終わりと始まりはよく似ていた








「サッカー強化委員?」

聞き慣れない言葉に、雨季は円堂の言葉をなぞった。
オレンジ色のバンダナは彼の笑顔をより際立たせて、雨季は反射的に目を細める。
サッカー部の古びた部室近くに置かれた、古びた木製のベンチに座る雨季の横に並ぶのは雷門中サッカー部一同だ。

「ああ!日本が世界で渡り合う為に、俺達が他の学校に行って……えーと、なんかそんな感じでサッカー仲間を増やすんだ!」

円堂のあやふやな説明に眉を寄せて、雨季は視線を円堂以外のサッカー部のメンバーに向けた。彼らも苦笑いをしている。
季節は秋めいていて、ひゅうと鳴った髪を攫う風は冷たくなっていた。
気付けば、緑は少しずつ枯れて、景色の彩度が落ちている。風の匂いも変わっていることに漸く気付いた。

「へえ、何、他の学校と合同練習でもするの?」

持っていた本に視線を戻しながら口を開けば、「いや」と豪炎寺がやけに声を重くして答えた。

「俺達はそれぞれ別の学校に転校して、各校のサッカー部に所属する」

ページを巡ろうとしていた手が止まる。文字の羅列が頭に一切入ってこなくなって、雨季は顔を上げた。まず笑っている円堂が目に入って、それから僅か寂しげに眉を下げる豪炎寺や、ゴーグルでわかりづらいけれど硬い表情をした鬼道、目を伏せる風丸、他のメンバーも、どことなく晴れきらない顔をしていた。

雨季は言葉を探して、視線を落とす。文字が並んだこの本の中にもきっと相応しい言葉はなくて、「そう」と返すのが精一杯だった。

「……みんな、バラバラになるんだね」
「そうなるなぁ」
「寂しいっす……」

雨季の言葉に、半田と壁山も俯いて頷いた。

円堂の説明では足りなかった部分を風丸が説明してくれた。
円堂達、雷門中サッカー部のメンバーは日本のサッカーレベルの底上げを図る為に、それぞれが別の学校で強化委員として活動することを。雷門の魂を、新たな場所で育て、それが日本全体を強化することに繋がるのだと。

少し前に、日本一となった彼らとイタリア代表の少年サッカーチームが試合をして、大敗したことは記憶に新しい。その様子はテレビ中継もされて、雨季も観ていた。あの口惜しさを、彼らは次に進む糧にしている。

(ああ、ほんとに眩しい)

敗北も口惜しさも、すべてが彼らにとって成長の糧となるのだろう。自分ではこうはできないと、強く思い知る。
眩しい。雷門中サッカー部は、本当に眩しい。敗けて、そこから踏ん張って強くなろうとして、先を見て、大切なこの場所からそれぞれに決意を抱いて離れようとしている。

(眩しい、太陽よりもずっと)

雨季は目を細めて彼らを見上げた。
いなくなる、彼らが、この雷門中から。それも揃って一斉に、だ。彼らのいなくなった雷門を、己の日常を想像できなくて、雨季は目を伏せた。対照的に円堂は顔をあげて、遠くの空を見上げた。そこには笑顔がある。

「楽しみだなあ!新しい場所で!まだ知らない奴らと一緒にサッカーして!俺達はもっと強くなれる!そしたら世界で戦えるだけの力も身につけられる!」

ああ、そうだよね、円堂はこういう時に楽しみだと思える人間なのだ。やっぱり自分とは違うから、本当になぜ彼が自分を構うのか、未だに雨季にはわからないのだ。彼らがいない日常を、雨季は忘れつつある。それを今自覚して、元に戻るだけだと静かに言い聞かせた。

「キャプテンは寂しくないでやんすか?」
「そうっすよお」

栗松と壁山が情けない声を出す。円堂は「寂しいさ!」と笑って言い切った。声に、雨季は顔を上げる。

「みんなと離れるのは、すげー寂しい。でも俺達は1人じゃない。みんなと過ごした時間が、一緒にやったサッカーが、これから先の場所で力になる」

その横顔を見て、雨季はああと思う。言葉に直せない感情が、胸の奥から押し寄せる。円堂は嘘をついたり、都合のいい言葉を吐けない奴だから、これはどこまでも純粋な、不純物なんて一切ない本音だ。それは本の中の言葉と同じくらいに尊い。

