01:革命児






 青い空はどこまでも広がっていて、白い雲は悠々と風に流れていく。桜は散り、緑を増やしていた。商店街に立ち並ぶハナミズキの淡い紅色や白い苞が宙に浮かぶように咲いている。
 校門の前に立つとすぐに、大きな稲妻のマークが見える。校舎の真ん中にあるそれは、雷門中のシンボルマークのようなものだ。
 首元の窮屈なリボンを少し引っ張り、空色の髪を靡かせながら校門を潜る。正門から昇降口までの一本道を歩いている途中で集団走をする野球部とすれ違い、目をくれることもなく進んでいく。ふと足を止めて左を見ると、芝生に覆われた斜面に囲まれたグラウンドがある。正門から続く道よりも低い位置にあるそこでは、黄と青を基調とした揃いのユニフォームに身を包み駆け回る少年達がいた。
 白と黒のボールを追い掛ける彼らの中でも、一際目立つ少年に目が向く。彼はボールを持って楽しくて仕方がないような表情をして走る。

「……」

 少女は冷めた目で彼らを一瞥してから、止めていた足を再び動かし始めた。


◇◇◇


 始業開始のチャイムが鳴る直前に、彼らはいつも慌ただしく教室に駆け込んでくる。

「間に合った〜!」
「もう!だからもっと早く着替えなさいって言ったでしょ!?」
「だってサッカーが……」
「このやり取り毎日やってるよ……」

 ガヤガヤと騒がしかった教室も、彼らが増えると余計に騒がしさを増す気がした。文庫本のページをパラリと捲りながらそんなことを考える。
 ガタン、と隣に並んだ机が揺れた。ちらりと視線をやると、「あ」と隣から声が掛かった。

「おはよう!舞風さん!」

 ユニフォームから肩口に稲妻マークの入った制服に着替えた松風天馬に、舞風空はちらりと視線を上げ、すぐに逸らした。本の文面に目を向けたまま、小さく口を動かす。

「……おはよう」

 またパラリとページを捲る。それに気付いているのかいないのか、天馬は席に着きながら楽しそうに声を重ねてきた。

「あのさ、舞風さん」
「……」
「舞風さんってもしかしてサッカー好きだったりする!?」

 キラキラとした目を向けられて、空は僅かに下瞼を持ちあげて面倒臭そうに顔を顰める。

「別に、好きじゃない」
「えっ、そうなの?朝練見てたからてっきり……」

 空は一向に本から顔を上げようとしないが、朝サッカー部の練習を少し立ち止まって見ていたことに、天馬は何故か喜んでいるようだった。空は本を読み進めることで会話をする気はないとアピールするが、天馬はまったく臆さない。

「そうだ、今度試合があるんだ!ホーリーロードの全国大会!よかったら観に来てよ!」

 ホーリーロード、10年前はフットボールフロンティアと呼ばれていた、少年サッカーの大規模な大会だ。雷門中サッカー部は幾度となく優勝を果たしている。前年は決勝戦で敗れたらしいが、間違いなく全国でもトップレベルの名門校だ。
 空は天馬が楽しそうに試合のことを語る姿を見て、何故彼はこんなにも楽しそうなのだろうと思う。その試合に価値なんてないことをとうに知っているのに。何故多くのものを賭けてまで自分を、サッカーを貫き通そうとするのか、空にはわからなかった。空は一度、横目で天馬を見る。深い海のような碧い瞳に天馬が映り込んで、そのことに気付いた天馬はやはり嬉しそうに笑う。
変な奴、そう思いながら、空は再び文面に目を落とす。「気が向いたら」と適当に答えた言葉でさえも、天馬は嬉しそうに受け取った。
 
 舞風空は転校生である。
数週間前に雷門中1年C組に転校してきた彼女は肩につかないくらいの空色の髪と碧い瞳が特徴的な少女だった。白い肌に制服の裾からスラリと伸びた手足。長い睫毛は上向いていて、中性的な整った顔立ちをしてる。
凛とした雰囲気を纏った大人びた彼女は、普段から表情をまったくと言っていいほどに変えない。何を考えているのかわからないような、少し不機嫌にも見えるような無表情で過ごしている。
 偶然にも、天馬の隣の席になった彼女は口数も少なく、クラスに馴染む様子もない。1人淡々と毎日を過ごしていた。
 そんな彼女が今朝、土手の上からサッカー部の朝練を見ていたことに気付いた天馬は大いに喜んだ。
 もしかしたら舞風さんもサッカー好きなのかな!?サッカーを通して仲良くなれるかも!
と言った安直な期待は本人の口からバッサリと斬られたが、天馬はまだ彼女と仲良くなることを諦めていない。折角席も隣なのだから、もっと会話ができればいいと思うし、もっと色んな表情が見れたらと思う。
 好きなものとか、好きな色とか、休みの日は何をしているのかとか、いつも何の本を読んでいるのかとか、そんなたわいもないことを聞いてみたい。あわよくばサッカーを好きになってくれないかなとも思っている。

 雷門中でサッカーをすることが天馬の夢だった。
雷門で、ここで自由で楽しいサッカーをすることが。しかし希望は入学初日にして脆く砕けた。
 今や少年サッカー界はある組織に完全管理をされている。
 10年前、FFIで日本代表イナズマジャパンが優勝したことにより、日本でのサッカーはその存在を広め知らしめ、高めた。故にサッカー実力主義となった社会を平定し、学校間の格差を無くすために存在する組織が現れた。

 それがフィフスセクター。

 2年前に突然台頭し、平等な勝利を謳い、試合の得点まで定められた八百長を各校に強いた。更に「シード」と呼ばれる監視者選手を各校に派遣しており、指示に逆らった場合はサッカー部を潰したり乗っ取ったりするのみならず、時には学校そのものを廃校にまで追いやっている。
 その平等の皮を被った横暴の異常さに、天馬は誰よりも強く声をあげた。自由のないサッカーなどサッカーではない。サッカーが泣いている、と。
 絶望的な現実だったが、それでも天馬は入部した。周囲からは反対もされたけど、それでも雷門でサッカーをやる夢は諦めきれず、自由なサッカーを取り戻すべく奮闘を始める。
 最初はサッカー部にすら味方はいなかった。誰もがフィフスセクターに逆らい、廃部に追いやられることを、サッカーを奪われることに恐れていた。管理されたサッカーを耐える日々、そうすることで自分達のサッカーを、部を守り抜いてきたのだ。故に天馬の行動に反発する者も多くいた。部を辞める者もいた。それでも、

 天馬が灯した微かな光は、徐々に周囲を照らし、大きな光となりつつあった。

 今ではサッカー部の全員が天馬を認め、共に自由なサッカーを取り戻そうとしている。シードとして雷門中に派遣された剣城さえもが仲間となった。
 自由なサッカーを取り戻す。その為にはフィフスセクターのトップに君臨するイシドシュウジを聖帝の座から引きずり下ろす必要があった。ホーリーロード開催中に行われる聖帝選挙、それに伝説のイナズマイレブンと呼ばれている雷門中サッカー部のOBでもあり、10年前にフットボールフロンティアで雷門中を優勝に導いた響木正剛も出馬し、聖帝の座を勝ち取る。その為には雷門が現聖帝の息のかかったチームを打ち倒し、ホーリーロードで優勝しなければいけない。負けることの許されない厳しい戦いを、天馬達は続けている。
 なんとか地区予選を突破し、全国大会への出場権を手にした雷門中サッカー部は、管理サッカーを撤廃させる為の革命を起こしているのだ。



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