残響ユートピア13
その眼は夕陽よりも強かった。
西日を背負いながら、影を纏った爆豪が奏を見る。
「勝己……どうしたの?今鍵開けるから……」
奏は歩み寄り、家の門扉に手をかける。木調の門扉は夕陽に照らされいつもより艶々として見えた。爆豪も沈み始めようとしている陽に照らされて、金髪の縁を煌めかせる。逆光のせいで前身が差す影が、一層陽に当たる部分を際立てた。
「てめえは」
声は低く、それでいて強かった。奏は門扉にかけた手を止める。
「知っとったんか。デクの"個性"」
その言葉に、奏は門扉から手を離し、ゆっくりと爆豪と向かい合った。目を合わせて、答える。
「入試の後に聞いた」
「っ……!ハッ……じゃあなんだ、あいつは……デクはずっと、俺を騙してたってか……!!」
爆豪は声を低く震わせて、下瞼を痙攣らせる。口角を歪めて、歪に笑う。その顔を見ていられなくて、奏は慌てて否定した。
「違うよ、出久は騙してなんか……」
「はあ!?見え透いた嘘ついてんじゃねえ!個性の発現は四歳までだろが!騙してたんだろ!ずっと!」
「聞けって!違うよ!出久は……!」
一歩踏み出して、爆豪との距離を縮める。しかし奏を睨みつける橙の瞳がそれを許さなかった。影を帯びて、赤に近い色をした瞳に映るのは拒絶だ。その瞳の色が悲しくて、奏は言うはずだった言葉を見失う。代わりに爆豪が肩を怒らせ、声を荒げた。
「うるせえんだよ!あんな個性持っときながらよお……!舐めてたんだろ!?」
「なんっでそうなる……!?人の話を」
奏の言葉を遮るように、爆豪は右手で爆破を起こしながらブロック塀を殴った。右手から昇る硝煙が夕陽に照らされ溶けていく。塀には黒い煤がついていた。
「てめえもよお……!入試の後に聞いた?ンなこと信じられっかよ……!二人して俺を騙してたんだろ!?楽しかったか!?」
「お前……!騙すわけないだろ!出久は!」
爆豪の声に負けないように、奏もつい声が大きくなった。けれどそこで言葉をやめる。緑谷が自分で話すと言った。それを思い出して、自分に言えることはないと気付いたから。
唇を噛んで、拳を握ると爪が食い込んだ。
「……出久は、ちゃんとお前にも話すつもりでいる」
「今まで騙してたってか?コケにすんのも大概にしろや……!」
爆豪は最後にきつく奏を睨むと、もう用はないと言うように背を向けた。その背に、なにかを言わなきゃいけないと思った。けれど正しい言葉が見つからない。口を開いて、声は出せるのに、紡ぐべき言葉がわからない。わからなくて、うつむいた。
もしかしたら、という淡い期待があった。出久の個性が発現したって知ったら、少しでも二人の関係が良い方にいかないかって。けれどそれは奏の都合のいい考えで、浅はかだったと思い知る。
わかってたよ、無個性なんて些細なことなんだって、二人にはもっと別に、今の関係になる原因があるんだって、わかってたのに。
顔を上げた先に、もう爆豪の姿は見えなくて、それでもしばらく奏はオレンジに染まっていく、誰もいない景色を見つめていた。
△▼△
入学二日目、今日から普通授業が始まる。満員電車に乗るのが嫌で昨日より一本早い電車に乗って登校した。教室に入るとそれなりの人数のクラスメイトがすでに登校していて、飯田に挨拶をして自分の席に着く。奏の席の前後はまだ登校していないようだ。ついでに幼馴染たちも登校していない。荷物をおろして、昨日のことと今日のことを考える。
今日からヒーロー基礎学が始まる。ヒーローになるための実践的訓練を行う授業。救助訓練や戦闘訓練、対人の立ち回りなど学ぶべきことは色々あって、ヒーロー科として本格的な学校生活が始まる。競い合い、高め合う。それが今の幼馴染二人にできるだろうか。
初日だからそんな大袈裟なことはやんないだろうけどさあ….…昨日の勝己の様子からして、もしも優劣をつけるような訓練だったらちょっと怖いな……だって勝己だぞ?絶対出久に食ってかかるに決まってる。あ〜嫌だ嫌だ。始まる前からなんでこんな心配しなきゃいけないんだ。
奏は机に肘をついて指を組み、その上に額を乗せる。そのまましばらく考え込んだ。考えて、考えて、スッと真顔になって顔を上げる。
……寝よう。