円堂の言葉に、栗松も壁山も、他のみんなも納得したのか、寂しそうな顔をしつつも笑って見せた。円堂はみんなの顔を見てニカッと白い歯を見せて大きく笑う。太陽のような、向日葵のような笑顔は、いつだってみんなを照らしていた。

「でも、宝城と会えなくなるのは寂しいかもな」

不意に、円堂が言った言葉に雨季は目を丸めた。円堂と目が合う。

「……いや、こっちとしては静かになっていい」
「ええ!?」
「宝城……」
「お前……」

冷めた発言をする雨季に、サッカー部か一同はショックを隠さずに不満気な顔を見せる。円堂はならばと再び声を掛けた。

「宝城!次のフットボールフロンティアは観にきてくれるよな!?」
「え……めんどい……」
「お前と言う奴は……」

眉を寄せて困り顔で呟く雨季に、鬼道は眉間のあたりを押さえながら俯いた。まさかそこまで期待されていたとも思わず、雨季は静かに息を吸い、平静を装って声を出す。

「……でも……まあ、決勝くらいなら、行ってもいいかな」
「ほんとか!?」
「またそれかよ……」

半田も呆れたような薄い笑みを浮かべた。雷門中が優勝した──つまり今年のフットボールフロンティアでも、雨季はどれだけ誘われようと結局決勝戦しか観に来なかったのだ。

「そうなると、この中で決勝まで駒を進めた者だけが、その勇姿を雨季に見てもらえることになるな」

腕を組んだ鬼道が、自信ありげな笑みを見せて言った。その言葉に、円堂をはじめとする他のメンバーもハタとして気付いたようだった。

「うわ!まじかよ!」
「そうなるよね、みんなばらけるんだし」
「っつーことは良くて2人か?」
「そうなりますね」

ざわざわと確認し出すサッカー部の面々に、雨季は大袈裟なと顔を顰めた。自分1人が観客席にいたところで何も変わりはしないだろうに。

「……決勝に誰もいないとか勘弁してよね」

雨季の一言に一同はさらにざわめき出す。「頑張ろうねお兄ちゃん!」「任せておけ」やら「急にプレッシャーが……」「もう宝城が全部観にくればよくね?」と言う言葉やらが飛び交っている。

不思議な話だ。
今こうして、こんなにもくだらない話をしているのに、その内容は彼らが離れることを明確に示している。雨季は本を静かに閉じた。
終わりは何にだってくる、どんな冒険譚にも、英雄譚にも、奇譚にも、必ず終わりはあるのだ。今がそうなのだろうか、雷門中サッカー部の終わりは、今なのだろうか。
念願のフットボールフロンティアに出場し優勝、まあ物語の終わりとしては、悪くはないなと思う。
悪くはない、けれど上手く言えない感情が揺蕩っている。なんだろうこれは、こんな感情を抱くのは初めてではない筈だ。

ああこれは、昔大好きだった本を読んでいた頃に似ている。

大好きな本があって、続きを読みたくて、その世界に浸っていたくて、ページを捲りたいくせに、まだ終わらないでと願っていたあの時と似ている。

(この感情の、名前は)

寂しいと、きっと自分は思っている。
あんなにも喧しくて、関わりたくないと思っていたサッカー部がなくなることが、寂しいと思っているのだ。

感情の整理をすると、雨季はふとあることに気付いた。単純で、それ故に目を向けられなかったことに。

「あれ……みんないなくなるなら、サッカー部は廃部?」

雨季がポツリと呟いた言葉に、軽い言葉をポンポンと投げ合っていた一同は一斉に静まり返った。丸めた目をみんな雨季に向けている。

「お……おっそろしいこと言うなよ宝城!」
「ええ……だってそうでしょ。部員いなくなるならそうなるでしょ」

冷や汗をかきながら、円堂が不安げな目で抗議する。廃部になれば、本当にサッカー部の物語は終わりだ。空気の変化を感じて、余計なことを言ったかもしれないなと口を噤むと、サクと足音をさせて夏未が一歩前に出た。彼女は白い腕をいつものように組んで、赤い唇を開く。

