残響ユートピア11
「やっとヒーローらしい記録だしたよー!」
「指が腫れ上がっているぞ……入試の件といいおかしな個性だ……」
「スマートじゃないよね」
緑谷の出した記録に、クラスメイトたちが沸く。奏は横目で相澤を見た。緑谷に対して、どこか爽快そうに笑う姿を。
指一本に個性を発動させた……?調整っていうのは個性の使用範囲じゃなく出力の話ってことか……?まったく、終わったらちゃんと聞かなきゃ駄目だな。
ため息にも似た息を吐く。ああまったく、まったくお前ってやつは。
胸の奥が震える感覚。迫り上げた感情が確かに、奏の心の芯を揺らした。
「いず……」
「どーいうことだこら!!ワケを言えデクテメェ!!」
「うわああ!!」
緑谷の元へ寄ろうとした奏の横から先に飛び出したのは爆豪だった。両手で爆破を起こしながら、襲いかかる勢いで向かっていく。
「あの馬鹿……!ちょっと目ぇ離すとこれだ……!」
奏が慌てて飛び出すと、今度は相澤の布が横を抜けて爆豪に絡みついた。顔半分と上半身に絡みついた布が、爆豪の動きを抑え込み、同時に掌の爆破が止まる。相澤の個性だ。
「んぐぇ!ぐっ……んだこの布……固っ……!」
「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ捕縛武器だ。ったく、何度も個性使わすなよ……俺はドライアイなんだ」
凄い個性なのにもったい、とクラス中が思ったことだろう。奏はポテポテと爆豪の背後に詰め寄ると、彼の頭に指先を伸ばした手の側面を振り下ろした。
「コラ」
「ぐぇっ!」
スコン、と手刀を入れると、爆豪の頭が前に揺れる。そのはずみで顔にかかっていた捕縛布が外れた。奏は爆豪の首裏の襟を掴む。
「お前は時と場所を考えろよ」
「奏えぇ!テメェ覚えとけよ!」
「はいはい、すみませんねお騒がせして」
奏はクラスメイトたちの方を向いてペコペコと頭を下げる。相澤に目配せをすると爆豪を拘束していた捕縛布が外れたので、襟を掴んだままズルズルと引きずって退場する。誰かが「飼育員みてえ」というのが聞こえた。どうせならもっと可愛い動物の飼育員になりたい。
「どういうことだ!あ!?テメェなんか知ってんのか!?」
「嘘だろ人の話聞いてた?時と場所考えろって」
目をつり上げて声を荒らげる爆豪に、奏は呆れた目を向ける。大人しく引きずられていると思ったらこれだ。爆豪はぶるんと大きく頭を振って奏の手から逃れると、真っ直ぐに奏を睨みつけた。
「個性の発現はもれなく四歳までだろ……!なんであいつにあんな……!」
「言いたいことはわかるけど……後にしよう。僕も詳しく聞いてないんだよ」
「っんで……!」
爆豪が顔を歪めて、視線をずらした。その視線の先にいるのは緑谷だ。赤に近い橙の目には驚愕と、わずかな恐怖が見える。
得体の知れないものを見る目だ。当然か、僕は聞いてたからだけど、もし知らずにあれ見せられたら勝己みたいな反応になってたかもな。
奏はポンと爆豪の肩を叩く。びくりと彼の体が揺れた。「まだ種目残ってるぞ」と声をかけて、横を抜けて緑谷の方へ向かう。
「出久」
「っかなちゃん……!」
痛みのせいか額に汗を滲ませる緑谷は、腫れ上がった指を押さえながら奏を見るとへにゃりと笑った。近くで見れば見るほど指の怪我は酷い。「指見せて」と言うと、緑谷は素直に従った。
「ちょっと触るよ」
「んっ……」
なるべく刺激しないように、下からそっと掬うよに触れる。触れるとピク、と緑谷の指が跳ねた。赤黒く変色した指は熱を持っていて、恐らく折れてる。奏はポケットからハンカチを出して、指に巻きつけて縛る。
「固定するもんがないから応急処置にもならないけど……まあ、ないよりはいいでしょ」
「うん……ありがとう」
「あと三種目、いける?」
顔を覗き込むようにそっと目を合わせると、涙を溜めた目が強く奏を見た。唇を噛みながらコクンと頷く緑谷に、とてもじゃないが休めとは言えない。奏は一度唇を結んで、「頑張ろう」と言った。緑谷が嬉しそうに笑うので頭を撫でる。
長距離はやはり指の痛みが響いたのか、緑谷は最下位だった。そのまま長座体前屈と上体起こしを終えて、全種目終了。
この中から誰かが除籍処分となる。
「んじゃパパッと結果発表」
一塊に集められ、相澤が前に立つ。トータル最下位が除籍。緊張感が走る中で、相澤が端末を操作する。どうやら端末が結果を集計して順位を出してくれるらしい。
ヴン、と機会が重く鳴る音がするのと同時に、相澤がサラリと言った。
「ちなみに除籍は嘘な」
場が静まり返る。時が止まったようだった。相澤はハッ、と小馬鹿にするように、今日一番の笑顔を見せた。
「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」
「はーーーー!?」
飯田が誰よりも大きな声で叫び、他にも数名のクラスメイトたちが叫んだ。緑谷にいたっては安心を通り越して絶望に近い顔をしている。そんな飯田たちの反応を見て、ポニーテールの女子が呆れ混じりに言った。
「あんなの嘘に決まってるじゃない……少し考えればわかりますわ」
いやそれはどうだろう、と奏も脱力しながら思う。自然と頬が緩んで、ドッと疲れた。映し出された結果、奏は総合で七位だった。まあまあだ。
「そゆこと。これにて終わりだ。教室にカリキュラムなどの書類あるから目ぇ通しとけ」