そう決めると、額にかかっていたアイマスクを目元まで下げて視界を遮り、机に突っ伏した。睡眠はいい。寝てる間はなにも考えなくて済むのだ。現実逃避でない。決して。そして自慢じゃないが自分はいつでもどこでも寝れる。特技、あるいは趣味と言ってもいい。
瞼を落とせば視界は一層暗くなり、教室の喧騒が一度近づき、ゆっくりと離れていく。自分の呼吸の音が耳に響き、意識がゆるりと見えない海に漂っていく。
カタン、近くで椅子が動く音がした。
「あの……大丈夫?」
「……」
「あの……?」
ハッとして、目を開く。ガバリと顔を上げるが視界が暗かった。
「ごめん僕か……!」
「うわっ!?」
「あ、アイマスクしてた」
慌ててアイマスクを引っ張ると、蛍光灯の明るさが目に染みた。目の前に短髪の男子生徒が立っている。色素が薄い茶髪に、一重の少し吊り上がった目と短い眉。素朴な雰囲気が親しみやすそうな彼は、逞しく、先がフサフサとした尻尾が生えている。
彼は心配そうに眉を下げて奏を見た。
「えっと、もしかして具合でも悪いのかなって思ったんだけど……」
頬を掻きながら、気まずそうに黒い目を落とす男子生徒に、奏は申し訳なさに眉を下げる。入学二日目から机に突っ伏してりゃそりゃ心配になるか、と気付いた。心配して声をかけてくれるなんていい人だな。
「ありがとう。ただ眠かっただけなんだ」
「あ、そうだったんだ。じゃあ起こしてごめん」
「いや僕の方こそ……」
体調に問題はないと告げると、ほっとしたように表情を緩める。お互いに謝り合っていると、おかしくなってどちらからともなくふっと笑みがこぼれた。
「俺は尾白猿夫、これからよろしく」
「僕は音波奏です。よろしくね」
笑顔で自己紹介を済ませて、椅子の背もたれの間に器用に尻尾をくぐらせて座る尾白に話しかける。
「ましらおって綺麗な響きだね。どういう字書くの?」
マシュマロみたいで可愛らしい響きだな、ましらお。なんと言うか繰り返し言いたくなる。特に用がなくても呼びたくなる名前だ。
尾白は制服のポケットから生徒手帳を出して「こうだよ」と名前が記入されたところを見せてくれた。おお、漢字にするとまた雰囲気が違う。かっこいい。
思ったことをそのままストレートに伝えれば、尾白はほんのりと頬を染めて、照れ笑う。
「あはは……ありがとう、でも音波も名前綺麗だよ」
そう言う尾白の尻尾がフリフリと揺れている。その様子が可愛らしくて奏はこっそりと笑った。ちょっと触ってみたいけど、さすがに会話した初日に尻尾触らせては図々しすぎるな。尻尾が尾白くんにとってどういう部位がわかんないもんな。代わりに奏は自分の手の甲を撫でて、前後の席の級友たちとは仲良くなれそうだと静かに笑みを湛えた。
ヒーロー科でも、当然だが国語や数学などの必修科目がある。座学ですらプロヒーローたちが教壇に立ち教鞭を振るう。午前は普通授業を受け、昼には食堂でプロヒーロー、ランチラッシュ考案の一流メニューを安価で食べられる。
そして午後、ここからがヒーロー科にとって本番だ。
「わーたーしーがー!!」
教室の外から、高らかな声が響いてくる。着席している奏たちの視線が自然と扉に集まった。
「普通にドアから来た!」
扉から堂々と入ってきた平和の象徴、オールマイトに、クラスメイト数人が息を呑む。ウキウキとした様子で教壇に立つNo.1ヒーローに、クラスメイトたちのざわめきも波及していく。
「オールマイトだ……!すげえや、本当に先生やってるんだな……!」
「銀時代のコスチュームだ……!画風違い過ぎて鳥肌が……」
奏はちらりと幼馴染たちの方を見た。反応は違えど、二人ともオールマイトから授業を受けられることに喜んでいるようだった。緑谷は目を大きく、キラキラと輝かせていて、その様子に奏は思わず笑みがこぼれる。
今年度から、オールマイトは雄英の教師になった。それは合否通知が出た後に公開された情報で、連日ニュースに取り上げられるほど話題となった。平和の象徴と謳われるヒーローが、教育機関に勤めるという事実は世間的にも大きなできごとなのだと奏にもわかる。
鍛え上げられた逞しい身体、二房に分かれた前髪が天を向く金髪。明らかに違う画風。一年前に商店街で見た姿と変わらない。覚えてないだろうな。でもあいつらのことは……もしかしたら?
