残響ユートピア14






「始めようか有精卵共!戦闘訓練のお時間だ!」

 よくわからない言い回しを混えて、オールマイトが腕を開く。天気が良くて、暑くも寒くもなくちょうどいい気候だった。

「あ、音波くん……とデクくん!?かっこいいね!地に足着いた感じ!」
「麗日さ……うおお……!」
「露骨だぞ出久落ち着け」

 出入り口の近くにいた麗日に声をかけられて、奏と緑谷の視線が彼女に向く。当然麗日もヒーローコスチュームに着替えていて、ピンク色を基調としたコスチュームは、ボディラインがわかりやすいもので、緑谷はマスク越しに顔を赤く染めて慌てふためく。わかりやすいその様子に、奏はノールックで緑谷の脇に肘を入れた。

「音波くんもスタイリッシュだね!かっこいい!」
「ありがとう。麗日さんも似合ってるよ」
「へへへ……要望ちゃんと書けばよかったよ……パツパツスーツんなった」

 恥ずかしいと照れくさそうに笑う麗日と、緑谷は一切目を合わせようとしない。そこにスススッと音もなく小柄な男子生徒が近寄ってきて、親指を立てる。

「ヒーロー科最高」
「ええ!?」
「ここで?」

 麗日には聞こえぬよう、男子だけで言葉を交わしていると、オールマイトがコスチュームに身を包んだクラスメイトたちを見て頷いた。

「いいじゃないかみんな!かっこいいぜ!」

 オールマイトってテレビで観る通りなんだな。気さくと言うか、平和の象徴なのに。いや、平和の象徴だからか?
 オールマイトはイメージ通りだ。テレビで観る姿と変わらない。屈強で、ユーモアがある。むしろ違和感を感じるのは、隣にいる幼馴染の方だ。
 奏の思考を遮ったのは、緑谷の逆隣に立ち並んだ白い全身アーマーだ。手を挙げて、オールマイトに問う。

「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」

 メットで顔が隠れているが、声と動きからして飯田だろう。王道って感じでかっこいいな飯田くん。

「いいや!もう二歩先に踏み込む!屋内での対人戦闘訓練さ!」

 オールマイトは笑顔を崩さぬまま語る。敵対峙は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内のほうが、凶悪敵出現率は高い。監禁、軟禁、裏商売、このヒーロー飽和社会に、真に賢しい敵は闇に潜むと。
 そりゃそうか。僕ら一般人が目にする機会が多いのが屋外ってだけで……頭使うやつなら当然、ヒーローに見つかるというリスクを下げる場所で犯罪に勤しむ。屋外での敵犯罪ってスリや強盗とかだもんな。それももちろん危険だけど、目撃情報や犯罪が起きているという事実はすぐにわかる。対して屋内じゃ犯罪自体が見つからない恐れがある。

「君らにはこれから敵組とヒーロー組に分かれて、二対二の屋内戦を行ってもらう!」

 奏は目を見張る。初っ端から実践訓練。奏が想定していた最も最悪なパターンが現実に近付いているようで不安がよぎった。

「基礎訓練もなしに?」
「その基礎を知るための実践さ!」

 二対二のチーム戦。僕らまだお互いの"個性"もろくに知らない状況だし、調教性とか個性練度とかも含めて教師側も実践形式で把握したいってことか……?入試のロボ相手と、対人じゃ個性の使い方も大きく変わってくる。基礎を知るってのはそういうことか?

「勝敗のシステムはどうなります?」
「ブッ飛ばしてもいいんスか」
「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」
「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか」
「うちのクラス奇数なのに二対二できるか?」
「このマントやばくない?」
「んんん〜〜聖徳太子ィィ!」

 矢継ぎ早に飛び交う質問に、さすがのオールマイトも少し困っている。いそいそとどこからか小さなメモ書きを出すと、それを見ながら説明を始めた。あれカンペだな?

「いいかい!?状況設定は敵がアジトに核兵器を隠していて、ヒーローはそれを処理しようとしている!ヒーローは制限時間内に敵を捕まえるか核兵器を回収すること、敵は制限時間まで核兵器を守るかヒーローを捕まえること」

 随分アメリカンな設定だな……二時間ドラマとかでありそう。そんな感想を奏が抱いていると、オールマイトはカンペをしまい、今度は真四角の箱を取り出した。

「コンビ及び対戦相手は……くじだ!」
「適当なのですか!?」

 飯田くん適当とかそれなりとか好きじゃなさそうだよな。僕はそれくらい曖昧な方が好きだけど。

「まあまあ飯田くん」
「プロは他事務所のヒーローと急造チームアップすることが多いし、そういうことじゃないかな……」
「そうか……!先を見据えた計らい……失礼致しました!」
「いいよ!」

 飯田くんって真面目だけど人の話聞いて納得したら引き下がれるし謝れるし人としての完成度が高いな。凄いな。
 オールマイトに勢いよく頭を下げる飯田を見て、奏は感心の目を向けた。そうしているうちにオールマイトが腰に手を当て、片手で人差し指を立てる。

「ちなみに一組は三人チームだぞ!くじに『当たり』が書いてあるのがあるから、それを引いた子は当たりくじを外に出して、もう一回引いてもらう!くじにはアルファベットが書いてあるから、同じものを引いた同士でチーム結成だ!」

 なるほど、基本は二対二だけど、二対三の対戦もあるのか。人数的には当然三人の方が有利だろうな。それよりもくじ……くじかあ。運に頼るところが大きすぎる。頼むから出久と勝己でチームアップしたり対戦相手になりませんように。
 そう祈っていると、くじを引く番が回ってきた。オールマイトに差し出された箱に手を入れて、くじを引く。

