残念な従者、ヒロインな王子。





 果たしてどちらが子どもなのか、手の中の可愛らしい包みを確認しながら満面の笑みを浮かべ、アルバは廊下を駆けていた。年嵩の侍女に「アルバ様! 何度も申し上げますが走るなと!」と呼び止められるが、軽く謝って通り過ぎる。後で捕まった時が怖いのは、この際置いておこう。
 珍しい。部屋の外でエストレアの姿を見かけるとは。今日も鮮やかな美しさを放つ水色髪を目指して、走る速度を上げた。
 そんな主、エストレアは後ろを向いていたというのに、何やら感知したのか、一度びくりと肩を揺らしてから走り始めた。アルバから離れるように。

「エス様! お待ちください!」
「忙しい」
「嘘ですね! 俺はあなた様の予定を数日先まで全て把握しております!」
「気持ち悪い」

 従者として当然なことだろうと思うのだが、捕まえたエストレアは見上げてくるなり眉間に皺を寄せた。精巧に作り上げられた、神の所業とも言える見事なかんばせは少しの歪みでは何一つ崩れない。

「エス様、エス様の為にブ――」
「なあアルバ、ちょっと手伝って」

 にこにこと包みを差し出そうとした時、アルバは仲間の騎士に捕まってエストレアから引き剥がされた。空き時間とは言え、エストレアを捕まえて足留めさせるのは至難の業だというのに。

 気を取り直してもう一度、またエストレアと向かい合った瞬間に引き剥がされた。今度は先程の侍女だ。
 何度も引き摺られて連れていかれるアルバを、エストレアは胡乱気な目で静かに見送っていた。

 今日はどうにも仕事が多い。一つは説教だったとは言え、夜になるまでエストレアとまともに顔を合わせられないとは。
 何とかまたエストレアを捕まえたアルバは、今度こそと包みを取り出そうとした時、また仲間の騎士に声を掛けられた。緊急ではないにしても重要性の高い仕事が山のように降り掛かってくる。
 一つ溜め息を吐き、「エス様、本当に何度もすみません」と疲れた顔に笑みを作って踵を返そうとした時、アルバの身体が僅かに後ろに傾いだ。
 疑問に思ったアルバが振り向くと、そこには騎士服の裾をギュッと掴んで見上げてくるエストレアがいた。その後はっとして手を放したが、アルバは後ろの仲間に「後で行くから」と告げて、エストレアの目線の高さに屈んだ。

「エス様、遅くなりましたけど、ブルーベリーのクッキーを戴いてきたんです。一緒に食べませんか?」

 包みを開くと、中からブルーベリージャムを中央に乗せたクッキーが顔を覗かせる。冷めてしまっても尚甘く香り立つそれに、ほんの一瞬だけ蒼の瞳を輝かせたエストレアをアルバは見逃さなかった。

「……忙しいんだろ。後でいい」

 どうやら『一緒に食べる』という点はあっさり了承してもらえたようだ。「では後程必ず」とその場を後にしようとしたのに、またもや小さな力に引かれて立ち止まらされた。先程は服だったところ、今回は腕だ。
 本人にその気はないのかもしれないが、甘えるように見上げてくる大きな瞳でしっかりとアルバを映して、「絶対だ」と呟いたエストレアを見て、アルバは心臓を押さえた。

「エス様、反則です……爆発します……」
「何が」

 いい加減腕を離してくれないだろうか。いや、離されるのは寂しいのだが。首を傾げる仕草に追い討ちをかけられたアルバは二度苦しむこととなった。
 我が仕えるこの王子は、もしかしてヒロインなのではないかと思いつつあった。


 2017/4/10
 主従の日。嫉妬の日。SSS。

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