そんなことを考えていると、オールマイトがコスチュームのマントを翻し授業の説明を簡潔に進めた。
「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地を作るため様々な訓練を行う科目だ!単位数も最も多いぞ!」
ヒーローの活躍は多岐に渡る。犯罪を犯す敵の撃退はもちろん、事件に巻き込まれた人々の防衛、災害に巻き込まれた人々の救助。有事に適切な判断を下し、適切な行動を学ぶための、ヒーロー科のみに行われる特別授業、ヒーロー基礎学。
オールマイトは身を縮め、グッとタメを作り、『BATTLE』と書かれたカードを高々と掲げた。
「早速だが今日はこれ!戦闘訓練!」
ゲ、と奏は顔を顰めた。最も危惧していたパターンだ。奏の心配も知らずに、オールマイトは小さなリモコンのような物を教室の壁に向けた。
「そしてそいつに伴って……こちら!」
リモコンのボタンを押すと、ガコン、と教室内に重たい音が響いて、壁から棚が迫り上がってくる。現れた棚には数字の振られたケースが収納されていた。
「入学前に送ってもらった個性届と要望に沿ってあつらえた……コスチューム!」
「おおお!」
クラスメイトたちが沸き立つ。コスチュームはヒーローを目指す子供にとっては憧れのひとつだ。ケースに振られた数字は出席番号らしく、奏の出席番号は七。着替え終わったら順次グラウンドβに集まるようにと指示が出た。ケースを取りに立ち上がる奏たちに、オールマイトは笑って言う。
「恰好から入るってのも大事なことだぜ少年少女!自覚するのだ!今日から自分は……ヒーローなんだと!」
手に取ったケースは、予想していたよりもずっと重たく思えた。
△▼△
雄英高校ヒーロー科には、被服控除というシステムがある。
入学前に提出した個性届と、身体情報、さらに要望を基に、学校と提携しているサポート会社がコスチュームを用意してくれるヒーロー科独自のシステム。
ヒーローコスチュームを纏うことで己はヒーローであると周囲に示すこととなる。
コスチュームの入ったケースを開けると説明書が入っていた。奏の要望通りのものが一式揃っている。
動きやすさを重視したジャケットにズボン。腰脇には救助用具などを入れたポーチ。対人用ではないが様々な場面を想定して頼んだ"個性"対応のナイフはケースに入れて腰の背面に携える。深い紺色のケープを纏い、ボタンを留める。ウェアラブルコンピュータを搭載したグラスを掛けて、最後に黒いフィンガーレスタイプの手袋を嵌めた。デザインについては特に注文をしなかったが、全体的にスマートで統一感のある印象だ。
「わあ!かなちゃん……!かっこいい!」
「ありがとう。出久も似合ってるよ」
「そのグラス、ウェアラブルコンピュータ搭載!?かなちゃんの個性の強みを活かすのに素晴らしいアイテムだと思うしモーションを悟られないケープが」
「うんうん、後でね」
「僕らが最後だよ」と奏が言えば、緑谷はハッとしてあたりを見回した。更衣室には奏と緑谷の二人しかいない。そのことに気付くと、緑谷は慌ててコスチュームのマスクを掴む。
「ご、ごめん!行こうか!」
「うん、マスクは?」
「移動しながらつける!」
柔らかな緑色のジャンプスーツには白いラインが入っていて、肘と膝には黒のサポーター。腰には赤いポーチ。緑谷のコスチュームは、学校側に要望したものではなく、自分で準備したものらしい。おばさんが入学祝いにって買ってくれたジャンプスーツか。雄英に合格したこと、おばさんも凄く嬉しかったんだろうな。隣を早足で歩きながらマスクを被る緑谷を横目で見ながらそんな風に思った。
比較的シンプルな緑谷のヒーローコスチュームで、一番特徴的なのはそのマスクだろう。目と口の部分だけ開いている、ジャンプスーツと同じ色のそれは、頭部にウサギの耳のような飛び出た部分がある。恐らくこれはオールマイトリスペクトのデザインなんだろうなと奏はすぐにわかった。
グラウンドβへの入り口が見えた。窓のない道だったので、入り口から差し込む光が眩い。光に招かれるように外に出る。出た途端に外の匂いがした。晴れた空気と風の匂いだ。
どうやら男女含めて奏と緑谷が最後だったらしく、全員が揃ったことを確認すると、オールマイトが声を上げた。
「さあ、始めようか有精卵共!」
ヒーローになるための一歩目が始まる。
13:一歩目
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