クリスマスという文化




 ある日の夜、宿で別々の部屋を借りた私は、とある素晴らしい用事で隣の部屋にわざわざエスを呼びに行った。

「エス、ちょっとこっちの部屋に来て。緊急会議!」
「は……?」

 私は子どもにとんでもない幸せを運ぶ事が出来る情報をユビテルから教えてもらったのだ。
 ティエラが寝ているうちにそれを伝える為、エスを呼び寄せるとめんどくさそうな顔をされた。ううん、こんな事で傷付いていられない。今から皆で幸せになるのだから。

「人間界だと、この時期にクリスマスっていうイベントがあるらしいの。なんでも子どもが寝てる最中にこっそり枕元にプレゼントを置いて、この時期だけに現れる謎の経済力を持つ赤いおじいさんが来たと思わせればいいんだって……!」
「……ちょっと待て。それ、ユビテルにちゃんと聞いてくる」
「えっ、聞いたまんまなのに……!」

 さっさと出ていってしまおうとするエスの腕にすがると何とも言えない困った顔をされてしまった。
 そのままティエラに何をプレゼントしようかの会議に進もうと思っていたのに、直ぐに出て行こうとするなんてひどいと思う。

「お前さ…………いや、やっぱいい。純粋の皮を被ったただの無知で馬鹿だからわからないんだよな。そうだよな」
「憐れみを含んだ声でなかなかひどい! 待って、私内容分かってない。自己完結しないで!」

 夜に部屋に連れ込んだ事は悪かったと思う。でも、ティエラが寝てないと出来ない話だったし、エスも寝たいよね。聞いたその日にどうしても話したくなっちゃって、何の前触れもなく呼んだから怒ってしまったのかもしれない。

「明日の夜聞く。今日は無理。それから、呼ぶならちゃんと服着てから呼べよ」
「え……?」

 もうエスを引き留める事は出来なかった。ちゃんと服を着る? 服なら正しく着てるんだけど……寝間着なのが行けないのかもしれない。そうだよね。この世はいつ戦闘になるか分からない。夜でもいつでも戦えないといけないよね。
 それに、会議なのにこんなにフリフリ女の子らしくしてたら噂のパジャマパーティーみたいになっちゃうもんね。パジャマパーティーはどっちかというと女の子のモルニィヤやリプカさんとしたいな。いつか龍族皆で集まれたらいいのに……



「エス、緊急会議!」
「くそ、見つかった……」

 何とか次の日、めんどくさそうなお兄さんを捕獲した。明日聞くと本人が言ったというのに日が沈むに連れ何故か避けられていた。
 つまり、エスは会議をバックレようとしていたのだ。バックレるとはこの間フルミネに教えてもらった。フルミネはよく会議がかったるいからバックレるらしい。ユビテルが困ると思ってちゃんと怒っておいた。

「ティエラって何が好きなのかな。割と大人だからあんまり思い付かなくて……」
「特に欲しいものとかないと思うんだけど」
「夢がない! エス、子どもは夢を持つものだよ。それが未来を生きる希望になるんだよ!」
「お前はいつまで夢見てるんだって話になるけどな。年中お花畑でいつか幸福死するくらいな癖に」

 そうだ、私は忘れていた。エスは話し掛ければ話し掛ける程にちゃんとあしらってくれるのだ。ちゃんとあしらうというのは言葉としてはおかしいけれど、謂わば喧嘩をすることが出来るのだ! 願ったり叶ったり、私はエスとこの言い合いをしてみたかった!