そう言うと、最後に相澤は未だ震えている緑谷の名前を短く呼び、保健室利用書、と書かれた紙を差し出した。リカバリーガールに治してもらえ、とだけ言うとさっさと校舎の方へ向かってしまう。
「まったく初日から疲れたね」
「よかったよ……結局僕が最下位だし……寿命縮んだ……」
「ほんとね。着替えたらリカバリーガールのとこ行くんでしょ?僕ちょっと用事あるから、校門で待ち合わせよ」
校舎に向かって、ノロノロと並んで歩き出す。「用事?」と首をコテっと横に倒す緑谷に、奏は笑って「ちょっとね」と返した。
△▼△
職員室に向かって歩いていると、ちょうど目当ての人物が出てきて、奏は「お」と眉を上げた。向こうも奏気付いたようで、目を止めるとスッとすぐ脇の教室に入って行った。奏も後に続く。
「ここ勝手に入って大丈夫なとこですか?」
「補習とかに使う空き教室だ。問題ない」
作りはA組の教室と同じに見えるが、頻繁に使われているわけではないのか、どことなく無機質な感じがした。使用者が不特定多数だからだろうか。どこか定まりきってない雰囲気が、部屋の空気から伝わってくる。
奏はぐるりと教室を見渡してから、後ろ手に扉を閉めて相澤を見た。相澤も奏を見ている。
「元気そうでなによりです」
「ああ、お前もな」
「もうちょっとなんかありません?」
「入学おめでとう」
「そう、そういうやつです」
奏が肩を竦めて催促すると、相澤は淡々と求めた言葉をくれた。もう少し喜んでくれてもいい気がするが。
「まさか消太くんが担任とは」
「おい、ここでは先生だ」
「わかってます。相澤先生」
奏がわざとらしく先生と呼ぶと、相澤は居心地が悪そうに眉根を寄せた。呼べと言っておいてその反応はひどいと思う。
「言っとくが、たとえ古い付き合いだろうがここで贔屓はしないぞ」
「はは、必要ないのでご心配なく。というかそういうのできないでしょ消太くん」
名前で呼ぶと低く「おい」と呼ばれたので、奏はへら、と笑って返す。ヒーローになろうとしている人間がそんなもの望むと思われたら困る。まあ互いに立場があるから気をつけろという意味だろう。もう少し言い方があると思うが。
「それより」と話を変える。少しだけ首を倒して相澤を見上げた。眉を下げた笑みは、呆れというには優しすぎた。
「合理的虚偽なんて、そっちのが嘘じゃないですか」
「なんのことだ」
あまりの白々しさに、奏は笑ってしまう。体力テストの話だ。相澤の言葉に嘘はなかった。あったとすれば、最後の合理的虚偽という言葉こそが嘘だと、きっと奏だけがわかっている。笑いながら奏は続けた。
「聞いてますよ、去年のクラス全員除籍したらしいじゃないですか」
「どっちから聞いた」
「ひざしくん。あ、マイク先生」
正直に答えると、相澤は眉間にシワを寄せた。その様子が楽しくて、奏はついにカラカラと笑い声を上げる。ジトリと絡みつくような視線を向けられて、「すみません」と笑い混じりに返した。充血した目は、調子を崩したように短い間隔で瞬きを繰り返している。ドライアイとは難儀なものだ。
「除籍の実績を持つあなたが、最下位は除籍すると言った。声に嘘はなかった。それをあんな大雑把に誤魔化して取り下げるってことは、少なくとも出久に対して見込みを感じたからでしょう?」
「出久……?ああ、お前ら同じ中学だったか」
片眉を上げる相澤に、奏は頷く。廊下からは賑やかな笑い声が聞こえてきた。そちらにつられるように目をやって、すぐに戻す。相澤も一度扉越しの廊下に目をやってから奏を見た。密やかな空気に呑まれるように、自然と声量を落としていた。
相澤は低く、声量としてはそんなに大きくない声で、でもはっきりと言った。
「ゼロじゃなかった。それだけだ」
相澤のその一言に、奏は思わず口元が緩む。
ヒーローにはなれないと言っていた男が、それでも可能性はあると認めた。出久の判断と行動は、少なくとも消太くんに届いた。これって凄いことだぞ出久。お前に伝えられないのが悔しいくらい。
相澤の声は相変わらず温度を感じさせない。けどそれが返って嬉しくなる。奏はもう諦めて嬉しさに笑った。ゼロじゃない。無個性から始まった緑谷の評価が、ゼロではないということが、ただ嬉しい。
「見込みがないと判断すればいつでも切り捨てる。お前もな」
「ええ……!上等です」
「なに笑ってんだ……?わかったら早く帰れ。明日からは今日より過酷な訓練の目白押しだぞ」
犬を追い払うように、相澤は手の甲を見せて手を振りながら帰宅を促す。酷い扱いだと思いつつも、奏は素直に頷いて教室を出ようと扉に手をかけた。
「じゃあ、僕はこれで」
「奏」
呼ばれた名前に、奏は目を見開き、扉を開けようとした手を止めて振り返る。薄暗い教室に立つ相澤は一度ゆっくりと目を閉じてから、まっすぐに奏を見た。捕縛布越しの、かさついた低い声が奏は案外好きだった。
「入学おめでとう」
再度かけられた祝いの言葉に、奏は自分が雄英高校の生徒になったのだと実感した。地に足が着くような感覚。浮ついていた心が、降り立つ場所を見つけた安堵感。
奏は相澤の声から感じた温もりに、瞳の奥を揺らした。自分は名前で呼ぶくせに、と言いたくなって、さよならの代わりに笑って言う。
「これからよろしくお願いします、先生」
捕縛布の下で、相澤が小さく笑った気がした。
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