エイプリルフール2018





 どうしよう、エスが凍ったまま動かなくなってしまった……。

 事の発端は日付が今日になって直ぐのこと。
 私は前に、ユビテルから聞いた話を思い出した。魔力を持たない人だけが住む世界に、エイプリルフールという行事があることを。
 その日の日が昇りきるまでに吐いた嘘は一年叶うことはないと言われているらしく、それを聞いたばかりの頃は、エスに嫌いだと告げて「は?」と呆れられてしまった。
 冗談でも嫌いと言われて気分が良い人はいない。即座に弁解して事情を説明した私に対して、エスは「俺もお前のこと嫌い」と言い返してきた。あの頃は自分で言っておいて絶望して、「やっぱり馬鹿」って更に呆れられてしまった。
 思い返せば、エスも私のことが嫌いなんてことは無くなるように便乗してくれただけで、今は私のことを好きになってくれたし……。ダメだ。未だにエスに告白された時のことを思い出してにやけてしまう。
 今はにやけている場合じゃない。私の目の前には立派な氷像が出来上がっているのだから。

「どうしよう……燃やす……?」
「ショコラってたまに物凄く過激なこと言うよね。僕はそういうところも好きだよ!」

 隣にいるティエラは、あまり深刻にならずに氷菓子を食べている。
 凍り付いたエスを小突き回して、無駄なことに気付いたティエラはお腹が空いたからと一度は離脱したけれど、ちゃんとお菓子を手に戻ってきてくれた。
 あれ、嘘を吐く時間帯なのに、ティエラに好きだって言われた。

「ティエラ、私のこと、嫌いなの?」
「ん? 違うよー。別に嘘を吐く気になれなかったら言わなくていいんでしょ?」
「あっ、そっか!」

 我ながらあほだと思う。
 エスの氷像に向かって、嘘だよ、大好きだよ、と話し掛けてみるけれど、やっぱり聞こえていないみたい。
 エス、凍っていても命に別状はないのかな? ティエラはエスに興味が無くなったのか、ひたすらにお菓子を食べているだけだ。

「ったく、今度はなんなんだよ。まじでさみぃ」

 自身を掻き抱いて腕をさすりながらやってきたのはプロミネだ。
 よくよく見るとエスは足下から冷気を発している。凍ってしまったことに気を取られていて気付かなかった。

「あら、この子どうしたの?」
「自らを凍結させているように見えますが……」

 リプカさんとフェゴさんもやってきてはエスの固まった身体をつついている。

「怪談でも始まったのですか? 冷気と水の音が効果的だと、東洋の文化で――」
「兄様、どうやら冗談ではないようですわ」
「なんだコイツ、ムカつく嫌い綺麗に凍ってんな」

 冷気に反応したのは炎龍の皆だけに留まらず、雷龍の皆もだったようだ。いよいよ大事になってきた。私の顔も青ざめていく。

「え? 何これー、破壊して遊べってこと? エストレア、洒落たこと思い付いたね」
「待て、この若造は今この瞬間から世界を混沌に陥れようとしている最中なのかもしれん。徐々に床が凍っていくぞ」

 ベルクに指摘されて初めて、エスの場所から広がるようにして床が凍結していっているのが見て取れた。
 これは、あの日エスが自我を保てなくなって魔力を垂れ流した時に似ている。ますますこのまま放っておくわけにはいかない。

「ショコラ、これは一体、どうしてこんなことに……?」
「えっと、ついさっき――」


 皆に事情を説明すると、一様に深く長い溜め息を吐いていた。
 フルミネに関しては「コイツまじでムカつくな」と軽く蹴りを入れる始末。その小さな一撃で靴の先が結晶に包まれて、氷の魔力の強さに皆で深い溜め息を吐く。

「本当にごめんなさい……エス、前のことを覚えてると思ってたのに、まさか覚えてないなんて……」
「いや、にーちゃんは一度聞いたことを忘れたりしないよ。嘘でも聞きたくない状態になってたんだね」

 そ、そんな……。エス、私はこんなにエスが好きなのに。しつこいくらい好きだって言っても無表情のまま受け止めていたから、エスの中では私がエスを好きなのは基本くらいになっていると思っていたのに。

「で、どうやって解凍するよ? まじでさみぃから燃やしていいか?」

 プロミネは誰に言うでもなく疑問符を口にした直後、白い炎をエスに浴びせていた。……白い炎?

