>いち、に、さん、し。
ご、ろく、なな、はち。九。

緑色の短髪の男は、ひたすら刀を研いでいた。何をしているのか、と彼女がその姿を覗いている間も。ずっと、刀を研いでいた。いざとなったら、それで何かを切り殺す次第だそうだ。彼女が聞かずとも、男はそう答えた。
それは誰だかわからないけれど、随分と明るいオレンジ色の髪をした女だった。その女は、色んな帽子のある店で、うんうん、と唸っている。仕舞いには「でも、この中のどれかじゃダメなのよね」と。それならどうして悩んでるのか。彼女は何も聞けなかった。
鼻の長い男は、何かの物語を延々と口にしている。大きく偉大な巨人の話。冬にサクラが咲く話。砂の王国に雨が降る話。迫り来る敵を己の神業で倒す話や、シャボン玉が飛び交う夢の島の話。空にある島の話。でも、どの話も最後には必ずこうだった。「っていう、夢だったのさ!」そうか、夢か。彼女は頷いた。それがいい。それが何より、いちばんいい。
金髪の男は変わり者だった。誰もが飲ませてくれ、とせがむほどのスープをその目の前で流し捨てていた。そして、もう一度。と、作り直す。男は、彼女に一口味見までさせた。彼女が何か感想を言おうとすると、「やっぱりこれじゃねェよな」と、香りを漂わせる鍋を足蹴にして倒してしまう。これじゃ、駄目だったんだ。と、男はうわ言の様に言っていた。
喋るトナカイだ。と、彼女は一目で知っていた。けれど、彼は何も喋ろうとしなかった。そこはどんな薬でも揃うお店で、彼はそこにあるもの全部を見て、全部をその袋に投げ入れていた。彼の傍に寄っても、どうやら気づく様子もない。「万能薬」彼女が彼の傍を通り過ぎるとき、そんな小さな声を聞いた気がした。
酷く落ち着いた、黒髪の女性だった。彼女は分厚い本を読み、ページをめくる音を立てていた。彼女がなんの本を読んでいるのか尋ねると、「伝記よ。大昔の、海賊の」という。その表紙の文字は到底、彼女には読めないものだった。その女性は、彼女が立ち去る事も気づかぬまま、静かにページをめくり続けていた。
その、人かどうかも怪しい男は、サイボーグだった。彼はコーラをぐびぐびと飲みながら、大きく頭を捻っている。どうやら、何か入れないといけないものがあるらしい。それを入れるものの形が、決まらないのだという。彼女は、彼に船の形にしたらどうか、と言ってみた。「そりゃあ、スーパーいいアイディアだ」そういって、彼は、早速頑丈な小船を作り始めた。どんな波にも耐えられる、永遠に海の上を漂い続ける船が出来るはずだ。
彼女が、その音楽に誘われるようにして辿りついた先に、骸骨がいた。彼は、普段はとても明るい陽気な男だと、やはり彼女はよく知っていた。そんな彼は今、静かにそれの前に腰を下ろして、バイオリンを奏でていた。ビンクスの酒だった。彼女もやっと、その隣に立ち止まった。「どうしました?」優しい、声だった。「眠れないのなら、なにか弾きましょうか?」彼女は、それに首を振った。体はもう重くて、今にも眠ってしまいそうだったからでもあるし、今の彼が、ビンクスの酒以外の曲を、結局のところ聞かせてくれないと分っていたからでもあった。彼女は、ずっとバイオリンを鳴らす彼に、大丈夫かと尋ねた。「わたしは、いいのです」と、彼は笑う。「わたしは、慣れてますから」
それは、横たわっていた。ぼろぼろになった麦藁帽子をその胸に抱えて、瞼を閉じていた。
彼女には、そう見えた。今にも動き出しそうだと、彼女は思った。
わたしは、でも、そのからだが。もう。

寒気がして、目が覚めた。
からだが震えて、瞬きをした目じりから涙があふれた。

体を起こせば、隣のベッドにナミとロビンが寝息を立てている。二年前、ロビンはちょっとの物音で目を覚ましてしまうほどに繊細な睡眠をとっていたけれど、二年後に再会したときにはそんな悪い癖も抜けていた。
兎に角わたしはそのことに安心して、ベッドから抜け出す。目じりの涙は、眠たいせいだった。
甲板に出て、開けた扉を音も立てずに閉じる。一度キッチンに行って水を飲みたかったが、そんな私の考えとは真逆に足が動いた。気づけば、男部屋の前に立っていた。
ばくばく、と音を立てる心臓をなだめながら、わたしはその扉をまた、音も立てずに開ける。そろそろ、と男たちの眠るボンクに近づいて、目当ての横たわった体を見つけた。その顔先に掌を延ばして、息があることを確かめる。かすかに、掌に当たる風は間違いなく彼の肺が動いている証拠だった。
肺が動くなら、心臓だって動いてる。
その事に安心できて、わたしは眠くて、また涙が出た。眠くて、眠くて、涙がたくさん出た。彼のボンクの横で、体を抱えて、わたしはそのまま眠りたかった。けれど、寒くて上手く呼吸が出来ない。そのせいで嗚咽が出て、眠気が来ない。それなのに、眠くて眠くて涙が止まらない。
「どうしたんだ?」
優しく頭をなぜてくれる手が、愛しくて涙が止まらなかった。

20130218------------------
悪い夢なんて忘れてしまうさ。
DODO