残響ユートピア15
一年前には、想像もできなかった。
緑谷が爆豪に抵抗することも、立ち向かう姿も。頭をよぎりもしなかった。
それどころか、個性を使わずに渡り合うだなんて。
感情が揺れる。モニター越しに見る幼馴染の姿に、胸が詰まる。
「すげえなあいつ!個性使わずに渡り合ってるぞ!」
「入試一位と!」
こんな称賛の声を、緑谷に向けられた言葉を、奏はいつか聞ければいいと諦めながらも願っていた。
出久、勝己の動きを読んで……!?いや、そりゃそうだ。ああ、そうだよ。知ってるんだよ僕は。お前は元々観察眼も鋭いし、咄嗟の判断だって優れてる。でもそれだけじゃない。お前が見せてくれたノート!知ってるんだよ!僕は……!何年もずっと!夢を追って書き続けてたノート!勝己のことだって書いてあった……!お前は!ずっと!
緑谷が将来のためにと綴ったノート。何冊も何冊も。趣味にも、執念にも取れるそれが、今やっと実を成している。報われている。
個性を得てなお、個性を使わずに出久だけの力で勝己と渡り合ってる。無駄じゃなかった。今までの全部。なに一つ、無駄じゃなかった。
緑谷の分析ノートを、趣味と取れればどれだけ楽だったか。奏はそばでずっと見てきたから知っていた。あのノートは緑谷にとって将来への布石だと。知っていたから、辛かった。この努力が報われないことが、ただの趣味で終わりにできてしまうことが。けれど目の前に、想像できない世界があった。一年前も、今日このときまで。
出久、と何度も心の中で名前を呼ぶ。強く、何度も繰り返す。同時に勝己、とも同じだけ名前を呼んだ。緑谷の成長は、この変化は奏にとって間違いなく嬉しいことで、そしてそれは爆豪にとってはきっと違う。
爆豪の怒りと苛立ちの声が、奏にまで聴こえてくる。
――なァオイ!俺を騙してたんだろォ!?楽しかったかずっとォ!!
――使ってこいや!俺の方が上だからよぉ!!
爆豪の叫び声は、苛立ちのはずなのに悲痛にも聴こえた。負の感情による昂り。反響した声が、奏の胸に刺さる。
緑谷は麗日を先に核の元へ向かわせ、爆豪の相手をしている。妥当な選択だと思った。機動力は勝己より飯田くんの方が上。先兵出すなら飯田くんの方がいい。なのに勝己が奇襲を仕掛けたってことは恐らく二人の連携は取れてない。あの奇襲は勝己の独断。あいつは本当にもう……授業だってわかってるのか?
緑谷は一度身を隠し、別のモニターを見ると、麗日が飯田と核を見つけていた。
制限時間は十五分。その間に渡されている確保証明のテープを巻き付けて敵を確保するか核を回収できれば出久たちの勝ち。対して制限時間まで核を守るかヒーローを確保すれば勝己たちの勝ち。核の居場所も知らされていないヒーロー側の方が圧倒的に不利だ。出久は対人で個性を使えない……勝ち筋は限られてる。出久が麗日さんを追えば当然勝己も出久を追う。正面から二対二になれば攻撃力の高い勝己と飯田くんの方が圧倒的に有利。出久たちが勝つには出久が勝己を確保し、麗日さんと合流して二対一に持ち込むしかない。
「麗日のやつ飯田に見つかってるぞ」
「あ!緑くんも!」
クラスメイトたちの声に視線を映す。モニターには身を隠していたはずの緑谷が、爆豪に見つかったらしく同じモニターに映っていた。
爆豪は笑っている。目を血走らせていて、その笑みはどこか歪だ。緑谷になにかを言っているが、声が小さく聴き取れない。映り方も悪くて唇も読めない。爆豪は右手を上げて、緑谷の方へ向けた。
爆豪のコスチュームには、両腕の肘下から手首にかけて、手榴弾を模した籠手が嵌められている。その籠手のレバーのような部分を引いて、さらにピンに手をかける。
「爆豪少年ストップだ」
オールマイトがマイクを掴んだ。実践中の四人には小型無線が渡されており、それぞれのコンビと会話ができるようになっている。しかしモニタールームに設置されているマイクからならば四人に指示が出せるようになっているらしい。
オールマイトも緑谷たちと同じ小型無線をつけているようで、声のトーンを落として、早口に爆豪へ指示を出した。
「殺す気か」
オールマイトの声に次いで、爆豪の声が聴こえた。当たらなきゃ死なねぇよと、歪みを含んだ声が。
モニターの中の爆豪が、籠手のピンを抜いた、次の瞬間、爆発音がビル内に響き渡った。奏は咄嗟に耳を塞いだが、奏だけに聴こえる音じゃない。周りのクラスメイトたちもこの事態にあたりを見回す。爆豪の起こした爆発で、ビルが揺れている。ドォン、と低く大きな音と振動が、地下にまで伝わってくる。
「あ、の馬鹿……!」
「わああ!」
「授業だぞコレ!!」
「……!緑谷少年!」
爆豪勝己、"個性"――爆破。汗腺からニトロのような汗を出し爆発させる。溜まれば溜まるほど、その威力は増していく。汗を流す分だけ強くなる個性。長期戦になればなるほど、爆豪が優位になる。
あの籠手に汗を溜めて爆破させるようになってるのか……!?素の爆破よりもずっと威力が強い。個性を活かした設計だけど、だからってあの距離で人に向けるもんじゃないだろあれ……!