「ちょ、待っ! エスが死んじゃう!」

 即座にプロミネの腕を掴んで止めさせると、あれだけの炎に焼かれたはずのエスは綺麗な氷像のままそこにいた。

「自らの意思で凍っている、か。理由はあほらしいが」

 エスの頭程の岩を生み出したベルクは、そこに蔦を巻き付けて持ち手の縄を作ると、躊躇いもなくエスを殴り付けた。
 硬度はエスの氷が勝ったようで、岩は崩れて散らばっていった。

「電熱でゆっくり溶かしてみましょうか」

 顎に指を添えて考えていたユビテルが、魔力を掌に迸らせながらエスの身体に触れた。
 そこからは溶かしては凍りつく、一進一退の作業になって、暫くして押し負けたユビテルが凍った掌をフェゴさんに治してもらうことになってしまった。

「もうこれショコラの愛で何とかするしかないんじゃない?」

 お菓子を食べ終えたティエラがとんでもなく恥ずかしい提案をするのに、皆はそれしかないとばかりに頷いている。
 モルニィヤに至っては「愛の力が凍てついた心を溶かすんですのね!」と両手で頬を包んで悶え始めた。
 リプカさんが「ほら、この際ぶちゅっとやっちゃいなさいよ!」と愉快そうに囃し立てるものだから、「おう! やっちまえ!」とプロミネまで混ざってくるから最悪だ。ペトラとティエラも一緒になって手拍子を始めるし、これは何の罰ゲームだろう。

「や、やります……!」

 物凄く恥ずかしいけれど、一応皆エスを心配して集まってきてくれたわけだし、その大本の原因は私だ。
 顔が恐ろしく熱いけどやるしかない。皆の為にも、エスの為にも。

「エス、大好きだよ」

 炎属性魔法と治癒魔法を合わせてエスに触れて、結晶を纏ったかんばせを見つめる。
 長い濃密な睫毛まで凍って煌めいて、こんな馬鹿みたいな状況でもエスは美しい。本気に、馬鹿なエス。私がエスを嫌いなわけがないのに。

「へっ……!」

 背伸びをした瞬間、エスに抱き締められて腕の中に閉じ込められた。
 何が起こったのか、訳が分からなくて疑問符を連発していると、耳元で「俺も嫌いだ。日が昇るまで限定で」と囁かれた。
 まるで固まってしまう前の続きが始まったみたいで、とにかく意味が分からないし、皆はニヤニヤしながら見ているし、エスの胸を押し返すとめちゃくちゃ不満そうな顔をされた。ほとんど真顔だけど。

「ただの処理落ちだったんだよね。ね、にーちゃん?」
「何が」

 ティエラにそう言われて、エスは首を傾げていた。
 寒さが収まったばかりなのに、「いやー熱いですねー」とか「これが全てを溶かす真実の愛ですわ!」とか、雷龍兄妹はとても暑そうで興奮気味だ。フルミネはエスを一度睨み付けてから、「くそ食らえ」と呟いて早々に去っていった。

「はー、しょーもねぇ。なんだよ処理落ちって」
「にーちゃんが受けた衝撃が大きすぎて、翻訳だとか気持ちの復帰に時間が掛かってただけだよー」
「えー、エストレアがされるがままにキスされるところ見たかったなー」

 復帰してから間もないエスは皆が集まっている理由だとか、会話が全く理解出来ないのか疑問符を浮かべたまま柳眉を寄せていた。
 途中、私を見下ろして「キス?」とか聞いてくるのはやめてほしい。恥ずかしい。無かったことにしたい。

「下らんことに手間を掛けさせるな」
「無駄な心配をして疲れた、ですね」
「ペトラ?」

 地龍の二人もいつも通りの応酬を始めて、安心でいっぱいの雰囲気になったところでエスにまた抱き締められた。
 炎龍の皆とティエラはまだ解散してないのに……。

「嘘、だったんだろ?」

 縋るような弱々しい声音に、珍しく私が呆れる番だった。

「この先もエスを嫌いになることなんてないよ。エスのこと、大好きだから」

 この気持ちだけは絶対に疑ってほしくない。強気にはっきりと主張すれば、エスは心の底から嬉しそうに微笑んだ。

「さてと、帰った奴ら呼び戻して一杯やるか。寝直す気分にならねえ」
「もー、酔っ払ったプロミネ達の介抱、誰がやると思ってるの?」
「おい、ちっこいの、言うようになったじゃねぇか」

 プロミネとティエラまではしゃぎ始めて、まだ夜も深いのにすごく騒がしい。
 皆は楽しそうだし、エスもまだ嬉しそうにしているし、結果的には丸く収まったのだろうか。
 フェゴさんが大量のお酒を持ってくる頃にはまた皆が大集合していて、皆の優しさに私も笑うしかなかった。


 2018/04/01
 エイプリルフール。見切り発車。



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