「お!音波少年が当たりか!さあ!もう一度引くんだ!」
「はあ」

 プラスチックボールのくじには、デカデカと当たりと書いてあった。引きは強い方だと自覚がある。くじを持ったまま、奏はもう一度箱に手を入れる。次に引いたくじにはGの文字。

「ではGは三人チームだな!当たりくじは私が貰って、今引いた方は箱に戻してくれ!」

 オールマイトの指示に従って、奏はくじを戻す。三人チームか。ヒーロー側でも敵側でも人数的な有利は大きいはずだ。あとは誰と同じチームになるかだけど……あ、出久Aなんだ。
 全員がくじを引き終わると、コンビ及びチームが明らかになる。緑谷は麗日と、爆豪は飯田とコンビで。奏は上鳴と、まだ話したことのない女子とのチームになった。

「続いて最初の対戦相手はこいつらだ!」

 今度はオールマイトがくじを引く。オールマイトが引いたくじの組み合わせで対戦相手が決まるらしい。

「Aコンビがヒーロー!Dコンビが敵だ!」

 ……なんだって?
 奏はオールマイトの言葉を疑った。しかし彼の両手に握られたくじには間違いなくAとDと書かれている。何度瞬きをしてもアルファベットが変わることはない。当然だ。当然だから、奏は右手で眉間を押さえた。Aは緑谷、Dは爆豪。眉間を押さえたまま、小さく呟く。

「最悪だ……」

 これは、奏が最も恐れていたパターンに違いなかった。


△▼△


 演習場にある五階建てのビルが敵のアジトという設定だ。入試のときにも訪れたこの街を模した演習場、建物はハリボテではなく中はキチンと扉があり、窓があり、部屋があるらしい。お金かかってるな。
 奏たち、一戦目に出ない生徒はオールマイトに連れられてアジトとなっているビルの地下にあるモニタールームに集められた。ビル内には定点カメラがいくつも設置してあるらしく、それらの映像はこのモニタールームですべて見れるらしい。
 暗い部屋に、いくつものモニターが電子的な明るさを放っている。

「さあ君たちも考えて見るんだぞ!」

 オールマイトはそう言うが、正直奏は今にも胃に穴が空きそうだった。大丈夫かあいつら……特に勝己。いくら勝己も授業中に私情で突っ走ったりしない……と思いたいけどどうだ……!?あいつ出久のことになると本当に馬鹿だからな。
 不安に駆られながらモニターを見つめると、緑谷と麗日が窓からビル内に潜入する様子が映った。二人はなにか言葉を交わしているようだが、定点カメラでは音までは拾ってくれないらしい。
 小声じゃさすがに聞こえないな……というか出久も大丈夫か……?勝己が相手なのもそうだけど、まだ個性の調整できてないのに……ああ、この試合だけでも不安要素が多過ぎる。くそ。
 周囲を警戒しながら進んでいく緑谷たちの死角から、爆豪が飛び出した。

「いきなり奇襲!!」

 爆豪は緑谷に向かって爆破を起こしながら殴りかかる。麗日を庇いながらも間一髪で避けたらしい緑谷は、それでも擦りはしたようでマスクの左半分が破け落ちている。

「爆豪ズッケぇ!奇襲なんて男らしくねえ!」
「奇襲も戦略!彼らは今実践の最中なんだぜ!」
「緑くんよく避けたな!」

 クラスメイトたちの声を聞きながら、奏はモニターから目が離せずにいた。
 確かによく避けたな……勝己なら出久を最初に潰しにいくとは思ってたけど、あの飛び出しに反応できるなんて。
 画面の向こうで、爆豪が右手を大きく振りかぶる。それを見切ったように、緑谷が懐に入り込んで右腕を掴んだ。流れるように、そのまま爆豪を背負い投げる。

「っ……!」

 モニターが眩しい。モニターに映る幼馴染が、目に沁みる。
 あの日と一緒だ。爆豪に抵抗した緑谷を見たときと同じ、いやそれ以上に。眩しく、胸がざわつく。
 彼らの会話は、定点カメラからでは拾えない。けれど奏なら、小声でなければ直接聴ける。聴こえてくる。
 緑谷は爆豪に向かって構えながら、叫ぶ。目には薄く膜が張っているのに。それでも。

 ――いつまでも"雑魚で出来損ないのデク"じゃないぞ……かっちゃん、僕は……

 聴こえてくる声は微かに震えている。緑谷は怯えながらも、声を上げる。

 ――"頑張れ!って感じのデク"だ!!

 ハッとして、息を吸う。奏にとってのデクという呼び名は、緑谷への蔑称だ。幼い時からずっとそれは変わらない。二人と出会ったとき、爆豪はすでに緑谷をデクと呼んでいたから、緑谷から聞くまで由来を知らなかった。けれど緑谷にとってその呼び名はきっと忌むべきものだったはずだ。強引に、押さえつけるように塗りたくられた烙印だったはずだ。爆豪に呼び方を改めろと言ったこともある。けれど奏が何度なにを言おうがそれは変わらなくて、だからせめて、自分だけは緑谷の名前を大切にしようと決めていた。
 麗日が緑谷をデクと呼ぶのが嫌だった。その呼び名は、忌み名だから。
 けど、けど、出久の中でその意味を変えられるなら、変えられたなら。デクが、木偶の坊じゃなくなるのなら。出久にとっての"なにか"になるなら。それはきっと、きっと喜ぶべきことのはずなのに。
 奏はどうしてか、喜びを覆う薄らとした靄を振り払うことができなかった。



14:猛れクソナード

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