「……なんで、この流れで嬉しそうににやけてんだよ。キモい」
「ふふ、だってエスと言い合いなんてすごく嬉しい」
「大丈夫じゃないな。一発叩いてやったら直るか」

 さっさと手を振り上げるエスの腕を掴んで阻止した。この人は見掛けは大人しそうで綺麗なお兄さんなのに、思ったよりも早く手が出るから。

「もう、エスは見た目に反して手が早いよね」
「言いたい事は分かるんだけど、それだと違う意味に聞こえる。言葉を一から勉強しろ。教えてやるから」
「ほんとに!? すごいよ、エスは先生も出来るだね!」

 掴んでいた腕を両手でギュッと握ると振り払われてしまった。乱暴だ。

「そうだ。話を戻そう。だから来る明後日の為に何か用意したいんだけど、何をこっそり置けばいいんだろう?」
「もう戻りたい」

 せっかく話を軌道に戻したのにエスは何だかすごく疲れているようだった。夜だもんね。ただでさえ今日もたくさんお仕事をしててくれたみたいだし……早く決めてしまおう。



 例の夜がやってきた。エスは見事枕元に置く事が出来たのだろうか。今晩はドキドキして眠れないかもしれない。

「エス」

 あんまりにもそわそわするので部屋の外に出たらエスに出会した。
 目があった瞬間に何故かエスは少し驚いた様子で、物凄い早さで私を部屋の中に押し込む。何事だろうか、納得行かないのでエスも一緒に引きずり込んだ。

「びっくりした……どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねぇよ。なんでその格好で出歩こうとしてんだよ」

 ああ、何だか口が悪い。プロミネやフルミネと並べたらそうでもないけど、エスは怒ったりあしらったりする時に口調が荒くなる気がする。普段はそこまで悪くないのにな……
 それに、その格好も何も前と同じフリフリのあれだ。モルニィヤが選んでくれたワンピースタイプの可愛らしい寝間着だ。襟と袖がゴムでふんわりしたものだ。ショコラには間違いなくこれですわ! 年上の殿方を狙い撃ち間違いなしですのよ! と鼻息荒く勧められたのでこれにしたんだけど、狙い撃ちどころかエスはこれを見る度に怒っている。

「何だかそわそわして……ちゃんと見つからずに置けた?」
「はあ……置いた。戻る」

 これじゃただの状況報告だ。私はまだ眠れそうにない。背を向けるエスの手を掴んで握る。

「あの……もう少し一緒にいて?」
「やだ」
「お願い。一人にしないで」

 さすがにワガママを言い過ぎてしまっただろうか。こんなに困っているエスは見たことがない。

「いい加減にしろよ」
「ご、ごめんなさい」

 冷たい声とは裏腹に手が優しく頬を撫でてくる。体温の低さが心地好くてすり寄るともっと撫でてくれる。気持ちいい。今なら犬の気持ちが分かる気がする。

「ん、もっと撫でて……」
「………………」

 ピタリと手の動きが止まる。疑問符を浮かべてエスの顔を見上げると相変わらず眉目秀麗な真顔がそこにあった。何でだろう。色気を感じるのは少しだけ目を伏せられているから? 青い瞳に吸い込まれてしまいそうになる。

「無知って凶悪だ……」
「?」

 細められた瞳から苦し気な色が見えた。どうしたんだろう。そう思って間も無く頭に柔らかな感触が触れる。
 知ってる。これ、髪飾りをくれた時にされた事がある。一気に体温が上がった。

「エ、エス……あの……ひゃっ」

 耳にエスの唇が触れた時、びっくりするほど高い声を上げてしまって思わず手で口を塞ぐ。
 腰を引き寄せられて、もう片方の空いた手でエスは襟ぐりの開いた寝間着のゴムを少し引っ張る。そして、剥き出しになっているであろう首の付け根辺りに顔を近付けようとして……やめたようだ。
 今の私は完全に顔を真っ赤にしていると思う。こんなに恥ずかしい事をされたのは初めてだから。

「……ちゃんとお前の言う通りに置いた。安心して寝ろよ」
「え、えっと……」
「引き留めんな。……今度こそ食っちまうぞ」

 凄く怒ってるのに、少し艶があってすごく綺麗だった。男の人のあんな顔を見たのも初めてだ。

 フラフラとベッドに戻る。何が起こったのか少し考えて、最後に言われた食べるという言葉を思い出した頃、私は枕に顔を埋める事になった。
 何がそうさせたのかは私にはまるで分からないけど、多分、絶対に私が悪い。
 首に、噛み付こうとしたんだろうか。絵本に出てくるような吸血鬼みたいだ。
 物凄く恥ずかしかったけど、嫌じゃなかったな。
 ずれた寝間着を直して布団に潜る。明日、エスに謝ろう。分かってないのに謝るときっと怒るけど、それでも謝ろう。


