飴玉と唇




「取りに来いよ」

 可愛らしい包み紙が開かれると、中から艶々と美味しそうな飴玉が顔を出した。
 私の髪と同じ淡い紫の飴玉を、エスは当然のように形の良い唇で浅く挟む。
 ああ、無理だ。絶対に出来ない。ゆっくりと後退しようとした私の手首を掴む手の力が強い。……逃げるのはやっぱりダメだよね。

 背伸びしても届かないのが分かっているエスは、半ば腰掛けるようにテーブルを使って屈んだ。そこに引き寄せられた私は腰に手を回されて身動きが取れなくなる。ダメだ。もう逃げようがない。
 意識する唇が熱を持って震える。
 私は今、絶体絶命のピンチに立たされていた。

 無言の時間が流れる。私の耳に届くのは自分の激しい心音だけ。
 早くしろよ。
 宝石みたいな蒼い瞳が急かすようにじっと見つめてくる。そんな風に見られても無理だ。こんなの、心の準備なんて整うはずがない。
 私は器用なエスとは違う。キスしないでそれを取りに行くなんて無理だ……

 それにしても、見れば見る程に綺麗だな。普通、飴玉なんてくわえたら造形が崩れて間抜けになるんじゃなかろうか? エスに限ってそんなことは起こらないようだ。
 飴玉から葡萄の甘い匂いがする。こんな状況で無ければ美味しそうなのに、完全にそれどころじゃない。

 見つめられるのも限界だ。どちらにしろしなければ離してもらえない。
 私は意を決して薄く口を開けた。受け取るだけだ。そう言い聞かせても身体が震える。
 肩に手を置いて、くわえられた飴玉に触れようとした時、エスに顎を掴まれた。
 唇が触れるギリギリで飴玉を移されて、親指で口内に押し込まれる。

「待ってられない」
「ご、ごめんなさい。遅くて……」
「そうじゃなくて、どんな顔してるか見せてやりたかった」

 なかなか取りに来ない私の顔はさぞ間抜けだっただろう……
 口の中で転がる飴玉。甘いだけじゃなくてしっかりと果実の味がするそれは今まで食べた飴玉の中で一番だと言えるくらいに美味しい。
 やっと終わった。またもや腰に手を回されたままだけど一息吐く。

「これ美味しいね。ありがとう」
「味、知らないけど」
「そうなの?」

 味見せずに買ったのなら素晴らしい引きだと思う。エスの手元にはまだいくつか入った可愛い袋がある。
 今私の口の中にあるものと同じ淡い紫、エスの髪みたいな綺麗な水色。二色の飴玉が目に入る。

「くれるなら一つあげるよ。エスも食べてみる?」
「そんなに美味いなら貰うけど」

 ……ちょっと待って。どうして顔を近付けてくるの?
 ダメだ耐えられない心臓が耐えられない。渾身の力でエスの腕を振り払って何とか逃げ出した。
 助かった……

「……何で移すのは良くて取りに行くのはダメなんだよ」
「ぜっ、全然違う! さっきのと今のは違う!」

 納得行かないって顔してるけど、エスってほんとどこまで分かってて分かってないのか。心臓がもたない。何回か死んでしまう。

「お前、よく分からない」
「エスの方がよく分からないよ!」
「俺が龍族じゃなくてもお前はよく分からないと思うけど」

 ? 更にそれがよく分からない。
 人型でも分からないってどういう意味だろう?

「分かんないならいい」

 私に飴玉の入った袋を手渡すと、一度軽く私の頭に手を置いてから部屋を出ていってしまった。

 閉まった扉を見て思わず安堵する。一緒に居られるのは嬉しいのに、近いと心臓がもたなくてしんどい。
 恋って大変だな。嫌いじゃないイコール驚く程近付いてくるって言うのが何とも。人型の男の人だったらもう少し楽なのかな。ううん、でも、私は龍族のエスが好きだな。

 あの後、本命の意味を調べた。
 そして自分の失態を思い出して暴れた。
 だけど本命で間違いない。
 来年も渡せたらいいな。


 2016/03/09
 HAPPY WHITE DAY
 五章。パラレル。

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