爆発音にあてられたように、奏の心音が速くなる。モニターが一つ映らなくなった。先程の爆発が原因でカメラが故障したのだろう。
あいつなに考えてる!?授業だって……なんでそこまで……!
二人の姿が映るモニターを探す。すると煙の映ったモニターがあって、薄らと人のシルエットが見える。
「これ緑谷大丈夫かよ!?」
「死んでねえか!おい!」
煙がゆっくりと晴れて、緑谷の姿が見えて、奏は細く息を吐いた。生きている。同じモニターに映る爆豪は、やはり笑っていた。
奏は二人の間にある亀裂を知らない。なにも知らない。なぜあそこまで、爆豪が緑谷に固執するのかわからない。嫌いなものなら、視界に入れない方がずっと楽に生きられる。なのに爆豪はそうしない。自分と緑谷の間にある差を常にはっきりと保って、示しておこうとする。本当に嫌いなだけなら、不愉快なだけなら、そうしておくことの方が辛いんじゃないかと、奏は思う。
「先生止めた方がいいって!爆豪あいつ相当クレイジーだぜ!殺しちまうぜ!?」
赤髪の男子生徒が、オールマイトに進言する。当然の反応だ。初めての実践訓練であんな大規模な爆破を起こすやつなんて気が触れてると思われてもおかしくない。しかしオールマイトは迷いながらも、その言葉に頷かなかった。再びマイクを掴み、極めて冷静に話す。
「爆豪少年、次それ撃ったら……強制終了で君らの負けとする。屋内戦において大規模な攻撃は守るべき牙城の損壊を招く!ヒーローとしてはもちろん、敵としても、愚策だそれは!大幅減点だからな!」
当てる気がなかったというのをオールマイトもわかってる。続行は最大限の譲歩。あいつのみみっちさがこんなところで生きるとは……とは言え甘すぎないか?このままヒートアップしたらあいつ止めても止まんないぞ……!
オールマイトの言葉を聞いてか、爆豪が煩わしそうに両手で頭を掻き毟る。緑谷は麗日と無線で連絡を取り合っているようだった。
両手で爆破を起こし、爆豪が緑谷へ一気に距離を詰める。先程の爆発のせいで、緑谷の半分だけ残っていたマスクも破けて、コスチュームも焼け焦げた跡が見えた。
緑谷が爆豪からの攻撃に構える。眼前で、爆豪は爆破を起こして緑谷の背後を取った。そのまま両腕を開いて爆破を起こし、緑谷の背面から爆破を撃つ。
「目眩しを兼ねた爆破で軌道変更。そして即座にもう一回……考えるタイプには見えねえが意外と繊細だな」
「慣性を殺しつつ有効打を加えるには左右の爆発力を微調整しなきゃなりませんしね」
「才能マンだ才能マン。ヤダヤダ…」
爆豪の攻撃は止まらない。背後からの連続攻撃に、緑谷は対応できていない。籠手で緑谷の右腕に打撃を入れ、腕を掴み、爆破を起こして勢いをつけながら投げ飛ばす。
――テメェは俺より下だ!!
あいつもう、授業の内容忘れてるだろ……ただ出久を負かしたいだけで……
「リンチだよこれ!テープを巻きつければ捕らえたことになるのに!」
「ヒーローの所業に非ず……」
「緑谷もすげえって思ったけどよ……戦闘能力に於いて爆豪は間違いなく、センスの塊だぜ」
モニターを見ているクラスメイトたちの声に、憤慨と呆れ、憐憫が混じる。緑谷が爆豪から逃げるように走るが、先は行き止まりで、壁に背中をつけた。
「逃げてる!」
「男のすることじゃねえけど仕方ないぜ。しかし変だよな……」
さすがにクラスメイトたちも違和感を感じているのだろう。ここまで緑谷が一切個性を使っていないことに。そしてそれはきっと、爆豪もそうなのだろう。奏はモニターを見ながら二人の声を探す。
――なんで"個性"使わねえんだ、俺を舐めてんのか!?ガキの頃からずっと!そうやって!!