「にーちゃん! なんか置いてくれてたよね! ありがとー!」
「俺じゃない。確か、この時期に現れる謎の経済力を持った赤いじいさんの仕業らしい
「?? 何それ??」

 ティエラはわけが分からなさそうに首を傾げている。ユビテルの説明通りの説明だけど、知らないで聞いたらあまりにも謎のおじいさん過ぎるよね。人間界は凄いおじいさんを作り上げたものだ。

「あの、エス、昨日はごめんなさい」
「適当に謝ってくんな」
「でも、絶対私が悪いのは間違いないよね。だって、あんなこと……」

 思い出すだけで血が沸騰しそうになる。言葉に詰まっているとティエラが訝しげに問い掛ける。

「……にーちゃん、ショコラに何したの? ぶっ飛ばすよ? 内容に寄っては本気でぶっ飛ばすけど」
「どっちにしろ半殺し……こいつが夜にあれで部屋に引き留めてくるから……言っとくけど、ちゃんと止まったからな」

 ティエラは二、三度大きく瞬きしてから私の方に視線を向ける。
 私は夜にあれで部屋辺りがよく分からない。

「うん、ショコラが悪いね。にーちゃん可哀想。よく頑張ったね」
「何で上から目線、ムカつく……」

 エスはめっきり機嫌が悪くなってしまった。適当に腰掛けて眉を吊り上げている。

「ねえショコラ、龍七割以上の龍族に好きとか嫌いって感情が無いのは知ってるよね?」
「うん、ユビテルにもモルニィヤにも聞いた」
「人型はそれが全てみたいなところがあるけど、それがないならどうやって龍族や他の動物は子孫繁栄するんだと思う?」

 確かに、恋愛感情がない動物でも子孫を絶やす事なく繁殖を続けている。それも発情期などで雄と雌が交配を重ねて、特に好きとかも関係無く、発情期等で雌が誘った場合も雄は勿論生物学的には乗り気で……

「誘われれば我慢出来ない時もあるよね。しかも夜一人の部屋に寝間着で? 人型でも野蛮な奴はそのまま頂いちゃうよね」
「ごめんなさい本当にごめんなさいごめんなさい」
「二度としないならいい」

 私はまた無知を振り翳して大変な事をしてしまった……
 モルニィヤの言っていた年上の殿方を狙い撃ちするという意味が何となく分かってきた……龍族でセンスの良いモルニィヤの見立てなのだから、龍族であるエスには絶大な効果があったのだろう……いつもなら、ただのちんちくりんな私だとしても。

「でも、エスに撫でてもらうの好きだから、恥ずかしかったけど嫌じゃなかったな……」

 空気が凍った。比喩じゃない。エスの魔力が部屋一帯に氷を張り巡らせている。エスの真顔が時を止め、まるでティエラはそれに影響されたかのように笑顔で固まっている。
 また、余計な事を言ってしまったようだ。

「にーちゃん、心中御察しします」
「最悪ってこの時の為に使う言葉だったんだな」
「僕が大人だったら堪えられたかなあ……にーちゃん尊敬する……」

 それから暫く、エスに一定の距離以上を保って行動されてしまった。エスは私を撫でても何とも思わないのかもしれないけど、そんなに、嫌がられてしまうと傷付く。

 エスがティエラの枕元に置いたのは魔法書だったらしい。つくづく勤勉な兄弟だと思う。見せてもらった私は魔術語の一つも読めなかった……




「ねえ、にーちゃんにはまるで似合わないラブリーな包みのそれ何?」
「昨日無理だったから今日何とかするやつ」
「にーちゃんって苦労性だよね」

 2015/12/23
 Merry Christmas.
 第三章〜四章付近。パラレル。


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