
02:サッカー部
ホーリーロード全国大会1回戦を、雷門中が突破した。
そんな内容のネットニュースを見て、空は静かに携帯を閉じる。
雷門中サッカー部、現在部員は14名。マネージャー3名。
シードだった剣城京介を送り込むも、キャプテン神童拓人に化身発動の可能性を感じて様子見することを判断。後にフィフスセクターを抜け正式に雷門のサッカー部の一員となる。
雷門は松風天馬を中心にチーム一丸となりフィフスセクターに反旗を翻した。今や管理サッカー界に革命を起こす中心となっている。
放課後の人気のない廊下から、第2グラウンドを見下ろす。
窓の縁に手を掛けて、空は感情のない瞳に彼らを映した。興味も何もないような冷たい海水のような目で、ただ観察する為だけに。
その碧い瞳に彼らを映す。
◇◇◇
「あ」
まただ、と小さく神童が漏らした言葉を、隣にいた霧野が拾い上げた。
「神童?どうかしたか?」
「いや……」
神童の視線の先を霧野が追う。校舎の二階、人通りの少ない廊下の突き当たりの窓からこちらを見ている1人の少女がいた。
遠目にもわかる空色の髪が見える、窓に光が反射して顔までははっきりとわからない。
「あの子がどうかしたのか?」
「いや……たまにこっちを見てるからさ」
グラウンドからベンチに向かう途中でそんな会話をする。
神童曰く、毎日ではないけれど、時々、思い出したようにどこからかサッカー部の練習を見ているらしい。そんなことに気付かなかった霧野は「へえ」と返してから、ふと思い出す。
「あの子、確か天馬達のクラスの転校生じゃなかったか?」
「そうなのか?」
「多分、職員室で見掛けたことがあったし……天馬ー!」
霧野が天馬の名前を呼ぶと、葵からドリンクボトルを受け取ろうとしていた天馬がくるりと2人の方を向いて笑顔を見せた。それからこちらに駆け寄ってくるものだから霧野は悪かったなと思いつつ薄く笑う。
「何ですか!?」
「あの子さ、天馬のクラスの転校生だろ?」
「あの子?」
霧野が少女からは見えないように窓の方を指差す。無機質な校舎の中でポツンと浮かぶ空色を視界に捉えた天馬は「あっ!」と声をあげた。
「舞風さんだ!お〜〜い!!」
両手を大きく上に向けてブンブンと横に振る。天馬の動きに気付いた信助も寄って来て、ピョコピョコと跳ねながら手を振っている。当の彼女はというと、2人の動きに反応を見せずに、そのままふいと顔を背けてどこかに歩き出してしまった。
「あれ?」
「気付かなかったのかなー」
2人が首を傾げて、「舞風さんこの間も朝練見てたんだよ」と天馬が信助に言う。その目はまだ少女のいた窓に向けられていた。
「そうなの?サッカー好きなのかな!」
「そうかと思って聞いてみたんだけど違うって」
「え〜……」
天馬の返しに信助が残念そうに肩を落とす。天馬も寂しそうに笑った。
春の陽気を纏った風が天馬達の間を吹き抜けて、神童は癖のある髪を押さえる。天馬も茶色い髪を風に流しながらまだ窓の向こうを見ていた。
◇◇◇
誰もいない廊下を進んでいると、不意にスカートのポケット入れていた携帯電話が微かに鳴っていることに気がついた。空は近くの空き教室に入り、念の為に周りに人がいないことを確認して扉を閉じる。
扉を背に、外の気配に注意しながら携帯の通話ボタンを押して耳に当てた。
「――もしもし」
『……そちらの状況はどうだ』
第一声からそのことかと、空は呆れたような息を吐く。
「サッカー部は全国大会の1回戦を突破したようですね」
『ああ、月山国光が敗退した。サイクロンスタジアムという地の利があったにも関わらずだ』
「そのようですね。……こちらに特に変わった動きはありません。何か気付けばまた追って連絡します」
明かりのない教室は薄暗い。窓に映る切り取られたような青空が痛いくらいに鮮やかだ。モノクロの中に浮かぶ青は、瑞々しく怖いくらいに眩い。
『サッカー部には相変わらず近寄っていないのか』
「……一定以上の距離を詰める必要などないように思いますが」
空は淡々と言葉を返す。伏せられた目には熱が灯ることはない。日陰にいるせいか、碧い瞳はより暗く、海底のように静かだ。
「貴方の指示には従いますが、基本、私は自由に動いていい筈でしょう?サッカー部に入らずとも情報は得られます」
『……』
無言は何を意味するのか、考えるだけ無駄だとすぐに思考を打ち切った。この人の意思を、空は尊重する。そういう約束だ。
「サッカー部には入りませんよ。必要がない。そもそも私は――」
そこで、空は言葉を止める。廊下から聞こえてきた足音に耳を済ませた。角を曲がり、こちらに向かっているのがわかる。空は短く舌を打った。
「すみません。また連絡します」
『ああ、こちらこそすまなかったな』
「いえ、では失礼します」
通話を切り、携帯をポケットにしまう。それから教室を出て、何食わぬ顔で女子生徒とすれ違った。
角を曲がり、階段を降りていく。脳裏には何故かサッカー部の連中の姿が残っていた。遠目で見たことしかないから、浮かぶ姿も小さく薄い。けれど振り払っても何度も浮上してくるそれは、空の心をささくれ立たせる。
私はサッカー部になど入らないし、入る必要もない。そもそも私は、サッカーなんてできないんだ。
それは事実の筈なのに、何故だか誰かに言い聞かせているように思えて、空は眉を寄せて首を傾げた。
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