『炎龍族のお話』(三人称フェゴ視点/とある可哀想な雄龍の話)



 炎龍は世襲制だ。その血筋に力の強さが附随するので特に誰も文句は言わない。
 一族代々、次期長の補佐官として仕える家系に生まれたフェゴは、此度も恙無く役目を果たすべく教育を施され、長の血を継ぐ子の誕生を待っていた。

 しかし、今代は事情が違った。
 炎龍族は髪が赤い方が魔力が高いとされているが、その龍――プロミネは橙色の色彩を持って産まれてきた。
 鮮やかな橙は陽だまりのように美しいが、炎龍族の中でも極めて色素が薄い。それでも魔力値を測るとさすがは長の血を引く者で、まだ何も出来ない赤子であっても凄まじい値が叩き出された。
 色素と魔力の関係性は薄いということになって流されたが、長年信じてきた話を今更間違いだったと改める者は少なかった。年老いた龍の数だけ、プロミネへの風当たりは強くなる。

 数年経たずに、長の一族の傍系から真っ赤な髪の雌龍――リプカが産まれて、再び混乱が生じる。
 雌龍であっても魔力の強さは間違いないとされたリプカを、実力制に切り替えて長に、と望む一派も現れた。
 プロミネは幼くして窮地に立たされていたが、魔力値がほぼ同等だと判定された後、リプカをプロミネの許嫁にするのが炎龍族としての今後に一番良いのではないか、という話でまとまっていた。

「嫌よ。こんな馬鹿と一緒になるなんて。毎日が悪夢じゃない」
「俺だってこんな可愛いげのない雌後免だわ」

 二頭は歳が近いこともあって毎日仲良く遊んでいるが、表面上の態度はこの通りだ。
 仕える主が二頭に増えた当時のフェゴの心労は増えるばかりだったが、二頭よりも年上な分、性格から類型が見て取れるようになった頃には、扱いは慣れたものになった。


 炎龍族はその世代で一番最初に妻を娶った者が長になる。当然長の直系が最初に妻を貰うのが一般的なので、この話には言葉程の意味はない。
 つまり、長になる者は決まりきっているということだ。

 が、

「ねえフェゴ、それって、雌龍は除外なんて言わないわよね?」
「え? はあ、そちらの話は性別については言及されていませんが」

 これも当たり前のことだが、『妻』は雌なので性別も何もない。雄が雌を娶る以外の状況は起こり得ない。
 だから、フェゴはリプカの問いに首を傾げていた。

「可愛い女の子を侍らせた方が勝ちと言うことね! 上等じゃない。受けて立つわ」

 何故そういうことになったのか。
 誰が彼女にその情報を正しく与えなかったのか。自分か。
 フェゴはとんでもない展開に青ざめた。まさか、教えた言葉から下剋上を見出だすとは思いも寄らなかった。
 そして、「えっ」という声が彼女の傍らにいたプロミネから漏れたのをフェゴは聞き逃さなかった。
 リプカはむさ苦しい雄龍達に囲まれ、 下々から慕われ可愛がられて育った為か、こちらの斜め上をいく発想を持っていた。

「あんたより先に小さくて可愛らしいふわふわの女の子をものにしてやるわ。指咥えて見てなさい」

 これにはプロミネも絶句していた。
 プロミネは何だかんだ天の邪鬼なことを言いながらもリプカを気に入っていたので、リプカが許嫁で特に不満は無さそうだったのだが、これは全面的に振られてしまっている。
 可哀想な主に何と声を掛ければいいのかとおろおろしていると、プロミネは数秒の思考停止から戻ってきた。それから、これまでに見たことないほどの邪悪な笑みに口許を歪ませ、眉を吊り上げてはその金色の瞳に怒りの炎を燃やした。

「上等だてめぇ……俺が先に娶るに決まってんだろうが」

 これにはフェゴも自分の口から「えっ」と声が出るのを抑えられなかった。
 この二頭はお互いに頑固で負けず嫌いなところがある。引くに引けなくなるのを分かっていて、プロミネは一番難関な道を選んでしまったようだ。
 リプカは「あんたの最悪な性格じゃ無理よ」と一刀両断していて気が付いていないが、プロミネは『誰を』娶るとは言っていない。

 一瞬怒りの表情に悲しみが混ざるのを見たフェゴは、その夜プロミネの心中を思って一頭静かに枕を濡らした。


 そして、リプカは何年も隣にいるプロミネに目もくれずに『小さくて可愛らしいふわふわの女の子』を探し続け、プロミネはリプカを丸め込めないままでいる。
 とっくに前の長はこの世を去ってしまっているのだが、炎龍族は約九年もの間長不在の状態になってしまっていた。


 そんな自分達の前に『小さくて可愛らしいふわふわの女の子』が現れ、炎龍族の未来、延いては終わった世界を激動させていくとは、誰にも予想はつかなかった。

 リプカの理想の女の子は氷龍族の王の隣を選び、またもやリプカの理想探しは始まったのだが、いい加減隣の雄龍のことを思い出してやってほしい。
 その雄龍は今が好機とばかりに非常に分かりづらく口説いている。勿論リプカには伝わっていない。むしろ挑発と取られていつもの喧嘩になってしまったりしている。
 今日もフェゴは心の内で拳を作って唱える。「プロミネさん頑張れ!」と。



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