バンドマンの彼氏




蝉の鳴き声が響きまくる真夏のお昼過ぎ。
エアコンの設定温度をできるだけ下げてもまだ暑い室内で、すぐに溶ける棒付きアイスを食べるのがあたしの最近の日課だ。


『暑いしずっと家に居たいけど、
このアイス食べたら今日も行かないと遅刻だよね〜…』


誰に話しかけるでもなく少し蒸し暑い室内に響く自分の独り言と共に食べ終わってしまう少しぬるめのアイス。最近では甘いだけの塊にも思えてきた。食べ終わってしまっては面倒臭い外出準備をしなくてはならない。シャワーを浴び、眉を描き時間の確認のためにスマホを見ると1件のメッセージが来ていた。


”お前どうせ出演者の確認してないでしょ。
俺、今日出るからよろしく”


あたしの仕事はライブハウスでPA(音響)・照明などの裏方をしている。
今メッセージを送ってきたのは圧紘さん。バンドでギターを弾いているとってもかっこいい人。あたしの彼氏だ。もちろんバンドマンだから付き合って居ることはナイショ。実は今日は付き合って1年の記念日なのだけれどライブ入ってるわ〜と言われていて会えないと思っていたので嬉しい誤算だった。
彼に会えると思うと眉毛しか描いていなかった顔がとっても恥ずかしく思えてきて時間もギリギリだが遅刻してもいいから可愛くして行こうと顔作りに気合いが入る。お互い忙しくタイミングも合わず1ヶ月ちょっとぶりくらいに今日会うから1年付き合ってても会う時は緊張するから、あたしも乙女だなぁなんて思っちゃう。最後に圧紘さんに可愛いと褒めてもらったお気に入りのリップを塗ったら完成だ。うん。可愛くなったと自画自賛をして鼻歌交じりに家を出る。



『おはよーございまぁす!!』

「な〜に、スタッフが1番最後に社長出勤して来てんの。」


後ろから話しかけてきた相手は顔を確認しなくても分かり、自然と頬がにやけてしまう。崩れる頬を抑えながら振り返るとそこにはやっぱり圧紘さんが居た。


『おはようございます!圧紘さん!』

「ん、おはよなまえちゃん。何かいい事でもあった?」


そう言いあたしの頬をつんつんとしてくる圧紘さんと首を傾げるあたし。


「笑顔が可愛いなと思って」


今日もよろしくと言い頭をぽんぽんとして去っていく圧紘さんの背中をぼーっと眺めながら自分の顔に熱がどんどん集まってくるのが分かる。彼はバンドマンだから付き合っている事は内緒だ。彼にも彼のバンドにもファンが居るから。リア恋勢のファンの子達から圧紘さんと自分を守るためにも秘密なのだ。だから、ほんとこういう事は困る。


―――――――――


全体リハも順調に終わりOPENまでの間の休憩時間にリハで気になっていた事を喫煙所で休憩中であろう本人に聞きに行く。


『圧紘さん!今日MCするの?』

「あれ?もうバレちゃった?」


バレちまうの早かったな〜と照れくさそうに頬をかく圧紘さん。いつもはMCなんて絶対しないのにどうしたんだろ?っていうのがあたしの疑問だった。


『あたし今日ピンライト担当で、MCのタイミングで圧紘さんにもピンって名前があったから珍しいな〜と思って聞きに来ました!』


ビシっと効果音が聞こえてきそうなくらいの勢いで聞くとくつくつと笑う圧紘さんにちょっと勢いよく聞きすぎたことを後悔した。こんなに声を殺して笑う圧紘さんを見たら仕事にならないくらいかっこいいじゃないか。


「今日はちょっと喋りたい事があってね、俺からメンバーに少し時間ちょ〜だいって言ったんだよね。」

『話したいこと…ですか。お客さんに告知とかしてないよね?みんなきっとびっくりするだろうな〜』


そう。いつもはギターボーカルの他のメンバーがメインで話すからピンライトはいつもその人だけだ。圧紘さんも話を振られたりしたら話すけどそんなに目立つことはない。つまり、今日は圧紘さんを知らない人からも注目されるって事になる。ファンが増えたら嫌だなぁ〜。なんて良くない思考が頭をよぎる。隣からふぅ〜とニコチンの抜け殻を肺から吐き出す音が聞こえる。


「また、なんか暗いこと考えてるでしょ。」

『今日も圧紘さんかっこいいからファン増えちゃうな〜って』


へらっと笑って見せたけど上手く笑えてないのが自分でも分かる。


「ごめんな、いつも不安な思いばっかさせちまって」


そう言って最後に煙草をひと吸いして火を消す圧紘さん。困ってる顔もかっこいいな〜なんて思ってたら


「お前見すぎ」

『だってかっこいいんだもん』


正直すぎ。と言いながらデコピンをしてくる圧紘さん。こうしてじゃれ合っていると今は不安も暗い思考も少しは吹き飛ぶものだ。先程デコピンした手はそのままあたしの頭へ乗りとっても優しい手つきでぐしゃぐしゃに撫でられる(?)、撫でるというよりも掻き乱される。と表現する方が正しいかもしれない。