「そのことなのだけれど」




***




簡単に言えば、サッカー部はなくならないらしい。
夏未の話はこうだった。

サッカー部の活躍に基づき、サッカー部の部室及び練習場を新しくすること。
その練習場を他の部活や、それ目当てにくる新入部員が集まらないようにする為、サッカー部は一時的に休部状態にするということ。

「つまり、サッカー部は空っぽのままで存続する……?」
「ええ、そういうことね」

雨季の言葉に、夏未は茶色い髪を靡かせて頷いた。
サッカー部の存続、というワードに円堂はパアッと表情を輝かせる。

「相応しい人間が現れたら、雷門中サッカー部は再び動き始めるわ」
「そうか!サッカー部なくならないんだな!」

本当に嬉しそうに笑う円堂に、ほんの少し、無自覚に雨季も頬を緩めた。
しかし相応しい人間が、この先現れるのだろうか。円堂達の後を継ぐに相応しい人間が、チームができるのだろうか。そんなことが頭を過ぎったが、まあ自分には関係のないことかと、雨季は一度目を閉じる。

「じゃあ宝城!よろしくな!」

パッと輝かしい笑顔を浮かべたまま、円堂が雨季を振り返った。雨季はわけがわからずにパチリと瞬きをして首を傾げる。

「は?何が?」
「新しい部員ができたら!その時はよろしくな!」
「は?」

白い歯を見せて笑う円堂は、まるで自分に頼むのが当然のように言ってのける。雨季は思わずガタリと腰を浮かせた。

「いや、待って、意味がわからない。よろしくって何を?」
「決まってるだろ?新しい部員が入ってきたら助けてやってくれよ」
「はあ……?」

雨季は眉を寄せて、助けを求めるように秋を見た。もはや円堂では話にならないと判断したのだ。秋は雨季の視線に気付くと、その心中を察したのか眉を下げて申し訳なさそうに笑った。

「あのね雨季ちゃん、言いづらいんだけど私からもお願いしたいなって……」
「秋まで……いや私サッカー部じゃないし」
「実はね、私は夏未さんから先に聞いてて、つくしちゃんにもお願いしてあるの」
「大谷さんに?」

聞き返すと、「うん、そう」と秋は頷く。彼女に頼んであるなら益々わけがわからない。彼女は愛嬌もあって明るくて、しっかり者だ。自分がいなくても何ともないだろう。そう言おうと口を開きかけると、それを遮ったのは夏未だった。夏未はウェーブのかかった髪を手の甲でさらりと背中に流しながら、自信に溢れた笑みを湛えている。

「大谷さんにはマネージャーを頼んであるわ。もしもの時の為にね。けど、マネージャー含むサッカー部が全員雷門からいなくなれば、サッカー部に最も近い存在は貴方じゃなくて?宝城さん」
「雨季ちゃんは練習もよく見てくれてたし、システム的なこととかよく知ってるし……」
「そうですよ!それに宝城さんがいれば新しい人が来たって百人力です!」

