。私には、広い世界を聞いて見通すだけのものよりも、二人との時間の方が遥かに大切なものだった。
一緒に居てくれれば、よかったのに。なんて、今となっては無い物ねだりになってしまった。
ただ、それではこの人生を全く悪いと思ってるかと言えば「そうでもない」のは、ちょっと癪なのだけれど。
「お。なにしてんだ?」
シャンクスが、私の肩に手を回してニヤニヤと聞いてきた。肩が重い。
「見て、分かるでしょ?」
そもそも、ボタンが取れた。と、わたしにシャツを押し付けたのはアンタでしょうが。とは、言わなかった。目線だけで充分伝わっただろう。
「しっかり頼むな」
「毎回しっかり付けてるよ。なんでこうポンポン外すの。そんなに弱くもないくせに」
私の椅子に向き合うように、シャンクスも椅子をおいて腰かける。
「なんでかねぇ?」
ニヤニヤ。片膝の上に片腕の頬杖をついて、私の顔を覗き見るその額に、ばちんっと平手を打った。「いって!」なんて言いながら、やっぱりニヤニヤ。
「新しいシャツ、下ろしなさいよ」
「新しいやつだ」
「嘘」
「なんだよ、そこは分かんない振りでもしとけ」
私の耳には、殆どの聴力が戻ってきた。お陰で、もともと持っていた読唇術は、時々よく使える能力として身に残ってる。
ただ、視力は結局手の打ちようがなかった。その事に、不満はない。今では寧ろ、なかなか気に入っていたりするのだから、人生分からない。
「こうして、話をすんのがオレは嫌いじゃないんだ」
「…別に、ボタン外さなくったって」
「お前が触ったもんを着たいんだよ。いいだろ?」
溜め息を吐きながら。あぁ満更でもないわたしって。そう思って、頬が緩みそうになったのだけは引き締めた。
シャンクスのたった一つしかない手が、私の縫い針を持たない手を包んだ。
「だから、愛を込めてくれよ。青」
馬鹿なことを。
そう思う頭は、もう大分前に回路をイカれさせてしまっている。じゃなきなゃ、その手を握り返すなんて思考になるはずがない。
「貴方はじゃあ、」
私の言葉を遮るように、視界が真っ赤に染まっていった。
かさついた唇と、クリームでペタつく唇が何度も交差して呼吸を送りあう。シャンクスの大きな片腕が、わたしの体を抱き寄せて、私は針を机の隅に置いた。
それを見て、低く笑う喉から私の耳に息がかかる。
私はそれがくすぐったくて仕方がないのに、指先が震えるほど物足りなかった。シャンクスのやっぱり指通りの悪い赤髪に、その首に手を回す。低い、獣のような声が囁いた。
「オレは飽きるほど、お前を愛してやる」
視力も聴力もなくったって、この唇の感覚さえあればよかった。けれど、この耳や目があって、幸せだった。

わたしは生まれつき、耳と目が悪い。耳は、殆どの聴力がなく、目はずっとグレートーンの中。
けれどある日、父と母の命を引き換えに、私はその二つを取り戻した。
わたしの耳は、シャンクスの艶のある声をしっかりと聞き分けることができる。
そして、私の目には。その赤い髪と光彩だけが、ずっと色づいている。


..............20130215
彼らの命と引き換えに愛を手に入れる
DODO