『ちょっと!ボサボサじゃないですか!』

「今日は俺の事だけ見てて」


そんな事、言われなくてもいつも圧紘さんしか見ていない。
ただその一言を言う為にあたしの頬を両手で包み込み目を見て至近距離で言ってくるのは本当に狡い人だと思う。こんな時あたしの心臓は決まって煩く高鳴り、話せなくなるからコクリと頷くあたし。それを見届けて満足気に微笑んだ圧紘さんの顔は誰にも見せたくないくらいにかっこいいしステージでは見せない1番優しい顔をしていた。


『………すき………』


無意識に口から飛び出た言葉に慌てて口を抑え、周りに誰も居ないか確認する。きょろきょろと見渡しても人の気配がないので一安心だ。そんなあたしを見ていた圧紘さんがまたくつくつと笑いだしたから文句のひとつでも言ってやろうと口を尖らせたらタイミングでおでこにちゅっとキスの感覚。


「俺も好き」


と、耳打ちして去っていく圧紘さんはほんとに狡いし少し落ち着いていた心臓を返して欲しい。こんなんで今からのライブ本番大丈夫か不安しかないと、あたしは小さくため息をつく。


―――――――――


会場も時間通りOPENし、1組目、2組目とトラブルもなく順調に進んでいきトリの圧紘さん達のバンドの演奏が始まり、あぁ今日もステージ上でも圧紘さんかっこいいなぁ。なんて思いながらあたしはピンライトで圧紘さんを追っていた。あたしの彼氏はステージでキラキラ輝いているかっこいい人。それに比べてあたしはその彼をライトの熱気で汗だくになりながら追いかけている、いちファンに変わりない。そんな事を考えているとまた暗い顔をさせちゃうからダメダメ。と頭をふるふるしていると例のMCの時間になった。ゴクリと緊張から喉を鳴らすあたし。タイミングを合わせて慎重にライトを圧紘さんに向ける。すると逆光で圧紘さんからはあたしは見えていないはずなのに目が合った気がした。どきっとしながら圧紘さんなに話すんだろ〜と考えているとゆっくり話し始める圧紘さん。


「今日2度目のMCはみんな俺に少し時間ちょ〜だい」


なんかアイドルみたいな事言ってる、とくすくす笑っていると耳を疑う言葉が聞こえてきてとっても驚いた。


「今日はいつもお世話になってるこのライブハウスのスタッフのなまえちゃんが大切な記念日、誕生日を迎えました〜。いつも俺たちをかっこよく照らしてくれて良い音を届けてくれるスタッフのなまえちゃん、おめでとう〜!そしていつもありがとう!なまえちゃんの笑顔でこれからもこの箱と俺たちをよろしく〜」


ぱちぱち〜とお客さんからの拍手と圧紘さん以外のメンバーの皆からもおめでとう〜!いつもありがと〜!とマイクを通して祝われる。目頭が熱くなり目も少し赤くなりはじめた頃に同じ照明ブースに居たバイトの子になまえさんって今日誕生日だったんすか?なんで教えてくれ無かったんすか!って言われたが誕生日を秘密にしていた訳じゃない。今日はあたしの誕生日では無いのだから。


『あたし冬生まれだよ。』

「え、今真夏っすよね?」

『でも、今日があたしの記念日である事は間違ってないかな』


何言ってんだ?この先輩って顔してる後輩には悪いが、1年記念日の事は誰にも言えない秘密だ。でもさっきの感じ圧紘さんのバンドメンバーはみんなあたし達の関係知ってそうだな〜。おめでとうはみんな言ってくれたけど、お誕生日おめでとう。とは誰も言わなかった。圧紘さんなりの記念日の祝い方。ファンのみんなには内緒でみんなの前で祝ってくれた彼にしか出来ない1年記念日のお祝いは忘れられない思い出となった。


ライブが終わりお客さんも帰ってからあたしと圧紘さんはメンバーの皆から1年も隠してたなんて俺ら信用されてねーな。や、お前ら怪しいよな〜とは思ってた。まぁ1年おめでとう。などこの1年間について根掘り葉掘り聞かれる事になるがこの時のあたしはまだ知らないし、その後圧紘さんがこっそり小さなケーキと同じデザインのピアスと指輪でこれからもよろしくとお祝いの準備をしてくれている事もまだ知らない未来のお話。