現マネージャーの3人に支持され、雨季は胃が痛くなりそうだった。音無に至っては何故そんなことが言えるのか本当に謎だ。

「無理」
「そこをなんとか!」

バッサリと、端的に断ろうとする雨季に円堂は食い下がる。両手をパンと顔の前で合わせて腰を低くする。

「いや普通に無理だから……風丸、保護者でしょなんとかして」
「保護者じゃないからな?……でも俺も、宝城がいてくれたら安心だと思う」
「は?風丸まで何を……」

訝しげに表情を歪める雨季をよそに、風丸が「な?」と他の部員尋ねると、他の面々も悩むそぶりもなく頷いて、雨季にはその光景が信じられなかった。

「ああ、俺も異論はないな」
「俺もだ」
「鬼道、豪炎寺……」

鬼道と豪炎寺が続くと、半田や染岡、サッカー部の初期からいるメンバーが続いた。

「俺も、って言うか反対する奴いないだろ」
「まあな」
「いやほんとに意味がわからない。何を根拠に?」

流れを変えようと雨季が口を挟む。円堂は雨季を見た。下がった眉を見ると罪悪感に駆られて、雨季はグッと唇を噛む。

「宝城、迷惑か?」
「迷惑って言うか……」

その真っ直ぐな瞳に耐えきれず、雨季はさっと視線を逸らす。足元に色づいた枯葉が落ちて来た。

迷惑、ではないと思う。ただ荷が重い。自分には相応しくないと思うのだ。雨季は言葉を探す。自分の中から、なるべくこの感情を丁寧に伝える為の言葉を探して選ぶ。

「……私は、みんなのこと、凄いと……」

言い掛けて、続きを呑み込んだ。凄いと思う。それに間違いはない。けれどあまりにも誠意のない言葉だと思った。だからその言葉の中に含まれた思いを細かく、純度の高いものを取り出していく。

「……尊敬、に近い感情を抱いてる。努力をしてきたのを知ってる。いや、知ってるなんておこがましいかも、でもほんの少しは、みんなが実際に努力してきた数十分の1は、わかってる……つもりでいる」

ぎゅっと、自分の腕を掴んだ。言葉を逃さないように、零さないように、強く意識する。今までこんなことを一度だって伝えようと思わなかった。こんな機会がなければずっと自分の中で溜まっていただけの言葉だ。それの一つ一つを掬い上げる。

「だから、みんなが……円堂と秋が始めて、みんなでここまで繋げてきたサッカー部を、簡単に預かっていい立場じゃない。私は」

みんなの意識が、自分に集中しているのがわかった。目を逸らしていてでも、それを感じる。肌を撫でる風が冷たくて、それのおかげでなんとか冷静でいられる。曲がっていた背筋を、ゆっくりと伸ばして、腕を放し、円堂達を見据える。

「私は何もしてない、仮に新しい人が入ってきて、サポートできるような立場にもないと思ってる。あまりにもおこがましくて、図々しい。私がサッカー部に貢献したものなんて何もない。今ここで今後のサッカー部のことを引き受けるのは、無責任だと思うから」

「だから、ごめん」と続けた。言い切って、また逃げるように目を伏せる。暫くの沈黙。耳に入ってくるのは落ち葉の擦れる音と、耳元で鳴る風の音、遠くで野球部の掛け声。それから、多分、円堂が息を吸う音だった。

「何もしてないってことは、ないさ」

声は円堂にしては繊細さのある柔らかな声だったと思う。伏せていた目を上げると、いつものように笑う円堂がいた。

「宝城は何もしてないって言うけどさ、そんなことないんだよ。だって俺は何度も宝城に助けられたと思ってるんだぜ?」

円堂の言葉に、雨季は僅かに目を見開く。言葉を失うって、きっとこういうことなんだと頭のどこかで考えていた。
円堂の後ろから、半田が声を出す。

「そうそう、そんな風に言われたら助けられた俺達だって立場ねーよな」
「まったくだ、真面目すぎなんだよお前は」

半田と染岡も円堂と同じ意見のようで、目を合わせて肯き合う。

「雨季は頑固だからな」
「いやそれは……鬼道には言われたくないけど」

笑みを含んだ言葉に、雨季は静かに反論する。彼らの言葉を噛み砕き、正しく理解するのには時間が欲しかった。雨季を見るみんなの目は、仲間を見るそれと同じだ。だから余計に困惑する。