――違うよ。
――俺を舐めてたんかてめェはあ!!
ああ駄目だと、思った。爆豪は完全に冷静さを失っている。今の緑谷に正面から爆豪とやり合えるだけの力はない。奏はモニターを見上げたまま、オールマイトの隣に立つ。
「オールマイト先生、止める準備をしてください」
「音波少年……?なにを……」
「あいつ……あいつらお互いのことになると馬鹿なんです!誰かが止めなきゃ……!自分たちじゃ止まれない!」
奏が言うと、オールマイトはマイクを握り締めた。眉根を寄せて、モニターを見る横顔にはまだ迷いが見えた。
止めなければいけないと思った。止めるべきだと思った。もうこうなってしまえば、この戦いはどちらにとってもなんの意味もない。訓練ですらなくなってしまう。
爆豪が右腕を振りかぶる。緑谷は逃げ場を失いながらも、目に恐怖は宿っていない。緑谷の声は奏が思うよりもずっと落ち着いていた。
止めるべきだと、止めてくれと思った。その強い意志の乗った声が放たれるまでは、そう思っていた。
――君が凄い人だから、勝ちたいんじゃないか!!
その声が聴こえて、言葉を理解して、奏は目を見張る。画面の向こうの幼馴染みたちを見て。
奏は爆豪のことがわからない。緑谷に固執する理由も、突き放すくせに突っかかる理由も。けど同じくらい、緑谷のこともわからなかった。緑谷だって爆豪のことを好いてはいないと思っている。けれどノートに爆豪のことは書き記す。怯えているくせに、爆豪が誰かを泣かせば止めに入る。
奏はずっと、緑谷にとって爆豪は恐怖の対象だと思っていた。爆豪と張り合うことはしないと思っていた。
けれど緑谷が叫ぶ。爆豪に向かって真正面から。
――勝って!超えたいんじゃないかバカヤロー!!
――その顔やめろやクソナード!!
涙を溜めながら叫ぶ緑谷に、爆豪が歪な笑みを浮かべながら叫び返す。状況的に誰がどう見たって優勢なのは爆豪だ。けれど浮かべた表情に、クラスメイトの誰かがポツリと言った。
「爆豪の方が余裕なくね?」
優勢なのは間違いなく爆豪のはずなのに、精神的に追い詰められていると感じた。歪んだ笑みと、声がそれを裏付けた。
二人が正面から、互いに大きく右腕を振りかぶる。
止めなきゃ、止めるべきだ。でも……でも……!
緑谷の言葉を聞いて、奏にも迷いが生まれた。止めた方がいいと頭ではわかっている。けれど自分でも理解できない深いところで、止めたくないとも思ってしまっている。
「先生やばそうだってこれ!」
赤髪の男子生徒が再び進言する。今二人がぶつかり合えば、互いにタダでは済まないと、誰もが感じた。
出久……!個性使うつもりか!?勝己に向けて!?調整が効かないのにそんなの……!かと言って勝己の攻撃喰らったらもう……!
「先生!!」
「オールマイト先生!」
奏はきつく拳を握って、赤髪の男子生徒とオールマイトに進言する。オールマイトはモニターから目を離さずに、どこか悔しそうにマイクを握り締めた。
「双方……中止……」
オールマイトが、中断の指示を出そうとした。そのときに聴こえた緑谷の声。
――麗日さんいくぞ!!
声に迷いはなく、訝しげにモニターを見上げた。麗日の映るモニターを探すと、彼女は飯田と距離を取りながらもフロアの柱にしがみついていた。
なにする気だ……!?ここに来て策があるとでも……!?
奏は幼馴染たちの映るモニターと、麗日たちの映るモニターに何度も視線を走らせる。
緑谷と爆豪の距離が詰まる。どちらもが互いの射程距離に入った。ほとんど同時に、二人は振りかぶった腕を互いに向けると思った。この瞬間までは。
爆豪の爆破を伴う攻撃は緑谷に決まった。緑谷の振りかぶった右腕は、爆豪に向かわなかった。緑谷はその腕を、天井に向けて放ったのだ。
緑谷が放った一撃が、天井を穿った。それは麗日たちのいる五階フロアまで貫き、麗日と核を守る飯田の間に大きな穴を空ける。
瓦礫が宙を舞う。緑谷の一撃により、麗日のしがみついていた太い柱が折れて、個性で無重力化されたその大きな柱を彼女が振り回す。いくつもの瓦礫を飯田に向かって柱で撃ち、飯田に隙が生じた間に、麗日が核に飛びついた。
ヒーローチームの勝利条件は、制限時間内に的を捕獲すること。或いは、核に触れて回収すること。
オールマイトが息を吸う。そうして高らかに宣言した。
「ヒーローチームWIN!!」
ヒーローチームの勝利を、高らかに響き渡らせた。
15:決着
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