初めての女の子





 女の子に対する生まれて初めてはいつだって少女が相手だ。
 まさか、ソファーで膝枕なるものを自分がする側になるとは思わなかったが。

 旅人の女の子達に捕まっている間に、炎龍に連れ去られていたらしい少女は真っ赤に肌を上気させて戻ってきた。正しくは抱えられて帰ってきた。
 大浴場で長話に花を咲かせていたら逆上せてしまったのだと、リプカが謝りながら少女を引き渡してきた。女の子はおしゃべりが好きな生き物だと知ってはいたけれど、湯船でそれは良くないと思う。捕まっていて相手が出来ていなかった自分に責められたものではないけれど。

 白磁の肌、と呼べる少女の肌はどこもかしこも赤くなっていた。魔法で小さく雪の結晶を降らせながら肌に手を当てて冷やしてやる。
 しっとりと吸い付いてくる柔い肌に幼いながらも雄としての危ういものを呼び起こされそうになるが、何でもないと振り払って続ける。
 暫くすると少女が目を覚ました。何処となくまだ気分が良さそうではない少女は、自分の姿を視界に入れるや否や嬉しそうに名前を呼んで笑いかけてきた。ちょっと可愛すぎやしないだろうか。

「ショコラ、逆上せたんだってね」

 そう問いかけるとハッとして起き上がろうとする少女を制する。急に起き上がると目が回るだろうから。何となくだが、大体リプカが悪いのではないだろうか。悪くなければあんな消沈した面持ちで謝ってはこないだろう。
 まだ冷気を纏っている手で頬を撫でていると、少女は心地良さそうに擦り寄ってくる。こういう風に甘えるのは兄も歓迎するはずだけど、少女はあまり自分から兄に触れにいったりはしない。これは、自分が男ではなく子どもだからしている行動だ。

「具合良くなった?」
「うん、ありがとうティエラ。本当、頼りになる」

 兄以外を撃ち抜く癖はやめてほしい。九歳でも男の矜持は備わっているのだから。

 起き上がってきた少女は更に追い打ちを掛けるようにムッとした顔をした。その口から小さく呟かれる、「ティエラが取られて寂しかった」という台詞には頭を抱えそうになった。今度からはもっと早く逃げられるようにしよう。少女が他の龍や男に取られないように。
 謝ると少女はすぐに笑顔になった。もう少しお姉さんっぽい雰囲気もあったはずなのに、まだ体調が戻っていないのかいつもよりも数段幼く危うく映る。今日はもう絶対に外に出さないと誓った。

「ねえショコラ、僕少し考えてたんだけど、確認してもいい?」

 急なお願いに首を傾げつつもゆるりと頷いてくれる少女をそっと引き寄せると、ただでさえ大きな瞳が更に大きく見開かれる。
 この姿で抱き寄せる少女の身体はすぐに壊してしまいそうに小さくて柔らかくて、一つ力加減を間違えば大惨事になりそうだ。肌に負けず劣らず柔らかく甘い花の香りがする髪を梳いて、指先に巻き付ける。少女の甘い香りに時々兄の匂いが混じるのは昨日の残りか。

「昨日にーちゃんにされそうになったのって、もしかして……」

 腰から背中にかけてゆっくりと撫で上げて、項から髪を掬い上げて後頭部を掴んで、鼻先が触れる距離で「こっち?」と囁けば、せっかく元の雪の肌に戻っていた頬が瞬時に真っ赤に熟れる。湯気でも出そうだ。
 何が良くないか、少女はこの状況で、こちらの胸には手を置いてはいるものの押し返す様子がない。信用され過ぎだ。そのまま頬に口付けてみると「ひゃうっ」と声を上げたけれど遅すぎる。
 でもこれで一つ確認は取れた。やはり、兄はキスしようとしたらしい。人型の紳士らしく最低限の順序は踏む気でいたということだ。それでも龍族の雄だから、人型には充分刺激的な行動なのだが。

 瞳を熱で潤ませている少女はいい加減警戒心を持った方がいい。子どもの自分にすらこうしてすぐに食べられそうになっているのに、何の根拠もなく『ティエラなら大丈夫』とでも思っているのだろう。

「ショコラにはやっぱり、分かるようになるまでお仕置きが必要だよね」

 お仕置きという言葉には危機を感じるのか、じわじわと身を離そうとするのを腕の中に閉じ込めて逃げられなくする。そうすると羞恥からかぷるぷると身を震わせるものだから可愛すぎるんだ。
 まずあの兄が簡単に陥落しそうになっている時点で、並みの男ならほとんど落とせる魅力を持っている。ほとんどどころか全滅では。

「エス……早く戻ってきて……」
「昨日の今日でまだ信用できる辺り、にーちゃんはまだまだ努力が必要だね」

 いっそ哀れにも思う。キスがしたくなるなんて龍族では通常の状態だとは思えない。
 髪を摘まんでそこに唇を落とすだけで、まるで肌にされたように肩を揺らす。姿が大きくなればその分見た目に順応するとは言い切れないけれど、少しくらいなら追いつく。少女は自分の倍生きているにしても愛らしい。
 何となく、自分が初めて発情期を迎えた頃には兄に半殺しにされる気がする。

「可愛すぎる……にーちゃんのものでも我慢できるか分かんないな」

 この成長段階でもこれなのだから、兄はご愁傷様としか言いようがない。



  2017/05/24
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