「宝城は間違いなく俺達の力になってたよ」
「うんうん、僕らもいいかっこしたくて頑張ってたとこあるしね」

風丸の言葉に、頭の後ろで腕を組んだ松野が笑う。可愛らしい帽子の飾りがポンと跳ねた。

「雨季ちゃんが俺らのことちゃんと見てくれてるの嬉しかったよ」
「いつも……ありがとう……」

土門も頭を掻きながら笑い、影野もボソボソとしたいつもの口調で、それでも確かに感謝の言葉を口にした。

「俺達は……サッカー部を任せるなら、宝城しかいないと思ってるんだ。これは俺達の総意だ」

豪炎寺が言う。こんな何百という数の生徒がいる中で、自分しかいないだとか、そんな馬鹿なと雨季は思う。感謝されるようなことは何一つしていない。

「宝城だってサッカー部を繋いでくれた一員なんだ。サッカー部じゃなくても、宝城は俺達の仲間だろ!」

円堂が言う言葉に、雨季は今度こそ言葉をなくす。
言うべき言葉も、何も出てこない。風が吹いて、金木犀の匂いがした。また秋が深まっている。季節が巡っていく。風は雨季の髪を攫って、花を揺らし葉を落とした。目の前では、円堂達が笑っている。

「……ほんと……」

勘弁して欲しい。ここまで言われて、こんな風に思われていて、もう無理なんて言えなくなってしまった。だってそっちの方がずっと無責任なのだ。彼らの言葉を聞いてなお、断り続けることはあまりに誠実さに欠けると、気付いてしまった。

雨季は溢れそうだったため息を呑み込んで、代わりに金木犀の匂いを含んだ空気を吸う。

「……あんまり、期待しないでよね」
「……!おう!」

小さな声で零した言葉に、円堂は大きく笑って頷いた。結局、この笑顔には敵わないのだ。

「あと、サッカー部に入るわけじゃないから、マネージャーとかもできないし。大谷さんのフォローに回るとかそのくらい」
「それで充分だ!」
「じゃあ、まあ……」

「できるだけのことは、してみる」と言えば、みんな嬉しそうに笑うから、雨季はほんの少し頬が熱くなるのを感じた。

「まあ、新しい部員が集まればの話だけど……」
「そうだね」

呟けば、秋がそれを拾って頷いた。彼女も安心したように笑っている。

「円堂くん達ね、強化委員として日本のサッカーの実力を上げるだけじゃなくて、こうも言われてるの」
「?」

秋が円堂達に視線を向けた。真っ直ぐで優しいその瞳は、ずっと彼らを見守ってきたのだと、雨季は知っている。彼女はこの雷門サッカー部の、1番の理解者なのだ。

「雷門の魂を伝えて欲しいって、各校それぞれのチームで、雷門で培ったことを伝えて欲しいって」

雨季の中で閃光が走った。
一瞬、空に稲津が見えるのと同じようなほんの瞬く間のできごとだ。

そうか、終わらないのか。雷門中サッカー部の、円堂達の物語は、まだ。
続いていく、繋げていくのだ。彼らが彼らの言葉で、プレーで、広めて伝えていく。決して終わりなんかじゃなかったのだ。

そしてきっと自分も繋げていくことになるのだろう。
彼らが築き上げたサッカー部を、雷門魂というやつを、もしかしたら現れるかもしれない、新たなイナズマイレブンに。


風が舞い上がって、足元の色づいた落ち葉が巻き上げられて空に向かって飛んだ。




***




それからはあっという間だった。
みんなそれぞれに派遣される学校を選び、引越しの準備をして、進級を待たずに雷門を飛び立っていく。一応見送りはしたが、まあ彼らのことだから心配はいらないだらう。

サッカー部の休止は、学校中でも話題となった。けれど日が重なるごとに、季節が進んでいくと話題は移り、廃れていく。その間にサッカー部を受け継ぐ者は現れず、内心ほっとしながらサッカー部のいなくなった毎日を過ごしていく。
円堂が隣にいない日々に、あのサッカーしようぜという聞き飽きた言葉が聞こえないことに慣れ、当たり前になった頃、彼らが伝説と言われるようになった。

木々の葉は完全に散って、雪が積もり、また新たな緑が芽吹き、花が咲く頃、雨季は3年へと進級した。

そうして季節は巡り、円堂達のいない春が来る。
雨季にとって、雷門にとって、新たな出逢いがもうすぐそこまで迫っていることを、この時はまだ誰も知らない。